第272話 元勇者ガイを救出
ネロたちがガイを助けに向かったのを確認し、クールは受け取った瓶の中身を飲み干した。
「これは――」
瞳が大きく開く。手持ちの魔法薬と遜色ない――いや、それ以上の回復力が体内を巡った。
「クール様。ご無事でしたか」
声の方へ振り向けば、スノウが歩み寄って来る。
「妹にしてやられたか。油断したか?」
「フフッ。クール様が思う以上に、アイス様は強くなられました。それだけです」
「そうか。お前が言うなら間違いあるまい」
クールの口調はどこか晴れやかだ。
「しかし、あのネロという男――なぜ女装など?」
「変装でしょう。今となっては意味がありませんが」
「……そういうことか。ひと言ツッコんでやればよかったな」
そうぼやきつつ、クールはネロとアイスが消えた扉を遠い目で見つめた。
◆◇◆
僕とアイスは扉を抜け、地下へ続く階段を下りた。
鼻を突くすえた匂い。湿った空気に混じる鉄錆と腐敗臭で、劣悪な衛生環境が一瞬でわかる。
格子付きの牢がいくつも並び、ガイ以外にも囚われた人影があった。
「おい、女だぞ」
「へへっ、いい女じゃねぇか」
「なぁ、ちょっと慰めてくれよ」
下卑た声。アイスの容姿を狙った視線に、背中がぞわぞわする。
「アイス、大丈夫?」
「問題ない。手を出したら――凍すッ!」
睨みつけた瞬間、周囲の格子が薄氷で覆われる。
「ひ、ひぃ!」
「わ、わるかった! 勘弁してくれ!」
囚人たちが震え声で懇願した。アイスの威圧は効果抜群だ。
「とにかくガイを探そう」
「スピィ!」
周囲を見渡す僕の肩からスイムが跳び、ぴょんぴょんと奥へ進む。
「待って、スイム」
「スピ~」
スイムはスライム特有の軟体を活かして最奥の牢へ潜り込んだ。
「な、お前はネロの? なんでここに?」
「スピィ!」
「ガイ!」
鎖につながれたガイが、目を丸くする。
「無事でよかった」
「え? いや、まぁ……で、あんた誰?」
戸惑うガイ。それにしても一体何を言ってるんだろう?
「君を助けに来た。ここを出よう」
「俺を助ける? バカ言うな。危険すぎる。さっさと戻れ」
どこか妙に柔らかな口調……?
「危険は承知だ。君も一緒に――」
「無駄だ。ここは執念深い連中の巣だ。しかも、あんたみたいな可愛らしい子が首を突っ込む場所じゃねぇ」
“可愛らしい子”――背中がぞわっとした。
その時、アイスがぽつりと呟く。
「……そういえば、その格好」
ハッ。そうかウィッグを外し忘れていた!
「あぁもう! 僕はネロだって!」
ウィッグを脱ぎ捨てると、ガイは硬直。
「は? はぁああ!? ふざけんな! なんでそんな格好!」
「変装しないと潜り込めなかったんだ。さぁ出るよ!」
「う、うるせぇ! 俺は助けてくれなんて頼んでねぇ!」
「ここまで来て見捨てる選択肢はない!」
「スピィスピィ!」
スイムも鳴いて説得。それでもガイはふてくされた様子。本当に仕方ないな。
「まずは格子を切る。水魔法・水剣!」
老朽化した鉄格子はあっさり断ち切れた。ガイの動きを封じていた鎖と足枷も粉砕。
「ほら、肩を――」
「自分で歩ける!」
ガイは意地を張って立ち上がる。無理はしていないようだ。
「それと、さっきの『可愛らしい』は忘れろよ」
「忘れたいよ!」
僕とガイが同時に叫ぶと、アイスとスイムが呆れ顔でため息。
「とにかく急ごう」
そう言って出口に向かうと――乾いた拍手が地下牢に響く。
通路の奥、金髪の青年が不敵な笑みで立ちはだかる。
「騒がしいと思えば、とんだ闖入者だな」
こいつはガイの代わりに勇者となった男、ギル・マイト。
ギルの登場で重い空気が、さらに凍りついた――。




