第259話 カブキ
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「ザックス! これを使いな!」
メイドたちが襲いかかるその瞬間、マキアは鉄扇とパイプキセルを弟へ投げた。
ザックスは空中で鉄扇を見事に開き、残心のまま着地。
「ヨッ! 天下一の伊達男、ザックス郎のお目見得ェェェッ!」
右手で鉄扇をひらり、左足を斜に構え、弓なりに反らした背をポンと打って見得を切る。白粉に彩られた顔が鬼火のように輝いた。
――刹那、場の空気が変わる。
「なにそれ、ふざけてるの?」
「虚仮威しでわたくしたちを惑わせるつもり?」
アンダラとスネアの嘲笑。それを目にしたマキアが言い放つ。
「悪いけどこっちは大マジだよ。あんたらは知らないだろうけど、カブキはとある島国に伝わる伝統芸の一つよ。文献で見つけてから興味を持って調べている内に閃いた、私の切り札よ」
マキアが得意げに言い放った。所持していた鉄扇とキセルも、カブキとの相性を考えて用意しておいたものだった。
「どこの田舎の伝統か知らないけど、アクシス家に逆らったことを後悔させてあげる。やってしまいなさい!」
アンダラが命じるとメイドたちが一斉に踏み出し、同時にザックスも大地を蹴った。
「ヨォッ! ハッ、ハッ、ハァァッ!」
扇を盾に、キセルを剣に。振り下ろされたナイフを鉄扇で弾き、柄尻で手首をはじく。
服の裾を翻すようにくるりと回転し、跳ね返したナイフを背面の敵へ投げ返す。
紙吹雪のように散った刃がメイドの肩や腿を穿ち、そのまま失神させた。
「な、アクシス家のメイドが……!」
「落ち着きなさい! かすり傷よ!」
立ち上がるメイド。だがザックスはキセルを片手に高く吸い、紫煙を大気へ吐き出した。
紫煙は魔法的に増幅され、瞬く間に霧壁となって視界を奪う。
「さあさご覧あれ! 霞の如き朧の舞ッ!」
霞の向こうで鉄扇の金骨が光を掠め、鈍い音と共に次々とメイドが跳ね飛ばされた。
「どうやら、私達も動かないと駄目なようね」
形勢不利と見たアンダラが白い手袋を外し、右手を翳す。
「紙風魔法・千刃鶴」
突風とともに大量の紙片が出現し、鶴へ、さらに鋭利な刃へ昇華されて疾風に乗る。
一方でスネアも魔法を行使していた。
「蛇召喚魔法・黒大蛇!」
影から漆黒の大蛇が伸び、ザックスへ食らいついた。
「ヨッ! 燃えろォォッ!」
ザックスはキセルから大扇状に火炎を吐き鶴を焼こうとするが、風刃は炎を裂き、紙鶴はうねるように軌道を変えて彼へ突撃。
無数の切り傷が跳ね血を散らし、背後から大蛇が牙を剥く――
「ザックス!」
マキアが悲鳴をあげた、その時。
――バリバリッ!
雷撃を帯びた巨槌が闇のような蛇体を横殴りに叩き飛ばした。
「間に合ったわよ!」
エクレア到着。鉄槌は雷鳴を残し、床に亀裂が走る。
ザックスによる残り火と雷光が交錯し、吹き飛ばされた大蛇は壁を砕いて動かなくなった。
助かった――と思ったものの、ザックスは受け身を取れず背中から床へ。
「いててて……俺、今、何やってたんだ?」
キセルも鉄扇も手から離れ、隈取りが薄れていく。マキアは額に手を当て嘆息した。
「やっぱりぶっつけ本番じゃ魔力の維持が限界ね……」
カブキメイクは解け、兄妹は再び窮地。だが頼もしい雷姫が立ちはだかった。
「マキア、ザックス、ここからはわたしと一緒に――この舞台、華々しく幕を引こうじゃない!」
雷を帯びた鉄槌が鳴り響く。一方でアンダラとスネアも不敵な笑みをこぼしていた。
戦いの幕は、まだ下りない――。
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