第275話 因縁の対決
「ガイ。貴様には心の底から失望したぞ。この私が目をかけてやったというのに」
僕たちの前に立ちふさがるギレイル。その視線が鋭くガイを射抜いた。
「目をかけてやった、ね。どうせ都合のいい手駒が手に入ったくらいにしか思ってなかっただろ、テメェは」
ガイがギレイルに睨みを返す。これまで彼がアクシス家に仕えていたのも、きっと本心からではなかったんだ。
「それの何が悪い。お前は私の手駒となることで、結果として恩恵に授かれたのだ。貴様の父もそれを望んでいたぞ」
「あぁそうだな。そんなクソみたいな親父が、俺は昔から大嫌いだったんだよ。俺にはさんざん偉そうに説教しておいて、テメェの前じゃ媚びへつらう。言われりゃ靴でも舐めかねない情けないやつさ。そんな血が流れてると思うだけで反吐が出る」
吐き捨てるようにガイが言った。家族について語ろうとしなかった理由が、少しだけ見えた気がする。
「弱者が強者に従うのは当然のことだ。愚かなのは、自分が弱者だと気づかず、飼い主に牙を剥くことだろう」
「僕もガイも弱者なんかじゃない!」
「スピィ!」
僕の言葉にスイムも強く反応する。ギレイル――この男こそ、自らを強者だと慢心する愚か者だ。
「水の紋章などという、ゴミのような力しか授かれなかった分際で……一丁前な口を利くものだな」
「だったらその目で見てみることだね! 水魔法・水槍連破!」
魔法を行使。杖から無数の水槍を放つ。
「こんなもの――魔導錬金・炎の盾!」
ギレイルが両手を地面に叩きつけると、巨大な炎の盾が現れ、僕の水槍を次々と受け止め、最後には弾けるように割れた。
発生した煙で視界が曇るが、直後に突風が吹き抜け、霧散する。
そこに現れたのは、風をまとったゴーレム。ギレイルが生み出したのか。
「……今の魔法。やはり私の知っている水魔法とは異なっているな」
ギレイルの表情が険しくなる。
「当然だ。ネロの魔法はただの水魔法なんかじゃねぇ。あのハイルトンだってネロには敵わなかった。いい加減認めろ、自分の目が曇っていたってな!」
「黙れえええぇえええぇえええぇッ!」
ギレイルが激昂したその時――。
「……旦那様、取り乱されては品位が損なわれます」
静かな声が場を切り裂いた。
闇の中から姿を現したのは、銀縁眼鏡をかけた痩身の壮年の男。燕尾服の裾を翻しながら歩み出ると、腰の四本の剣をカチリと鳴らす。
「アクシス家執事長、ジルベルト=クライン」
淡々と名乗りを上げるその仕草すら無駄がなく、冷たい迫力が漂っていた。
続いてもう一人。漆黒の髪を編み込み、左目に眼帯をつけた女性が静かに前に出る。その手には奇妙な武器が握られていた。
あれは、もしかして魔導銃――特殊な魔弾を利用することで様々な力を発揮する強力な武器だ。
「そして、メイド長のセリーヌ=ヴァロワ。――以後、お見知りおきを」
彼女は軽くお辞儀をしてから、紅い右目を細める。執事長とメイド長――アクシス家の双腕。僕自身あまり関わり合いになってこなかった二人だけど、その実力の高さはよく知られていた。
「勇者の成り損ないと、水の紋章持ちの出来損ない……そして見知らぬ女。主の敵には違いありませんね」
挑発的な笑みを浮かべるセリーヌに、僕たちは思わず身構える。
「お前たちに残された運命は二つ――。ここで跪くか、それとも散るか。選ぶといい」
ジルベルトが四本の剣を同時に抜き放ち、セリーヌは銃口をこちらに向ける。
ギレイルの背後に控える、二人の強者。僕たちはついに、アクシス家の“左右の腕”と対峙することになった。




