57.打ち明ける
マリーの手配力とアヤメの商会が合わさった力は、正直私の想像以上だった。
取引相手の見直しを行ったり、アヤメの交渉について行っては彼女の及ばない部分でアドバイスをしたりと忙しくしているうちに、ロイエスに要求されたものは一通り揃ってしまったのだ。
一つくらいは入手が難航するかと思っていたのだけど、全部合わせて七日もかからなかった。
これにはロイエスも驚いて、月単位で滞在する予定で教会に準備していたものを放り出して、急ピッチで調薬に取り掛かった。彼にも予想以上の品質の物が集まったらしく、これなら薬自体には問題ないと言う嬉しい言葉も残して。
そうして更に三日。薬の最終調整はソフィアの容態を見てから行うということで、私たちは再度学園に舞い戻ってきていた。
私たちは医務室へ、ロイエスはソフィアの容態を見終わるなりアヤメが借りた一室に引きこもって薬の最終調整の真っ最中だ。
「この早さは流石のボクも予想外だったよ。お帰り、二人とも」
私たちが素材を集めきったと聞いてから、ずっとほんのり嬉しそうにしているアシュレイが、意識のないソフィアに毛布を掛け直す。
毛布を掛ける手つきが妙に手慣れているのは、私たちが不在の間ずっとこうしていてくれたからだろう。
「アイリス様のおかげですね」
「いいや、ボクが一番予想外だったのはキミだよ。キミら二人の力が合わされば大抵のことは出来ると踏んでいたけど、キミがもっと塞ぎこんでいるものかと思っていたからね。
そうだな。失礼だけど言葉を選ばずに言うなら、もうしばらく使い物にならないと思っていたのさ。謝ろう、ボクの見込みよりもキミは遥かに強い人だったみたいだ」
アシュレイはそう言って、軽く頭を下げた。私は気にしていないし、そもそも貴族が軽々しく平民に頭を下げるなと言ってさしあげたいところだけど、こういう何かが琴線に触れてしまった時の彼女には、まあ言うだけ無駄だろう。
「塞ぎこんでって予想は間違ってないですよ。ソフィアとアイリス様に出会ってなければ、ですけどね。二人のおかげで随分と強くなりましたから。ソフィアのために出来ることが目の前にあって、私の力が使える。なら落ち込んでいても自分の力に陰りが見えるだけです。
だったら感情だってなんだってコントロールしてでも動いた方が、悲観的にしているだけよりもずっと良いと気づいたんですよ」
「至言だね。能力はある癖に線の細かったボクの友人にも言って聞かせてやりたいくらいだ」
アシュレイの交友関係は結構偏っているから、昔のことも含めてかなり把握しているはずなんだけど、はて、そんな人いたかしら。
そうですか。と相槌を打ちながら内心首を傾げていると、アヤメがちょいちょいと肩口の辺りの服を引っ張り、耳を貸すようにとアピールしてきた。
「なんですか?」
「思うんだけど、アイリスとフィリスの関係ね。もうアシュレイにはばらしちゃってよくないかな?」
とんでもない提案だった。幸い声を抑えていたことでアシュレイには聞こえていなかったみたいだけど、彼女は耳が良いから油断は禁物だ。
私は慌ててアヤメの腕を掴み、アシュレイに断りを入れてから部屋の端っこに連れて行った。
「ばらしても貴女のリスクにしかならないわよ?信じて貰えるかもわからないし、万一噂が広がったら貴女が社交界でなんて言われるか」
「一応リスクもわかってるつもり。ここ数日でフィリスにも色々教えて貰ったからね。でも、なんていうか二人の会話がもどかしくて。それにソフィアが目覚めた時に、アシュレイだけ除け者にするのも違うかなって」
辞めた方がいいと静かに言い募る私に対して、アヤメは強い態度でこそないけど、一歩も退く気配を見せない。
何度か「辞めた方がいい」「でも」というやり取りが繰り返され、先に折れたのはやっぱり私だった。
「信じて貰えなかった時も口留めだけはしっかりね」
「わかってる!」
アヤメはぴょこぴょことアシュレイの前まで歩いていくと、ピシッと手を伸ばした。
「伝えたいことがあります!」
「ん?」
「実はアイリスはアイリスじゃなくて、フィリスがアイリスだよ!」
明かに言葉足らずアヤメの唐突な宣言に、アシュレイは笑顔のまま数秒固まると、静かに、そうか。と零した。
「やっぱり、信じられないかな?」
やっちゃったかな、と頬を掻くアヤメの不安を笑い飛ばすように、アシュレイの口がニヤリと弧を作った。
「いいや、逆だよ。しっくりきすぎてね。自分でも驚くことにあまり疑う気にならないんだ。付き合いの成果と言うべきか、どうにもそう考えると符合する点が多くてね。いやはや、ボクがフィリスに感じていた既視感はそれだったか」
「信じて貰うに越したことは無いんだけど、貴女それでいいの?」
「良いも何も、それが事実なら受け入れるさ。不満があるとすれば、もっと早くに打ち明けてくれなかったことかな」
あっけらかんと言ってのけるアシュレイはやはり大物だ。
そりゃあ私の脇が甘くてアシュレイに何らかのヒントを与えていたんだとしても、普通こんな突拍子もない話をはいそうですかと信じられるわけがない。
それなのに彼女は疑うどころか動じた様子もない。ああ見えて疑り深い彼女だから、それだけ私たちは信用されているということではあるんだろうけど。
「しかし、それならボクは今までアイリスにあんな畏まった態度を取られていたわけだ。珍しいものを見れたと喜べばいいのか、気色悪かったと気味悪がればいいのか悩みどころだね。このことをソフィアは知っているのかい?」
「勿論、一番の協力者よ。当然じゃない」
アシュレイ相手に立場を取り繕う必要もなくなった私は口調も乱雑に返事をする。
「残念。知らなかったら起きた時に土産話にしてやろうと思ったんだが」
かかと笑うアシュレイだが、人の秘密をちょっとした挨拶代わりに広めようとするのは辞めて欲しい。
こういう時の彼女の口は王城の守りよりも堅くて、実行に移す気なんてさらさら無い癖に、こういった冗談のセンスは昔から変わらないみたいだ。
「心配しなくとも、貴女も秘密を共有する仲になったって話自体が土産話になるわよ」
「それは良かった。さて、肝心のどうしてキミがそんなことになっているのか詳しく聞きたいところだけど、それはまたの機会になりそうだね」
廊下から足音が二つ聞こえてくる。一つはバタバタと、もう一つは、静かに、けれど私たちにギリギリわかる程度に音を立てて。
マリーらしい気遣いだなと思いながら、私はソフィアの手を握った。ロイエスの調薬が終わったのだろう。やっと、ソフィアを目覚めさせてあげることが出来る。




