第241話 偽勇者
「ここで私は一つお詫びしなければならない。何故なら私自身、このガイが偽物だったことに気がついていなかったからだ」
グランの発言に聴衆からざわめきが起きた。僕も同じ気持ちだった。一体この男は何を言ってるんだ? と不快な気持ちにすらなったよ。
「証拠を見せよう」
そう言ってグランがガイの腕を取るとガイが表情を歪めたけどそんな事気にもせずガイの手の甲を見せてきた。そして気がついた。ガイの手の甲には象徴的だった勇者の紋章がなかったんだ。
まるで突然消え失せたかのようになくなっていたガイの紋章に僕も動揺してしまう。
「これが証明だ! 愚かなこの男は父親である私すらも欺き小細工を施し勇者を語っていたのだ! 全くとんだ偽勇者がいたものだ!」
グランが声を張り上げ聴衆に訴えた。まさか自分の息子が偽勇者だと公言するなんて――罪人に仕立て上げたガイを完全な悪者にしてしまおうという魂胆が透けて視えるようだよ。
だけどそんなことをしたところでマイト家の印象が悪くなることに変わりはないんじゃないか。まして勇者がいなかったとなればマイト家の権威も失墜すると思うけど。
「だが安心してほしい。確かにこのガイは罪人であり偽勇者であったが、ここで宣言しよう本物の勇者は他にいたと! しかも我がマイト家の血筋に!」
グランの発言に僕は耳を疑った。本物の勇者がいるだって? そしてグランは握り拳を上下させながら力強く言葉を続けていく。まるでガイのことよりも優先させ聴衆に知らしめようとしているようだった。
「――さて、それでは紹介しよう」
そしてグランが隣りにいたローブ姿の人物に目配せした。すると目深に被っていたフードを上げ聴衆に向けて隣にいた人物が顔を晒した。短く切られた黒髪、そして紫色の瞳が印象的な男だった。
「この者こそが真の勇者にして私の二番目の息子――ギル・マイトである。さぁギル。見せてくれその手に刻まれた紋章を」
グランに促されギルが頷き、右手の甲を掲げた。そこに刻まれていた――ガイが持っていた筈の勇者の紋章が――そんな、どうして。
確かにあの紋章はガイが持っていたものと同じだと思う。話を聞く限りギルはガイの弟なんだろうけど、どうしてガイの紋章が消えてギルの手にあるのか。
その時、僕は何か背中にざわつく物を感じた。思わず振り返る。何か視線を感じたような気がしたのだけど――
「ネロ、どうしたの?」
「いや、何か視線を感じたのだけど」
「むぅ、弟が可愛すぎて見てしまうのはわかるがな」
いや、そういうのじゃないんだけどね。だけどこれだけ人が集まっているから視線を感じるのはよく考えたら当然とも言えるのだろうか?
いや、とにかく今はガイたちに集中しないと。
「見てのとおりだ。そして私はギルにも謝らなれければならない。実はギルには事情があり私やガイとは離れ離れとなり暮らしていた。その結果私もその実力に気づくことが出来ず、偽物であるガイを勇者として育てることとなった。愚かな父親を許しておくれ、ギルよ」
グランが殊勝な態度で頭を下げていたけど、ギルは笑顔を見せグランに答えていた。だけど僕にはどうしてもその笑顔が白々しく見えてしまった。
同時に疑問でもあった。どうしてガイが黙っているのかと。このままだと本当にあのギルとかいう男が勇者になってしまうじゃないか――




