第269話 アイスの求めた強さ
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(アイの目指した強さ――)
スノウの問いかけに揺らいだ心を、アイスはひと息で静めた。
そして思い起こす。あの夜、胸に焼きついた背中と、涙の味を――。
◆◇◆
『アイス。お前の魔法はもう不要だ。これからは俺の力だけでブリザール家を支えていく』
十二歳で氷の紋章を授かった直後。努力を続けてきたアイスに向けられたのは、兄クールの刃のような言葉だった。
『お兄様……。アイは、もう不要――?』
『そうだ。――家を出ろ。それが身のためだ』
背を向ける兄が遠かった。氷魔法の腕が劣ることは痛いほど分かっていた。それでも追いつきたくて、毎晩指が切れるまで魔力を磨いた。
なのに、認められることはなかった。悔しさと悲しみで凍えたアイスに、そっと手を差し伸べたのがスノウだった。
『クール様は――』
『アイが弱いからよ! でも……強くなりたい。スノウ、力を教えて! お兄様の側にいる貴女なら分かるはず!』
涙の奥で燃える瞳を見て、スノウは頷いた。
――氷魔法だけでは届かなくても、別の刃を手にすれば追いつけるかもしれない。
それがスノウの持つ脚技だった。
◆◇◆
(そう。お兄様に追いつくため――)
アイスは拳を握り、目の前の師へ覚悟を示した。
スノウも微笑まず、鋭い氷刃の靴底で氷面をキックする。
「振り切れたようね。ならば本気で来なさい」
「見せるわ、私の“閃き”――氷魔法・氷の軌条!」
右手を振り下ろすや、氷のレールが雷光のように伸びる。
アイスは刃付きブーツを生成――
「氷魔法・氷場演滑!」
レール上でスパークを撒き散らし、加速の限界を超えていく。氷面に残る白線は、蒼い彗星の尾。
「なら私も――アクセル!」
スノウが前踏切一回半の跳躍。空中で腰を絞り、着氷と同時に氷面を“一本足キャメル”で抉った。エッジから吹き飛ぶ氷華が風花となる。
距離が縮む。
交差の刹那――
「氷魔法・氷翼天使!」
アイスの背に六枚の氷翼が展開。翼面を叩きつけ、さらなる推進力を得た。足払いの円弧が青白く光る。
「負けられない――シットスピン・【豪嵐刃舞脚】!」
スノウは腰を沈め、シットスピン姿勢のまま超高速回転。ブーツの氷刃が竜巻を呼び、切子の嵐が舞い上がる。
二つの流線が衝突――蹴りと蹴り、翼と竜巻がぶつかり、凍気の爆音が轟いた。
光と風の渦が刹那に膨張し、次いで弾ける。
竜巻の中心で氷翼が砕け、二人は反動で放物線を描いて地へ叩きつけられた。
「くッ……アイは、負けられ、ない……!」
アイスが雪を掴み起き上がろうとする。そこへ、ヒールが氷面を刻む足音。
振り返れば、スノウが凛として歩み寄っていた。
「そんな……届かなかったの?」
「いいえ――見事だったわ」
最後の一歩で力尽き、スノウはアイスの隣に倒れ込む。
「ス、スノウ!」
アイスは慌てて抱き起こすが、スノウは弱く首を振る。
「敵相手に、そんな顔を……」
「違う! スノウは敵じゃない! アイがここまで来られたのは……貴女のおかげ!」
ぽろりと落ちた涙を、スノウは指先でそっと拭った。
「大丈夫。私はまだ立てるわ。だから――」
右手が伸び、アイスの髪をひとなで。
「伝えておきたいことがある」
「アイに?」
「ええ。貴女は勘違いしている。クール様が貴女を突き放したのは、力を認めていなかったからじゃない。あの人、不器用で――大事なものほど手放そうとする。巻き込みたくなかったのよ」
「お兄様が……私を?」
瞳が揺れ、すぐに燃えた。
スノウは微笑む。
「分かったら行きなさい。私は大丈夫――クール様の所へ」
アイスは涙を拭い、立ち上がる。脚が氷を踏み割り、ネロとクールの衝突が轟く白煙へ向かって走り出した。
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