第264話 コーディネート
「ザマァなさい! 毒でもがき苦しむがいいわ!」
空を劈くような高笑いと共に、無数の毒蛇が牙を剥く。緑がかった鱗が夕陽を反射し、土煙の中で妖しく煌めいた。蛇の群れは荒波さながらに押し寄せ、今まさにウィンの白い肌へ噛みつこうとしている。
「この私を舐めてくれるなよ! 魔法風剣──」
渾身の気迫を帯びた声が上がった刹那、ギュルッ、と鋭い擦過音。ウィンの身体が竜巻のように回転を始める。一回転、二回転──回転ごとに風圧が増幅し、泥濘を作っていた粘土質の地面すら弾き飛ばした。飛散した泥は雨のように降り注ぎ、蛇の隊列を一瞬かき乱す。
「──旋風裂刃!」
迸る気勢。高速旋回する刃が渦となり、千を超える毒蛇の胴体を紙のように刻んでゆく。緑色の体液と黒く変質した泥が混ざり合い、甘い鉄臭を伴って地表へ叩きつけられた。
「ほう。随分といい格好になったじゃないか」
剣を片肩に担ぎ、ウィンが口角を上げる。その視線の先――血と肉片、泥と毒でドレスを染め上げられたスネアは、まるで即席の抽象画を纏う悲惨なモデルだ。
「安心するがいい。家族サービスだ。コーディネート代は請求しないでおいてやる」
皮肉の刃は毒蛇より鋭く、スネアの羞恥心を抉った。ワナワナと震える肩、噛み締められた歯列から掠れた息が漏れる。
「どうした? 嬉しすぎて言葉も出んか?」
「おのれ、おのれ、おのれぇええぇええ! 絶対に! 絶対に! 絶対に許さないんだからぁああああぁあ!」
絶叫は耳朶を砕く咆哮へ変わり、スネアの魔力が爆ぜた。指先が空を切り裂くように掲げられ、濃紫の魔紋が地面いっぱいへ走る。
「蛇召喚魔法・蛇髪石妃!」
魔法陣から立ち昇った瘴気が、輪郭を持ち始める。髪の代わりに絡み合う無数の蛇――冷艶な女怪が姿を現した。月光めいた瞳を細め、石化の魔眼がじわりと輝度を増す。
「これも蛇に入るのかい」
ウィンは眉をひそめるも、刃先を微動だにさせない。
「フンッ。蛇に関係するならどんな物だって召喚できるのが私の蛇召喚魔法よ。さあメドゥーサ! あの糞女を石に変えてやりなさい!」
「ウフフッ……ご所望とあらば。石化しがいのあるメスねぇ」
蛇の舌がチロチロと空気を舐め、獲物を測る。
ウィンは反射的に顔を背け、視線を切った。石化の魔眼と目を合わせる愚は犯さない。
「どうやら対策は承知しているようだけど、その状態でまともに戦えるかしらねぇ!」
「そういうことよ。言っとくけど、私は石化だけの女じゃないのよ」
メドゥーサの冷笑と同時に、拳大の石が空間から溢れ出す。数は優に百を超え、弾丸の如く射出された。轟音を伴う衝撃波で庭木が軋み、砕かれた敷石が霧散する。
「疾風脚!」
ウィンの脛に風が纏われ、弾けるような初速で石弾の雨を潜り抜ける。 骨撃つ風切り音、石弾の衝突音。その隙間を縫い、ウィンは身を沈め、跳び、剣閃で石をはいでいく。
だがメドゥーサは口角を吊り上げた。
「私と目すら合わせず、攻撃も回避? 生意気ね」
指を弾く。すると足下の大地が震え、鉱物化した棘が次々と突き上がった。石棘は迅速に迷宮を築き、ウィンの進路を封じる。
「チッ──」
舌打ちと共に飛び退くウィン。しかし背後から放たれた石弾が石棘に反射し死角を突いた。轟く衝撃。鋭い痛みが脇腹を抉り、肺から吐息が漏れる。
ウィンの身体がくの字に折れ、泥と石の上を数度転がった。剣は手を離れ、硬質な音を立てて芝へ突き刺さる。
「アハハハッ! いい気味! やっぱり地べたを這いつくばってるほうが似合うじゃない!」
スネアの嘲笑が冷えた風に乗り、倒れたウィンの耳にねじ込まれる。
視界の端で、メドゥーサの蛇髪が不気味にうごめき、傷ついた獲物を見つめていた――




