第256話 VS執事戦
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サングラスをかけた執事が、僕の肩に乗っているスイムを指差して言い放つ。
「――なるほど。水魔法しか取り柄のない貴様が、なぜ冒険者として活動できているのか、旦那様も怪訝に思っていたようだが……その秘密はそいつにありそうだな」
「スピィ?」
スイムは軽く鳴いて首を傾げているように見える。確かに、スイムは頼れる仲間だ。だけどそれはあくまでも“仲間”であって、僕の魔法の代わりじゃない。
「特殊な能力を持ったスライムらしいが、種さえわかれば、こっちのものだ!」
執事が突き出したレイピアの先端が、スイムに向かう。スイムが怯えたように震えた。こんな真似、絶対に見過ごすつもりはない。
僕はすかさず水魔法で盾を作り、レイピアの突きを受け止める。
「スイムを傷つけさせるわけにはいかないよ」
「そこまで守ろうとするとは。やはりそいつが、お前の魔法の正体か」
「確かにスイムは大事な仲間だけど、僕の魔法は僕自身の力だ」
執事はまったく耳を貸さない様子で、足を踏み込み、再びスイムを狙うように突きかかろうとする。彼の動きが一段と加速する気配を感じて、嫌な汗が背中に滲んだ。
「この速度のまま何度も攻撃されたら、対応しきれない……!」
直感的にそう思った僕は、次の瞬間に頭に浮かんだ魔法を即座に発動させる。
「それなら……水魔法・粘着水!」
杖から飛び出した水が、執事の体にべったりと張りついていく。これは粘着性を帯びた特殊な水で、まとわりついた相手の動きを阻害するための魔法だ。
「ムッ!?」
執事が低く唸る。足どりが鈍ったように見えた。その反応に、僕は内心で少し安堵する。
「まだ終わりじゃない。水魔法・酸泡水浮!」
続いて杖から大量の泡が放出され、執事を取り囲む。そこに漂う泡の一つをレイピアで突いた執事は、飛び散る酸を確認して素早く距離を取った。落ちた酸がシューシューと地面を溶かす音が、周囲にこだまする。
「……触れないほうが身のためだよ。間違っても無闇に突っつかないでほしいな」
僕の言葉に対して執事は言葉を継がない。警戒したまま、泡の動きを窺っている。正面から突撃してこられなくなったということは、これでほぼ勝負がついたはずだ。
少し気が抜けた僕は、アイスのほうを見る。アイスは巨漢の執事と渡り合っていた。膨張した腕で襲いかかる巨漢相手に、アイスは冷静に対処している。
「女! 逃げることだけは一丁前だな!」
「――黙れ暑苦しい。もう十分わかった。凍す」
攻撃を続ける執事相手にアイスが呟く。そして――
「氷魔法・氷姫の包容――」
魔法の行使によってアイスの背後に巨大な氷の女神像が出現する。それが腕を伸ばし、猛然と拳を振るう巨漢を捕えて逃さない。
「こんなもん、ぶっ壊してやる!」
そう吼える巨漢だが、どんなに暴れても女神像の腕は微動だにしない。あっという間に氷が男の全身を覆っていく。
「ば、馬鹿な……俺が……こんな……」
見る見るうちに凍結して、巨漢は動きを止めた。アイスは涼しい顔のまま。Cランク試験でも目にしたけれど、その実力に揺るぎはない。
彼女の強さを再認識していると、アイスがこちらを振り向く。
「やっぱり強いね、アイス。圧倒的じゃないか」
「この程度、大した相手じゃ――ッ! ネロ! お前、まだ相手が立っているのに何してる!」
「え? あ、うん。こっちももう勝負はついたようなものだよ」
「馬鹿! だからお前は甘いんだ! やるならしっかりやれ!」
アイスの指摘を受けて、僕は再び自分の相手へと向き直した。あのサングラスの執事は、泡に囲まれて動きが封じられているはず――そう思った瞬間、パチパチッと泡が弾ける音がし、酸が飛び散る。
「……まさか破ってくるなんて!」
執事はレイピアを細かく突き込み、さらには高速回転して泡や酸を拡散している。自分にも酸が降りかかるはずなのに、それを意に介さず、一心不乱に泡を打ち消そうとしていた。常識外れな手段に驚いていると、不意に眩い光が目を射抜いた。
「な、何だ、この閃光……!」
光が強すぎて、思わず顔を背ける。これは執事の魔法? いや、ほぼ間違いなく執事の紋章は武系紋章の筈だ。そうなると――スキルジュエルの効果!? そうかサングラスはこれを使う為に……。
「スピィ!」
「仕留めたぞ――」
直後、スイムの鳴き声と、執事の冷たい声が耳に突き刺さった――。
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