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59.もう一つの条件


調薬を終えた二人を、私たちは待ちきれないと言った風に医務室へと招き入れる。

ロイエスの手元には見慣れない薬品があり、あれが恐らくソフィアを目覚めさせるための薬品というやつだろう。

だが、ロイエスは薬を完成させたと言うのに、何故か浮かない顔だった。


「あの。お顔が優れませんが、もしやまだ何かあるんですか?」


苦い顔をしたロイエスは何度か口を開け閉めしてから、意を決したように口を開いた。


「まずは希望を持たせたというのにこんなことを言ってしまっていいのかと、言う踏ん切りが付かなくてギリギリになってしまった事を謝罪させてくれ」


ロイエスの謝罪に、さきほどまでの部屋の希望的な雰囲気が一転、鉛でも飲みこんだような窒息間が場を包む。


「それは、どういう意味ですか。その薬だけでは足りないのですか」


「……足りない、というわけじゃないんだ。ただ、調薬中に教会に居る知り合いと協議したんだけど、やっぱりこの薬だけだとちょっと難しいかもしれない。この薬は身体から乖離してしまった魂の繋がりを元に戻すものなんだけど、

これ自体はあくまで繋ぐための、接着剤のような役割でしかない。つまりね、乖離が激しすぎると繋がらない。板と板を接着させようと接着剤を付けても、板同士が離れてたんじゃくっつかないだろう?」


ロイエスは一語一語を重々しく、真剣に紡いだ。それだけソフィアの状態は深刻だと言うことだろう。


「離れてしまった魂を接着部までもっていく必要がある。つまりだ、誰かが彼女の意識に潜って、手を引いていくことになる」


「なら私がやります」


即答だった。ロイエスがあれだけ前置きをしたということは、それなりに危険な役割なんだろう。それでも尚、私は迷う必要を感じない。

逡巡も無く言い放った私に逆に慌てたのはロイエスだった。


「待ってくれ、君は事の危険性を理解していないよ。意識に潜るというのは、君も魂だけの存在に一度なるということなんだ。人の構造はそんな状態になることを想定されていない。

彼女の意識を身体の元まで持っていける確率はよくて半分。そこから帰ってくる確率は……彼女の中に深く潜れば潜るほど帰る難易度は高くなる。君が無事に帰ってこれる方は一割あれば良い方だ」


我儘を言う子供を宥めるようなロイエスの言葉。けれど私の決意はなんら揺らぐことはない。

むしろ、ソフィアを助ける方法が目の前に見えている分だけ、薬だけではどうにもならないと言われたさっきよりも気持ちが随分と軽い。


「変わりませんよ。やります。言うか迷った末のそれということは、他に方法はないんですよね」


ロイエスは沈黙をもって肯定した。押し黙ったロイエスの代わりに、次に声をあげたのはアシュレイだった。


「言っておくが、ソフィアは絶対に喜ばないぞ。解かってるのか?」


「大丈夫。全部わかってる」


長年の友であるアシュレイは、私の目を見て翻意は無理だと悟ったのだろう。クソっ、と悪態をつきアシュレイも黙した。


「アイリスが代わりにやるよ!アイリスなら最悪消えて」


消えても良い。そう言いかけた彼女の唇に一指し指を当てて、続く言葉を封じる。


「ダメ。これは私の役目。誰かに譲って成功率が変わるっていうんなら考えるけど、そうじゃないなら他の誰にだって譲らない」


それ以上、引き留める言葉は無かった。アヤメもアシュレイも、マリーさえもただただ沈痛な面持ちで私のことを見つめるのみ。

けれど皆は一つ勘違いをしている。私はソフィアに教えられたおかげで、ただ自分を犠牲にするだけではダメだと知っているということを。


「心配しなくても、絶対に帰ってくるから」


努めて明るく振舞ったそれを強がりだと思ったのだろう。唇を引き結んだロイエスが薬の入った瓶を私に差し出した。


「これを半分飲んで。もう半分を彼女に飲ませたら、額を合わせてこう唱えてください。≪君の元へと、魂の旅路を≫」


受け取った薬を半分に分けて呷る。苦味と酸味をえぐみでミックスしたドロリとした液体が喉を通っていく。

人生で一二を争うくらい不味かった液体を、ソフィアの口に流し込む。意識がない分、ソフィアが味を感じなかったら良いな、なんて思いながら。


これで、準備は出来た。


「待っててね。絶対、行くから。≪君の元へと、魂の旅路を≫」


身体から力が抜け、意識が落ちる感覚がする。けれどそこに恐怖はない。ソフィアが待っているから。





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― 新着の感想 ―
[一言] kiss please(ー̀εー́) 白雪姫のように でもいよいよ目が覚める 期待
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