第277話 守護者
ギレイルの魔法が、ガイの大盾によって阻まれた。
それが彼の左手に浮かび上がった新たな紋章――【守護者の紋章】の力であるのは間違いなかった。
「馬鹿な……なぜ貴様の手に紋章が現れる!」
ギレイルの顔が怒りと動揺に歪む。
「俺にもわからねぇさ。ただひとつ言えるのは……天はまだ俺を見放してなかったってことだ!」
ガイは鮮血に濡れた肩を押さえながらも、力強く言い放った。
「さぁ返すぜ!――【守護者の反撃】!」
叫びと同時に、大盾に吸い込まれていた炎の矢が逆流し、今度はギレイルへと放たれる。
それは防いだ時よりもさらに熱を増し、炎は荒れ狂う竜のように唸り、矢は鋭さを増して一直線に走った。
「小癪な!」
ギレイルは地面に両手を叩きつける。すると赤熱した壁がせり上がり、すぐに黒鉄のような硬質へと変貌し、ガイの反撃を受け止める。
轟音と閃光が迸り、黒鉄の壁は大きくひび割れながらも、なんとかその攻撃を食い止めた。
「セリーヌ!」
「お任せを――」
ギレイルの呼び声に応じ、セリーヌが軽やかに前へ踏み出す。
眼帯を外した左目がギラリと光り、魔喰の邪眼がガイを捉える。
「私の魔眼を受けなさい!」
「――させない!」
アイスの声が空気を震わせ、同時に放たれた氷の矢がセリーヌの左目に命中した。
氷の魔力が奔流のように広がり、セリーヌの邪眼が瞬時に凍りつく。
「くっ……! 旦那様が私のために授けてくださった左目を……よくも!」
怒りに我を忘れたセリーヌが、手にした魔導銃をアイスに向ける。
「死ねぇ!」
銃口が火花を散らし、連射された魔弾が無防備なアイスへと殺到した。
「アイス!」
「しま――っ!」
魔力が尽きかけている僕には防御の魔法を張る余力がなかった。僕の喉が悲鳴のような声を漏らした、その時。
「スピィ!」
スイムが弾むように飛び出し、瞬時に膨張した。前に僕を守ってくれた時と同じように、その小さな体を盾にして、放たれた魔弾すべてを受け止めたのだ。
「スイム!」
弾ける衝撃波。スイムの体が一気に縮み、僕の手の中に落ちてきた。慌てて抱きとめる。
「大丈夫か、怪我は!?」
「スピィ……」
力なく震えながらも、スイムはプルプルと小さく応えてくれた。弾力のある体のおかげで命に別状はなさそうだが、膨張した反動で通常よりもさらに小さくなってしまっていた。
「お前……アイの友達によくも!」
アイスが怒りに震え、杖を振り上げる。
「――【氷魔法・逆上氷柱】!」
叫びとともに、セリーヌの足元から鋭い氷柱が次々と突き上がる。
だが、セリーヌは察知したように軽やかに跳躍し、氷の森を避けて空中へ舞い上がった。
「逃がすか!」
空中から狙いを定め、銃口をこちらに向けて再び引き金を引く。
「守護魔法・大盾召喚!」
すかさずガイが前へ出て、巨大な盾を顕現させる。轟音と共に弾丸が弾かれ、火花が散った。
「ガイ! 助かった!」
「あぁ……これ以上、あいつらの好きにはさせねぇ……」
応えたガイの表情には確かな決意が宿っていたが、同時に疲労の色も濃い。
「セリーヌ! 何をしている!」
ギレイルの怒号が響き渡る。
「そんな無様な姿を見せるためにその目を与えたのではないぞ!」
「――申し訳ありません、旦那様……」
セリーヌは悔しげに唇を噛み、銃を構え直した。
「落ち着いてください、旦那様」
その時、ジルベルトが眼鏡を押し上げ、静かな声で言った。冷徹な視線が僕たちを射抜く。
「こちらの優勢に変わりはありません」
「優勢、ね……」
ガイが息を荒げながらも、唇を歪めて笑った。
「俺には新しい紋章が宿ったんだ。黙ってやられてやる気はねぇ!」
「なるほど。しかし突如手に入れた力で調子に乗れるほど、現実は甘くない」
ジルベルトの声音は冷え切っていた。
「覚えたばかりの武芸や魔法の消耗が激しいように、手に入れたばかりの紋章で得た力もまた制御が難しい。――貴様の様子を見ればわかる。疲労で足もふらついている。果たして、後何度その魔法を使えるかな?」
「……くそが……」
ガイが悔しげに唇を噛みしめる。ジルベルトの言葉が図星だったのだ。
彼の表情には確かに、さきほどまでの活力が薄れ、消耗が色濃く刻まれていた。
「セリーヌ、行くぞ。今度は私と同時に」
「……はい」
再び、二人が同調して迫ってくる。
「クソ! ネロ、お前らはやっぱり逃げろ! それくらいの時間は稼いでやる!」
「なっ、まだそんなことを言って……!」
「させると思ったか!」
僕たちのやり取りを遮るように、ジルベルトの四本の剣が煌めき、セリーヌの銃口が火花を散らす。
僕も必死に魔法をと試みるが、奪われた魔力は戻らず、杖は震えるばかり――。
このままじゃ……!
「愛弟のピンチに駆けつけない姉がいるか? 答えは――否だ!」
その時、風を切るような声とともに、疾風が戦場を駆け抜けた。
頼もしい影が僕たちの前に舞い降りる。
「ウィン姉……!」
僕の目に映ったのは、頼りがいのある姉の姿だった――




