第273話 奪われた勇者と奪った勇者
「その男は、もうすぐ処刑される。偽勇者として、ね。それなのに、いったい何を考えている?」
ギルが手袋をした右手を高く掲げ、どこか勝ち誇ったような顔で言い放つ。
「黙れ! ガイは偽勇者なんかじゃない!」
「スピィ!」
ギルがあまりにもガイを偽勇者扱いするものだから、胸の奥から込み上げてくる怒りを抑えきれなかった。スイムも同じ気持ちなのだろう。僕の肩の上でピョンピョン跳ねて、抗議の声を上げている。
「お前が何を言おうが、その男は紋章を失った。勇者の紋章は俺を選んだ。それが事実だ」
ギルはそう言うと右手の手袋を脱ぎ、その手の甲を僕たちに突きつけてきた。そこには確かに勇者の紋章が刻まれている。
「――ガイ。僕も不思議だったんだけど、どうしてあいつが勇者の紋章を?」
「あの野郎に奪われたんだ。あいつは紋章を奪う力を持っている。ネロも気をつけろ」
「紋章を奪うだって!?」
「スピィ!?」
「――そんな力、アイ知らない」
思いがけない言葉に僕もスイムも声を上げてしまった。まさか、そんな力があるなんて。アイすらも知らなかったらしい。
「でも、それで納得だ。つまりお前は奪った紋章だけで粋がってるまがい物だろう?」
紋章を奪う力――それは確かに危険なものだけど、その力で得た紋章は本来のものじゃない。どっちが偽物なのか、逆に問いかけてやりたかった。
「俺の力がまがい物だと? 言ってくれるな。だったらその目でよく見ておけ――【勇魔法・天雷】!」
「あぶねぇ!」
ギルが魔法を発動した瞬間、ガイが僕を突き飛ばした。ガイ自身も一緒に飛び退き、その場に雷が落ちて地面をえぐる。
「これは……ガイと同じ魔法……?」
ギルは、どこか得意げにほくそ笑んでいる。
「へぇ、一応は勇者だっただけあって反応がいいな」
そのとき、氷の塊がギルめがけて飛んだ。しかしギルは剣を抜いて、それを見事に切り裂いてしまう。
「お前みたいなのに構ってるほど暇じゃない。さっさとどけろ。凍すぞ」
「へぇ、氷魔法か。いいなそれ」」
ガイが剣を鞘に収め、今度は左手の手袋を脱ぐ。――そうか、こいつは。
「お前、黒い紋章を」
「なに? お前、これが視えるのか」
ギルが左手の甲を見せてくる。そこには確かに黒く輝く紋章が刻まれていた。
「はっきり視えてるよ。なるほどね。その紋章持ちは奇妙な力を使う」
「黒い紋章……前にやり合ったあの連中と同じか」
「黒い紋章って?」
ガイがぼそりと呟き、アイスが訝しげな顔をする。
「前に|ゴブリンクラウザー|と戦ったけど、あいつも黒い紋章持ちだったんだ」
「あのゴブリンが……」
アイスが驚いたように目を丸くしている。一方、ギルはどこか渋い顔をしていた。
「あの妙な仮面野郎の他にも、これを持ってる奴がいるのか。しかもゴブリンだと? 聞きたくなかったな」
ギルは愚痴るようにぼやく。だが、その言い草――どうやらギルは例の黒い紋章持ちたちとは繋がりがないようにも見える。
けれど今、彼自身も「仮面野郎」と言った。自然と、あのゴブリンクラウザーが主と呼んでいた仮面の男の顔が脳裏に浮かぶ。あいつも確かに仮面を着けていた。
だとしたら、このギルも全く無関係ってわけでもないのかもしれない――




