第252話 ネロを思い出す?
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色々と思うところはあったけど、とにかくここは上手くやり過ごさないといけない。アンダラの髪のセットなどは、もちろんマキアが担当することになっている。
一方で、スネアの髪をどうするかという点については、ウィン姉の鋏さばきが上手いという理由で任せることにした。これは前日にマキアが確認してくれたことで判明したらしい。そういうわけで、ふたりが手分けして作業をする段取りになっている。僕たちも、ある程度の進行手順は共有していた。
そして、マキアの手によってアンダラの髪が美しくカットされていく。どんな相手だろうと、仕事となれば完璧にこなすあたり、流石はプロだなと改めて感心した。
「中々やるじゃない。高い料金を支払っただけあるわ」
「ありがとうございます。それにしても、どんな時でも美を保とうとされる奥様の心意気には感服いたします」
「当然よ。処刑ともなれば観衆が大勢集まるのだから。みっともない姿は見せたくないわ」
そんな言葉を笑顔で語るアンダラを見て、僕はひそかに背筋が寒くなった。人が処刑されるという日に、さも晴れやかな顔で着飾り目立とうとする母親――その姿を認めるたび、複雑な感情が湧いてくる。
「そうそう、みっともないといえば思い出したわ。うちにはどうしようもない塵のような存在がいたのよね」
アンダラのその言葉に、思わず僕は表情をこわばらせる。
「由緒正しいアクシス家に唯一生まれた汚点。水の紋章などという汚れた属性を宿した愚息――もし今ここにいたら、一緒に処刑してあげたいところだわ」
「いやですわ、お母様。あのような出来損ないの塵なんて話題にしないでください。せっかくの気分が台無しです」
「それもそうね。なのに、どうしてかしら。貴方を見ていると、ふと思い出してしまったのよ」
「あ、はは……どうして、でしょうね……」
アンダラがまじまじと僕の顔を見ながら不思議そうに言う。なんとか平静を装おうとするけれど、込み上げてくる怒りで言葉が詰まりそうになる。すると、そっとエクレアが僕の手を握ってくれた。
その小さな温もりが、今の僕を支えてくれている。そうだ。僕にはもう、かつてとは違う仲間がいる。母や妹に何を言われようと、今さらどうということはない――そう自分に言い聞かせる。
「スピィ! スピィ!」
しかし、そのタイミングで僕の服の中に隠れていたスイムが声を上げてしまった。アンダラの言葉に怒りを覚えたのかもしれない。
「ん? 今、妙な声が聞こえたような……」
アンダラが小首を傾げて訝しげな目を向けてくる。不味い、このままではスイムの存在に気づかれてしまう――!
「す、スキィ! スキィ! スキィ、ンケアはどこにしまったかしらぁ?」
と、エクレアが甲高い声で急に騒ぎ始め、手近な荷物を探す仕草をしてみせる。彼女なりの機転なのだろう。
「いやだわもう。スキンケアなら、ほら、そっちのバッグにあるでしょ」
「あ、あぁ、そうでしたね。よかったぁ~」
マキアが素早くフォローするようにバッグを指さし、エクレアがそこから道具を取り出して笑顔を浮かべた。急なアドリブにしては見事な連係だよ。
「まったく、しっかりしなさいな……」
「あはは、すみませぇ~ん」
母と妹の注意がそちらへ向いたおかげで、何とかスイムの声を誤魔化すことに成功する。
「全く、あんな塵の話をしたせいで変な空気になっ――グェッ!?」
しかし、今度はスネアが嫌そうに呟いた途端、妙な音とスネアのうめき声が響いた。
「は~い、お喋りはそこまでにぃ~。ちゃんと前を向いてないと危ないですよぉ~」
見ると、ウィン姉がスネアの首をぐいっと捻るように回している。前を向かせるにしても、それはちょっと危険かも。しかも、ウィン姉の声音からは相当な怒りが感じられる。
「あ、あなた! 何をしてるの!」
アンダラが慌てた様子で声を上げる。娘がとんでもない仕打ちを受けたと思ったのかもしれない。
「ご安心ください。これはウィズ流の施術なのです。少々強めですが、マッサージも兼ねていますので」
「は? どう見てもマッサージには見えないわよ!」
「は~い、それじゃあシャンプー入りますね~」
「ちょ、待っ、グボッ、ゴボガボッ!」
言うが早いか、ウィン姉は桶に溜めた水へスネアの頭を容赦なく突っ込んだ。流石にやりすぎな気もするけど――アンダラが目を白黒させている横でザックスは完全に無表情になり、考えるのを放棄したようだね。
「シャンプーが終わったら、ざっと髪を刈っていきますねぇ~」
「ちょ、そんな乱暴に……!」
「黙ってろ、凍すぞ!」
「だ、大丈夫なの!?」
「ええ、大丈夫ですよ~。凍すというのは凍結とエステを組み合わせた、まったく新しい美容術ですからね」
アタフタしているアンダラに向かい、マキアがもっともらしい言葉でごまかす。場当たり的な説明だけど、妙に説得力があるように思えてくるのは不思議だ。
そんな騒ぎを眺めながら、僕は心の底でふっと笑みを漏らす。あまりに滅茶苦茶ではあるけれど、ウィン姉とマキアの活躍のおかげで、多少なりとも鬱憤が晴れそうだよ――
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