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67.大所帯


教会へと行ったロイエスからの連絡が来たのは、学園の長期休暇が始まるまであと三日というところまで迫った頃。薄く雲のかかった、晴天とは言い難いような日の昼食時だった。

いつもの面々とソフィアと料理をシェアしたり、アヤメがよくわからない調味料を取り出したりとわいわいとした昼食を終え、食後のお茶を嗜んでいると、配達人が私の元にロイエスからの手紙を運んできた。


私はそれを受け取ると、念のため誰にも中を見られないように、それとなく壁に背を付けてから封を解いた。


「……例の約束の返答ね。手紙だし、直接的な表現は避けて書かれているけど、了承だそうよ。ただし、ソフィアも一緒に学ぶことが条件だって」


「わたしも、ですか?それは構わないんですが、何故でしょう」


「さあ。理由までは書かれてないわね」


書面に残していないということは、きっと万一にでも中身が外に漏れたらまずい類の理由があるのだろう。

私がそれ以上の言及を避けると、ソフィアも察して追及をするようなことはしなかった。


「ところでさ、二人とも休暇中は一旦教会に帰るんだよね。またアイリスも行っていい?」


「元々聞かなくても来てたでしょ。ガウス翁なんかは歓迎してたみたいだしいいんじゃない」


アヤメが訪ねてくるだけでも、一見ガウス翁とグランベイルの繋がりに見えないこともないし、ガウス翁に損はないだろう。

アヤメも断られることはないとわかっていたのか、悪戯っ子のように笑って、頬を軽く引っ搔いた。

そして、その様子を見ていたアシュレイがアヤメに便乗しにくるのは、ある意味当然のことだった。


「ボクもお邪魔していいかな」


「お爺様にはわたしからお話ししておきますね」


既に教会に来る気満々のアシュレイに、ソフィアが仕方ないですねとはにかむ。

ソフィアは一応確認を取る形にしたけれど、お爺様ことガウス翁はとにかくソフィアに甘いので、ソフィアの友人の来訪を断ることはないだろう。そして、ガウス翁がソフィアに甘いことはアシュレイも知っているから織り込み済みだろう。

尤も、断られたところでアシュレイなら身分を偽ってでも入り込みかねないのが怖いところだけど。


「そうと決まれば用意もしておかないとな」


「事前に連絡は入れなさいよ。私たちは良くても、私たち以外が大騒動になるわよ」


アヤメもアシュレイも私たちからすれば見知った中だけど、侯爵二家の御息女が突如来訪とあれば教会内はてんやわんやだろう。

貴族慣れしていないエラ辺りは目を回してしまうかも。


騒がしい休暇になりそうだわ。なんて風に考えていた私は、後ろで聞き耳を立てていたもう一人の存在に気が付いていなかった。


「あの、ぐ、偶然聞こえてしまったのですけれど、わたくしもご一緒させていただけないかしら」


ひょっこりと金色の縦ロールが仕切りの向こうから顔をのぞかせる。


「エミリー様?いつからそこに」


普段は気の強そうな、鋭利さすら感じさせる瞳を、今は左右にゆらゆらと泳がせる、エミリー・カートレット伯爵令嬢。

彼女とはちょっとしたいざこざ以来、何故か時々昼食をご一緒したりする仲なのだけど、まさか話を聞かれていたとは思わなかった。


食堂の端で、あまり人気のない席だからと気を抜きすぎたかしら。

とはいえ、聞かれてしまったものは仕方ない。幸い、聞かれてはまずいことは言葉には出していないし。


放っておくのもあんまりなので、空いている席を一つ引いてこちらに混ざってもいいという意思を表示すると、彼女も礼を言ってからそこに着席した。


「それで、わたくしもフィリスが育ったという教会に行ってみたいのですけれど」


妙に目を輝かせているエミリーは、一体教会の何に魅力を感じているのだろうか。


「許可は下りると思いますが、貴女の興味を引くようなものがあるかはわかりませんよ」


「十分興味深いですわ。わたくしの目は誤魔化せなくてよフィリス。貴女の時折見せる下級どころか中流の貴族も顔負けの洗練された所作。何故か知りませんが、普段は手を抜いているのでしょう?

フィリスの教養の源泉、その秘密がそこにあるに違いありませんもの」


突き刺さる二つのキラキラとしたエミリーの視線とじっとりとしたソフィアの視線。


……表向きの出自相応にと普段から心がけているのに、エミリーには見破られてしまっていたらしい。結構やれていた自信があったのに。

それに、生憎と私の源泉はそこにはないけど、それをここで素直に言っても矛盾しか生まない。

私の隙から生じた問題だから申し訳ないのだけど、ガウス翁に教えて貰ったということにして、今度追及される前にガウス翁と打ち合わせをしようと心に決めた。

それはそれとして、今はこれ以上変に追及されないように話題を逸らしていくことが最優先だ。


私は軽く身体を寄せると、エミリーのか細く繊細な指を、柔らかい布で包むように優しく手に取った。


「エミリー様こそ、十二分に美しいではありませんか。今だって、雑談に興じているだけなのに、指先にまでしっかりと気を張っておられます。貴女の所作は、一流の教養と一流の努力の成せるものでしょう。そのこと、素直に感嘆致します」


発端こそ話を逸らすためではあるけど、これ自体はおべっかじゃなく私の本心だ。一見何でもないような所作も、常に優雅に行うというのは相応に努力の居る事で、その難しさを私も良く知っている。

エミリーが所作を崩しているところを、私はほとんど見たことがない。彼女はそれが常の状態になるほどの努力を重ねてきたはずだ。私はそのことに一定の敬意を持っている。


手を重ねたエミリーが、僅かに身じろぐ。

真摯な心持ちで気持ちが伝わるようにと、じっとエミリーの瞳を見つめていると、横合いから勢いよく肘が飛んできた。


「放っておくとすぐこれだ。無自覚というのも困り物だね全く」


私に肘をくれた当人ことアシュレイは、一仕事終えたとでも言わんばかりに紅茶を啜ると、椅子から立ち上がった。


「そろそろ授業時間だ。フィリスがこれ以上その気にさせる前に向かうとしようか」


「アイリスも気が多いのは良くないと思うな」


アシュレイに続き、アヤメも席を立つ。


「ええと、あの、負けません!」


最後にエミリーに向かって謎の宣言をしたソフィアがそそくさと立ち去ると、エミリーも顔を俯かせたまま走り去っていってしまった。


「なんだったのかしら……」


一体私が何をしたのだろう、と首を傾げながら私も授業に向かおうとした時だった。


「すみません、貴女様がサクラ様について聞きいて回っておられた方ですよね?」


私に声をかけてきたのは、見たこともない使用人だった。







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