第257話 怒りの一撃
視界を奪った閃光がようやく薄れ、輪郭が戻ってくる。真っ先にスイムの声を頼りに視線を動かした僕は、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
――スイムが、執事のレイピアに貫かれている。
「終わったな。これでもう貴様の魔法は使い物にならない」
執事の冷笑は耳に届いているのに、頭の奥で音が反響しているだけだった。全身を熱いものが駆け巡り、次の瞬間には杖を執事へ突きつけていた。
「よくもスイムを――!」
怒りで魔力が暴走しかける。魔法を行使する声が震えた。
「水魔法・鉄砲水波!」
僕の魔法を目にした執事の顔色が変わった。押し寄せる水を目にしながら声を張り上げる。
「な、何だと! スライムがいないのに何故ここまでの魔法を――」
迸った濁流が叫び声ごと執事を呑み込み、壁まで叩きつける。レイピアも、スイムを貫いたまま空中へ跳ね飛ばされた。
しまった。感情のまま撃ったせいで、スイムまで遠くへ――
「スピィッ!?」
鳴き声がはっきり届く。スイムはまだ生きている! 僕は落下地点へ飛び込み、両腕でスイムを受け止めた。
「スイム、大丈夫かい!?」
「スピ?」
抱えたスイムは、どこかきょとんとしている。身体を改めると、レイピアの刃はスイムを貫いてなどいなかった。柔らかな体表が瞬時に伸び、刃に巻き付いて衝撃を逸らしたらしい。
「……本当によかった」
膝が抜け、僕はその場に腰を落とす。スイムが胸元で安堵の震えを返した。
背後で、氷が軋む音。アイスがいつの間にか傍に来ていて、静かに肩へ手を置いた。
「ネロ、スイムが無事で良かった。でも休んでいる暇はない」
「そうだね……ありがとう」
スイムを肩に乗せ、執事へ視線を戻す。壁に激突したまま動かない。腕輪からスキルジュエルが覗いていた。
「これ、ネロが持っていけ」
アイスはためらいなく腕輪から宝石を外し、僕の手に押し込む。
「利用できるものは全部利用する。それが冒険者だろう?」
「……わかった」
僕は自分の腕輪にスキルジュエルを装着した。初めての宝石がカチリと収まり、魔力がわずかに脈打つ。
「……急ぐ」
「うん」
そして僕とアイスは地下の独房に向かうために先に進んだ。あの二人の執事が守っていたってことは方向はこっちで間違いないと思う。
すると空気がひどく冷え込んできた。息が白く滲むほどの温度低下――これは只事じゃない。
すると並走していたアイスの頬が見る間に血の気を失い、唇が震えている。
「これは……まさか……」
彼女の呟きが途切れたところで、凍てつく声が空気を切り裂いた。
「やれやれ。アイス、お前、そんな格好でどういうつもりだ?」
薄青の逆立つ髪、氷の刃のような瞳。広場で見かけたアイスの兄――クール・ブリザール。彼の隣には、銀髪のメイドが無表情で控えている。
アイスの肩が小さく跳ねた。先ほどまでの毅然とした空気が崩れ、目の奥に怯えが滲む。兄にだけ見せる素顔――その変化が痛いほど伝わってきた。
「自分が何をしているかわかっているのか? ブリザール家はアクシス家の庇護があってこそ成り立つ。軽率な真似は家を滅ぼすぞ」
「兄様……わかっています。でも、アイは――」
アイスは唇を噛みしめ、言葉を飲み込む。強気な彼女が、兄の前では幼い妹に戻ってしまうのが見て取れた。
「アイスを責めないで欲しい。巻き込んだのは僕だ」
僕が一歩前に出ると、クールの視線が氷柱のように突き刺さる。
「随分と珍妙な趣味だな」
横のメイドが淡々と囁く。
「クール様、世間では彼のような方を“男の娘”と呼ぶそうです」
「だから違うって!」
思わず声が裏返る。スイムが心配そうに首を傾げた。
「君がアイスの兄なら、話せば分かるはずだ。僕はただ勇者ガイを助けたいだけなんだ。どうか道を――」
「度し難いな」
クールの眉間が深く寄り、冷気がさらに濃くなる。床一面に霜が走り、辺りが白く曇った。アイスが小さく息を呑む。
「兄様が本気……」
震える声に、僕も覚悟を決めた。戦いは避けられない。
肩の上で、スイムが小さく鳴いて気合を送ってくれる。
「……ここから先は通さない。行くぞ、アイス。ネロ。凍てつく覚悟はあるか?」
そう口にした瞬間、クールの足元から吹き上がる氷霧が、青白い月光のように辺りを染めた――。




