第267話 師弟対決?
「貴方の脚技程度では、私には到底届かない――キャメル!」
氷上を矢のように滑りつつ上体を水平に伸ばしたスノウは、そのまま軸足を中心に鋭く回転し、蹴りを放った。翼のように広げた脚がブレード代わりとなり、アイスの肋を打つ。アイスは後ろ向きにエッジを踏み込み、滑りで衝撃を逃がすが、それでも肺から苦い息が漏れた。追撃のスノウは刃の上を風より速く滑る――師のスピードは容易に間合いを詰める。
「……確かに、脚技では敵わない。でも私は氷使い!」
アイスの右手の紋章が蒼白に脈動し、氷のような双眸に烈しい光が宿る。
「氷魔法・氷円柱!」
足下を突き破って伸びた円柱に跳び乗り、一気に上空へ。
「氷魔法・無慈悲の雹群!」
頂上で杖のように伸ばした右腕から魔力を解き放つ。天空に散った魔力が凝結し、鋭い雹となって滝のように降り注いだ。頭上を取った有利、極大範囲の砲撃――師を押し切れると踏んだが。
「甘いわね」
氷面を走るスノウは雹の隙間を滑空し、細やかなエッジワークで抜けてゆく。装飾のない黒衣が翻り、白銀の跳躍はまるで氷精。
「この程度で何を成し遂げるつもりだったの? ――アクセル!」
前向き踏切から空中で一回転半、回転慣性を蹴りに転化。氷柱の外壁を削りながら踵で斬り裂いていく。
「武芸・旋風刃舞脚!」
空中で更に軸を変え、連撃を織り込む。氷柱はスパッ、スパッと快音を立て輪切りになり、氷塊は粉雪になって崩れ落ちた。足場を失ったアイスは咄嗟に反対側へ跳び、氷面へ着氷。
「氷魔法・逆上氷柱!」
周囲から無数の逆さ氷柱を噴出させ進路を塞ぐ。しかしスノウは速度を落とさず切先の嵐へ突入すると――
「――アップライトスピン!」
背筋を伸ばしたまま垂直に回転。回転半径を最小に絞ったブレードが衝撃波のような真空刃を纏い、突き出た氷柱を面白いように粉砕しながら進んだ。砕けた氷片が乱反射する光で白い薔薇のような輪を描く。
「逃げ回るだけが貴方の手? 見損なったわ。それでもクール様の妹なの!」
「違う……この魔法は出来れば使いたくなかった。でも、決めなくちゃ!」
アイスの瞳――氷色の奥に紅蓮が灯る。
「氷魔法・絶対零渦!」
蒼白い魔紋が一面に走り、冷気を孕んだ烈風が轟音と共に拡散。瞬く間に白霧が視界を奪い、凍気が全てを包む。かつてゴブリンジャイアントを瞬時に氷漬けにした程の威力を誇る魔法だ。
やがて耳朶を掠める刃の擦過音。白霧が割れ、漆黒の回転槍と化したスノウが出現した。回転による摩擦熱で衣が熱気を帯び、霜の纏を強制的に弾き飛ばしている。
(熱気で凍結を……!)
「――シット!」
スノウはなおも回転を保ったまま身を沈め、トゥを支点に飛び上がる。シットスピンから派生した低空回し蹴りが地を掠め、半月刃が氷面を抉って飛沫を撒いた。
アイスはブーツのエッジで滑り込み、間一髪で上体を反らす。しかし喉元をかすった風圧が鈍い痛みを残す。
着氷したスノウは片膝を突き、余韻の中で顔を上げた。
「それが、貴方の目指した“力”なの?」
呟きは氷より冷たく、しかし胸の奥を掻き乱すほど鋭い。アイスの脳裏で何かが軋む。迷いか、焦りか――。
嗤うでもなく、責めるでもなく。ただ氷面に映った彼女自身を映すように静かな問い。アイスの心はざわつき、呼吸が浅くなった。
雪は止まぬ。風は止まぬ。だが二人の距離だけが、氷の呼吸を潜めて凍りつく――。




