第246話 ギルに近づく者
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「全く。ここまで従順なフリをしてやっとここまでこれたぜ。ガイの悔しそうな顔、思い出すだけで笑える」
過去を想起した後、紋章を奪われた時のガイの様子を思い出し自室でギルは一人ほくそ笑んでいた。
そして改めて左手の甲に刻まれた黒い紋章と右手の甲に刻まれた勇者の紋章を見比べていたのだが――
「随分と、楽しそうだな」
「――ッ!?」
突然の声にギルがベッドから飛び起きた。聞き覚えのない声だったからだ。視線を彷徨わせるといつの間に部屋の中に何者かが立っていることに気がついた。
その人物は黒いローブに身を包まれており、顔には妙な仮面がつけられていた。声から男だと判断したが、謎の来訪者にギルの警戒心は高まる。
「誰だあんた」
ギルが仮面の男を睨めつけた。すると仮面の男が仮面に指を添え口を開く。
「そう警戒するな。私はお前を迎えに来ただけだ」
「迎えだと?」
意味がわからずギルが怪訝な顔を見せた。すると謎の人物が左手の甲をギルに見せつける。
「これを見ればわかってもらえるかな?」
「な! それは俺と同じ黒の紋章!?」
その人物の左手の甲には、ギルに刻まれたような黒い紋章があった。ギルは自分以外で黒の紋章を持つものを見たのは初めてであり、それだけに動揺していた。
「まさか俺以外にもこれを持ってるのがいたのか」
「当然だ。自分だけが特別だとでも思ったか? 黒い紋章持ちはお前以外にも多く存在する。そして黒い紋章持ちが集まった組織が『深淵を覗く刻』――」
静かに語る人物相手にギルが訝しげな表情を見せる。
「それで、俺が黒い紋章持ちだから組織に入れってか? そんなこと言われてホイホイついていくほど俺がバカだと思ってるのか」
「――別に強制はしない。お前が望めばいつでも深淵を覗く刻に迎え入れよう。だが、その力、お前だけで果たして使いこなせるか?」
その問いかけにギルは不快感を顕にした。
「俺は十分使いこなせているさ。そもそも俺の力がなにかもわからないクセに――」
「『無情なる剥奪者』――」
ギルの言葉を遮るように仮面の男が呟くと、ギルの眉がピクリと反応し黙ってしまった。
「左手で触れた紋章の力を奪い右手に宿す。それがお前の能力だ。紋章の力は強大だが、色々と制約もありそうだな」
「黙れよ。クソ、なんでわかった。さてはそれがお前の力なのか?」
「さぁ、どうかな」
短く答える仮面の男。仮面には額部分にも瞳が象られており、それが一層不気味さに拍車をかけた。
「勇者の紋章を奪い有頂天になってるようだが、果たしてお前の思うように行くかな」
「黙れ! 俺は、俺は上手くやって見せる! これまでのクソッタレな人生を俺の力で塗り替える! その為に俺はここにいるんだ!」
「――そうか。まぁいいだろう。お前がどれだけ拒もうとあの御方の意思には逆らえない。お前も何れはコチラ側に加わることになるだろう。精々それまで足掻くことだな」
「何わけのわからねぇこと言ってやがる。おい! 誰か!」
ギルが声を上げたその瞬間、仮面の男は身を翻し、かと思えばまるで煙のように消え去っていた。
「もういねぇ、一体何だったんだあの野郎は――」
仮面の人物がいなくなり、一人呟くギル。その心にはどこかしこりが残ることとなるのだった――
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