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【WEB版】水魔法なんて使えないと追放されたけど、水が万能だと気がつき水の賢者と呼ばれるまでに成長しました~今更水不足と泣きついても簡単には譲れません~   作者: 空地 大乃
第八章 救いたい仲間たち

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第262話 逃げるのも手

 エクレアは呆然と立ち尽くした。自信のあった雷撃が一切通じない――それだけで心を折るには十分だった。


「ボーッとしてんなよ!」


 ザックスの怒鳴り声とともに腕を引かれ、風車の刃が鼻先をかすめて通り過ぎる。あと一歩遅ければ切り刻まれていた。


「あ、ありがとう」

「しっかりしろ。あんたに何かあったらネロが悲しむだろ!」


 ネロ――その名にエクレアの目に再び光が宿る。


「そうだね、私が踏ん張らなきゃ――」

「ぐはッ!」


 言いかけた瞬間、ザックスが吹き飛ばされた。紙の槍を片手にしたアンダラが、不快そうに眉をひそめている。


「ゴミはゴミらしく廃棄されなさい。本当に鬱陶しいわね」

「なんてことを……!」


 エクレアが叫びかけたそのとき、ボンッという軽い破裂音。視界が真っ白な粉で満たされた。


「白粉よ! これで逃げられる!」

「え、逃げる?」


 マキアの声にエクレアは戸惑う。


「相手は強すぎる。生き残る方が大事!」

「そ、そうだぜ! 逃げよう逃げよう!」


 ザックスの情けない叫びが逆に胸に響く。目的は戦うことではない――救出だ。


「……分かった。行こう!」


 三人は同時に駆け出した。


 だが轟音。進行方向の床が爆裂し、大穴が口を開く。白粉の幕すら吹き飛ばされ、アンダラの怒号が突き刺さった。


「この程度の目くらましで逃げられると思った? 紙風魔法・紙大砲!」


 彼女の隣には紙で出来た巨大な大砲。砲口が三人を捉え、紙とは思えぬ圧力がこもっていく。


「まずい! 避けられねぇ!」


 迂回路は塞がれ、逃げ場はない。エクレアが覚悟を決めかけた刹那――


 空から影が落ちた。長身の男が髪をなびかせて降下、その肩には青い髪の幼女。


「切って、ケトル!」

「御意」


 幼女の澄んだ声とともに、男――ケトルと呼ばれた剣士が腰の剣を抜く。独特な鍔を持つ剣が閃き、紙の砲弾へ一閃。目にも止まらぬ斬撃が砲弾を寸断し、伴う爆風すら霧散させた。


 白煙の向こう、剣を納めるケトルと無表情の幼女。


「危ないところだったね!」


 小鳥のように愛らしい声。しかし瞳の奥には底知れない水面の光が揺れている。


「あなた達は……?」


 エクレアが息を詰めて問うが、幼女は首を小さくかしげる。


「わたし? 名前……うーん、むずかしい。でも、ケトルが守ってくれてるの」

「…………」


 ケトルは無言のまま一礼だけ返し、主従らしき立ち位置を示した。


 アンダラが紙装甲の槍を握り締め、怒気を爆ぜさせる。


「どこの誰か知らないけれど、邪魔しないでくれる?」


 幼女はいたずらっぽく首を振った。


「イヤ。だって、みんな困ってる顔してたもん」


 ケトルが一歩踏み出し、鞘に納められた剣に手を添えた。エクレアは直感した――この剣士は確かに強い。そして何より、敵ではない。


「助けてくれるの?」

「うん! お姉ちゃんたち、逃げるんでしょ? ケトル、逃げるのを手伝ってあげて!」


 幼女が無邪気にそう命じる。ケトルは無言で頷き、鞘に納まったままの剣を微かに持ち上げた。


 刹那、空気が張りつめる。ケトルの足が床を滑るように踏み込み、抜刀と同時に凄まじい衝撃波が奔った。


「抜刀――」


 刃閃一条。紙大砲の砲身が斜めに断たれ、圧縮された風魔力が霧散する。爆圧は起こらず、ただ白い紙片が雪のように舞い落ちた。


「そ、そんな……!」


 アンダラが紙装甲の槍を握り直すが、砲身を失った大砲の余波で一瞬バランスを崩す。


 幼女は小さく手を振った。


「今だよ。みんな、はやく逃げよ!」


 マキアがザックスを抱き起こし、エクレアが頷く。ケトルは抜き放った剣を払うことすらせず、半身でアンダラを牽制した。


 エクレアたちは裂けた床を跳び越え、廊下の奥へ駆け出す。ケトルも幼女を肩に乗せたまま無音で後ろに続いた。


 背後でアンダラが怒号を上げ紙刃を放つが、ケトルの鞘払いの一閃が紙片をまとめて叩き落とす。ほんの数秒の足止め――しかし逃げるには充分だった。


 角を曲がり、視界からアンダラの影が消える。

 息を乱しながらも、エクレアは振り返って幼女に問う。


「助かった……あなたたちはいったい?」


 幼女は首を傾げて笑うだけ。


「わたし? よく分かんない。でも、困ってる人は放っておけないの」


 ケトルは静かに剣を納めると、再び無言で一礼した。


 謎を残したまま、新たな同行者を得た一行は、とにかく今はこの場を離れようと通路を駆け出した――。

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