第271話 水と氷、決着の時
クールは「水の力を見せてみろ」と言った。
それなら応えないと――きっと彼は、あの最大魔法を放つ。
「氷雪魔法――氷竜崩雪!」
宣告と同時、雪原が割れる。氷河の背骨がうねり、白銀の鱗をまとった巨竜が咆哮。雪崩を巻き込み、蒼い尾流を引いて迫る。
「ネロ、逃げないと!」
「逃げちゃ駄目だ。立ち向かう!」
杖を両手で構え、心臓の鼓動を魔力に変える。
「水魔法――水龍裂波!」
蒼紺の奔流が竜骨を形作り、尾を引く大波を纏って射出。
氷竜と水龍、質量と水圧――二頭が激突した瞬間、衝撃波が雪原を虚空へ巻き上げた。
氷鱗が砕け散り、水飛沫が霧化。白と蒼がせめぎ合い、地形そのものが唸りを上げる。
「くっ、俺の竜に拮抗だと……!」
「僕の想いを乗せた魔法だ。絶対に負けない!」
「スピィ!」
僕の声にスイムの声が乗った。
クールの魔法はやはり強力だ。僕の龍と一進一退の攻防を繰り広げている。
杖に集中し更に魔力を込める。負けられない、負けない、僕はクールに勝って、ガイを助け出す。
そんな僕の思いに呼応するように水龍がさらに圧を増し、氷竜の首に亀裂――蒼い顎が氷を食い破り、雪崩ごと呑み込んだ。
「ぐあぁああッ!」
クールの悲鳴と共に残った雪崩を水龍が押し返し、蒼い奔流に呑み込む。クールの身体が弾かれ、雪面へ叩きつけられた。
「……勝て、た?」
気力がぷつりと切れ、膝が雪へ沈む。
「ネロ!」
「スピィ!」
アイスとスイムが駆け寄る。魔力は空に近い。視界が揺らいだ。
――しかし、雪煙の向こうでクールが立ち上がる。
「そんな……!」
「スピィ!」
アイスとスイムが僕を庇うように前に出る。
「どけ」
「どけない! ネロにこれ以上手を出すなら、アイが!」
「スピィ!」
クールの氷色の瞳が細められる――が、やわらかな息が漏れた。
「勘違いするな」
アイスを押しやり、クールは僕の前に膝をつく。震える手で小瓶を取り出した。
「口を開けろ。それぐらいできるはずだ」
言われるまま唇を開く。甘い液が一気に流れ込み、喉が焼けるように熱い。
「ゲホッ、ゲホッ!」
肺が燃える感覚。だが数拍後――
枯れかけた魔力の泉に水が注がれたように、力がじわりと満ちてきた。指先が温かさを取り戻し、視界の霞が晴れていく。
「効果はあったようだな。とっておきの魔法薬だ。感謝しろ」
ふらりと尻をつくクールも、限界は近いらしい。
「ありがとう。でも、いいの?」
「俺ももう戦えん。……負けだ」
細い笑みに、ようやく胸が緩む。
アイスがクールに頭を下げ、スイムも跳ねて礼を伝える。
クールは顔をそむけ指で鉄の扉を示した。
「探している男は、その先の地下牢にいる」
「ありがとうクール。あ、そうだ空き瓶もらっていい?」
「好きにしろ」
受け取った瓶に魔力水を満たし、手渡す。
「お礼に受け取って。魔力が戻るよ」
「……本当に変わった奴だな」
呟きながらも瓶を受け取るクール。
僕は立ち上がり、回復した魔力が脈打つのを確かめる。
体の奥に、再び水が巡り始めた。
「さあ行こう、ガイを助けに」
「スピィ!」
肩のスイムが元気よく鳴く。背中で、兄妹の声。
「お兄様……」
「行け。お前が選んだ道だろう」
「うん。アイはもう迷わない!」
仲間の足音が追いかけて来る。僕は雪を蹴り、新たな戦場へと駆け出した。
ガイを救う――その想いが、胸に再び熱を灯す。




