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66.主人公

結論から言うと、この数日でサクラは学園から綺麗さっぱりと姿を消しており、足取りは全くと言っていいほど掴めなかった。

それはソフィアの一件で私たちの動き出しが遅かったこともあるが、面子を保ちたかった学園側が目撃者が少ないことをこれ幸いにと、事件をなかったことにしようとしたことも関係していた。

学園側によるとサクラは事件の日には既に学園から籍を抜いており、地元に帰った後だったの学園は関知しないとのことだった。

勿論そんなことはないと知っている私たちは、アシュレイとアヤメの二侯爵家息女が連盟で協力を依頼、そこまで行ってようやく学園側も重い腰を上げ、捜索に協力してくれる、はずだった。

学園長からの快い返事があった次の日、学園は手のひらを返したようにサクラの関与を否定し、捜索の必要無しとした。

そのあまりの変わりように、私たちは学園に対し、もっと上から圧力が掛かったことを察した。

侯爵ニ家よりも更に上、恐らく、公爵家か、王家。サクラのバックには、間違いなく貴族が絡んでいる。


その時点で私たちは学園から協力を引き出すことを諦め、各々別の方法でサクラのことを調べ始めた。


私とソフィアは学園の生徒や関係者を中心に話を聞いて周ったのだが、成果はあまり芳しくなかった。

サクラと親しい者どころか、交流を持っていた者すら見つからなかったからだ。

辛うじてサクラと話したことがあるという人物に、彼女の私生活や出自を聞いてみても、皆口を揃えて知らないと言う。

サクラについての話と言えば、いつもつまらなそうで、何かに怒っている風だったという彼女の印象のことだけ。



そんなこんなで有力な情報を得られないまま、私たちは現状を整理するために一度、私の部屋へと集まった。

適当に飲み物を用意して、四人用のテーブルにつく私たち。私の隣にソフィア、正面にアヤメ、対角にアシュレイ。アヤメもアシュレイも暇があれば部屋にやってくるため、この並びがもう定位置になりつつある。

ただ何故か、今日は対面に座るアヤメの表情がいつもより少しだけ暗い、そんな気がする。

なんとなくアヤメの方を気にしつつも、皆が飲み物に軽く口をつけたところで、近況報告会は始まった。




「そういうわけで、私の方はほとんどダメ。サクラが誰かと親しくしていたって話一つ出て来なかったわ。解かったことと言えば、サクラが書庫から一冊の古書を持ち去っていたことくらい」


「わたしも。まるで初めから居なかったみたいに何も無くなってました」


クラスメイトすらサクラとまともに口を聞いたことのある人はほとんど居なかったし、サクラの痕跡は学園に不自然なくらい存在していなかった。

授業の合間に学園の方々をソフィアと駆け回って、ようやく見つけた糸口はソフィアが襲われた時にサクラが持っていた本が、この学園の書庫から盗まれたものということだけだった。


「ボクも同じく。サクラがどの貴族と繋がっているのか調べていたが、侯爵以上となると流石にガードが堅いね。今のところ収穫は無しだ」


アシュレイは肩を竦め、自分の番は終わりだと言うようにアヤメに目をやる。

それを受けたアヤメは、徐に何かが記された紙を何枚か取り出すと、それを机の真ん中に置いた。


「前にこの世界を元にした物語の話をしたよね。それでもしかしてと思って調べてたんだけど、サクラはその物語の主人公だと思う」


アヤメが机の上に紙を広げていく。話に耳を傾けながらざっと目を通してみると、サクラの実際の素性に関する資料が半分、もう半分はアヤメの世界にあった物語に沿った設定が羅列されていた。


「主人公は下層の出身で、すごく豊富な魔力を持ってるの。ある日偶然、下層に来ていた貴族の関係者からそのことが主家に伝わって、ある貴族家に目をつけられる。その貴族家っていうのは原作だと選択制で、どこに行くかで初期パラメーターが変わったりするんだけど、

原作の流れに沿ってるんだとしたら、ここ数年の間でここに書いてある四つの貴族家のどこかと関係を持っているはず」


アヤメが指した場所に書かれていた名前を見て、その場にいた全員が息を呑む。

国の枢要たるディンダー公爵、サルヴィス公爵。代々国外貿易を管理する、一部では公爵以上の権力を持つとされるキルデン侯爵。国防の要、マルディア辺境伯。いずれも国を動かす大物ばかりだ。

その紙を手に取り、足を組み直したアシュレイは口の端を吊り上げ、獰猛に笑った。


「錚々たる顔ぶれじゃないか。道理で中々尻尾を掴めないわけだ」


以前、困難は人生のスパイスだと豪語していた彼女にとっては、この見ただけでげんなりするような面々はやる気を引き出す要因に過ぎなかったらしい。

舌なめずりでも始めそうなアシュレイの顔を見て、いざという時は私がストッパーになろうと静かに心に誓った。


「どこの家だったとしても、探るとなると並大抵のことじゃないわね。目をつけられたりしないように気を付けなさいよ。ところで、その主人公は拾われてからどういう道を辿るの?」


「教育を受けたり援助だけだったり、細かいところは家によって変わるんだけど、共通してるのは推薦を受けて学園に通い始めるってこと。

学園に入学してからは、持ち前の優しさや行動力で色んな人にお節介を焼いたりして、皆から慕われるようになっていくんだけど」


「あの、待ってください。それは本当にサクラさんの話なんですか……?」


あまりにもサクラと違いすぎる人物像に皆が強烈な違和感を抱く中、私たちを代表してソフィアが待ったをかけた。すると、アヤメはその質問を待っていたとばかりに、新しく資料をもう一枚取り出した。


「そうなんだけど、ちょっと違うよ。今のは主人公の話であって、サクラの話じゃない。サクラはきっと、アイリスと同じ転生者だから」


まさか。喉元まで出かかった言葉は、音にならずに消えていった。

目の前に一例が居るのに、あり得ないことだとは言い切れない。不毛な否定をするより、どうしてそれが解かったかを聞いた方が賢明だろう。


「何故、転生者だとわかったの?」


「確証があるわけじゃないよ。ただ、転生者じゃないと言わないようなことを何度か言ってたから。それから気になって自分でもイベントを追ってみたら、サクラが不自然に先回りしてることも多かったし」


先ほどアヤメが取り出した資料は、主人公のルートとサクラの行動を羅列して比べたものだった。

時々授業中やお昼時にアヤメがふらっと居なくなっていた理由はこれを調べていたからだったらしい。

その資料を手に、サクラの動きを原作と比べていくうちに、私はある不自然な点に気が付いた。


「これってサクラは原作の主人公の動きをなぞりたいものだと解釈していいのよね」


「多分。主人公はルート通りに行けば幸せになるから」


「なら、途中から原作と行動の結末が乖離していってるのは何故かしら」


サクラの行動は、こうして原作の結末ありきで見ると最初の内は上手く行っていることが多かった。

勿論原作と違って私たちは生きている以上、全部が全部思惑通りに運んでいるようでは無かったけど、大枠で見ればルート通りだった。

けれど、それがある時期から段々と原作からずれていっている。

通りかかるはずの人物が居なかったり、起こるはずの事件が起こらなかったりといった風にだ。

ここ数週間の間に至っては、原作通りになっている事例はほとんど存在していない。


「元々偶発的な事件が多いとはいえ、途中までは上手く行っているように見えるのに、こんなにも急にずれ始めたのは一体……アヤメ?」


資料から目を離し、ふとアヤメを見やると、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で唇をきつく噛みしめていた。


「……これをまとめてる内にわかったんだけどね、ずれたのはアイリスのせいだと思う。サクラがああなったのも、フィリスとソフィアが襲われた原因も」


「どういうこと?」


「この日、大きくずれ始める最初の日。覚えてる?この日、フィリスをお昼に誘った事」


アヤメが指した日付、その日のことはなんとなく私も覚えている。けれど、変わったことなんて何一つなかったはず。いつも通りの授業に、いつも通りの昼食。

強いていうなら、お昼休みにソフィアとアシュレイが先生のところに用事があるとかで、私とアヤメだけでお昼を食べたことくらいだろうか。


「えぇ。けど、この日が何?」


「原作ではアイリス・グランベイルと主人公のちょっとしたイベントと分岐がある日なんだけど、それを忘れてたの。このイベントが起きなかったせいでルートは大きくずれたし、サクラはフィリスがアイリスを連れ出したせいでそうなったと思ってる。

お昼のあと、サクラに直接聞かれたの。どこで何してたのって。それで、何も考えずにフィリスとお昼を食べてたって言っちゃったから……思えば、あれが引き金だったんだと思う。ごめんなさい、アイリスが全部悪いの」


顔を伏せ、絞り出すような声で懺悔するアヤメ。私はその胸倉を思いっきり引っ掴んで顔を上げさせると、無理矢理彼女と目を合わせた。


……冗談じゃない。


「私があの日貴女とお昼を食べたのは、私がそうしてもいいと思ったから。サクラが私たちを襲ったのは、それが彼女のやりたいことだったからよ。多少未来を知ってるからって思いあがらないで。

未来がどうあろうと、選ぶのは私の意思。私の責任。貴女のせいなんかじゃないわ。違う?」


私が怒鳴ると思っていなかっただろうアヤメはぽかんと口をあけ、目をぱちぱちとさせている。

……ちょっと声を荒げすぎたかもしれない。

アヤメから手を離し、ごめんと謝ると、重くなった空気を裂くようにククッとアシュレイが小さく笑いを漏らした。


「いや、あれだけソフィアに過保護にしていたキミが言うと、なんとも説得力があるな。ソフィアも反抗した甲斐があったじゃないか」


「え、えぇと、そうですよ!自分のことは自分でするべきです!」


茶化すアシュレイと、察してそれにぎこちなく乗るソフィア。

私が重くした空気をやわらげようとしてくれるのは嬉しいんだけど、ついでに放たれるジャブが地味にボディに効いてくる。因果応報なので何も言い返せないけど。

言葉では返せない私が、せめて頬でもつねってやろうとアシュレイ相手に空中戦を繰り広げていると、パンッと乾いた音が室内に鳴り響いた。


「ごめん、フィリスもみんなもそんなに弱い人じゃなかったよね。アイリスが間違ってた」


ひりひりと赤くした頬から手を離しながら、いつもの調子を取り戻したアヤメがニカっと笑う。


「そういうこと。早めに反省しとかないとソフィアみたいに尾を引くからね」


「あ、いや、さっきのはそういうことじゃなくて、わかってて言ってますよね!」


さっきやられた分のお返しだ。ささやかな復讐を果たした私は、

ソフィアの膨らんだ頬をツンツンと指で突きながら、空いた片手で資料を手元に手繰り寄せた。


「それで、結局サクラの目的はこの一番進んでいる公爵ルート?を完遂することだって見ていいのかしら」


「分岐もあるから正確にはわからないけど、最初はそうだったと思う。けど、途中から自分でもルートにそぐわない行動を始めてるから、今はもっと別の目的があるんじゃないかな」


「なるほど、ね。どちらにせよボクらは地道に調べていくしかないわけだ。だがまあ原作とやらのおかげである程度予測が立てられるのはありがたい」


資料を元にアシュレイが中心となって、次に何を調べていくかを各々へ割り振っていく。

手始めに、ディンダー公爵とその周辺。私たちが次に調べることはそう決定した。


「とはいえ、フィリスは魂術のこともあるからあまり無理はしなくていい。表の身分的にも、ディンダー公爵を嗅ぎまわるのは少々危険だろうしね。ソフィアもだ」


「わかってる。こっちは自分に出来る範囲でやることにするわ」


「わたしも。公爵様に手を出すよりは、お爺様から魂術の話を聞いてこようと思います」


「アイリスは下層の方にも手を入れようかな。丁度、お店で雇っている人の中に、何人か下層の出の人も居るから」


話が纏まり皆がすべきことを決めていくと、緩んだ場の空気から自然とお茶会の流れになっていった。

アヤメが持参した新商品だと言う、微妙に紅茶とは合わない気がするお団子というお菓子をつまみながら、アシュレイがふと声をあげた。


「そういえば。気になっていたんだが、アヤメは何故未だに自分のことをアイリスと呼んでいるんだい?この面々の前では偽る必要もないだろう。あぁ、他意があるわけじゃないよ。ただ純粋に疑問でね。

元々の名前と違う自称は使い辛くないかい?」


アシュレイの質問にアヤメは食べかけていたお団子を一度皿に置くと、困ったように微苦笑を浮かべた。


「あー、アイリスももう癖になっちゃってて。ほら、こっちに来て最初の頃、他人からアイリスって呼ばれても反応出来なくって。でもそれじゃ幾ら何でも怪しまれるでしょ?

それで、自分はアイリスなんだーって自覚するために意図的にアイリスって言ってたんだけど、気付いたら根付いちゃってて。直した方がいい?」


気遣うようにアヤメが私の方に視線を向けたが、私はそれを払うようにひらひらと手を振った。


「私に気を使ってるなら別にいいわよ。私も最初、フィリスって呼ばれて反応出来ないこともあったから、その気持ちはわかるもの」


私とアヤメは顔を見合わせ、お互いどちらからともなくふっ吹き出した。

どうにも、身体を入れ替えた者同士にしかわからない苦労もあるらしい。



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