55.私たちで
ロイエスという人物は掴みどころのない相手だ。
学園への帰路、森の廃屋で感じた出来る貴族の顔はなりを潜め、馬車の中ではすっかりアヤメ賛美の徒と化し事あるごとにアヤメを悶絶させていた。
馬車が進んでいく最中、飽きることなくロイエスは『アイリス・グランベイル』の偉業を語り、アヤメへの責め苦は学園が近づき馬車が止まるまで止むことは無かった。
学園には正面から入らず裏口、私たちがここを出る時にも使った道を使った。
その際隠れるようにして入る理由は、とロイエスに聞かれたけど、アヤメの事情と、そもそも学園に所属していない人間が正面から入るには申請から数日が必要だからという理由からだと説明すれば納得してくれた。
それどころか、目立たないように使用人に扮して貰ってもいいかとアヤメが聞けば、火急の折だからと嫌な顔一つせずにマリーが用意していた服装に着替えてくれた。
普通の貴族なら使用人に扮してくれと言われれば気分を害したり、思うところがあってもいいはずなのに、若干状況を楽しんでいる節すらあるので多分この人も変人の類だ。
意外にもトラブルなく学園内に帰ってこられた私たちは、そのままソフィアの居る医務室で待っていたアシュレイとマリーと合流した。
「お帰りだね。そこの見ない顔のキミが例の探し人か。ささ、こっちだ。自己紹介もまだだが、眠り姫がお待ちだからね。そちらは後程とさせてもらうよ」
アシュレイが手早くロイエスをベッドに案内する。その姿が、アシュレイが高身長なのとロイエスが猫背気味なせいで、エスコートされているように見えなくもない。
そのままロイエスはソフィアの手前に用意された椅子に座ると、手慣れた手つきで脈拍をはかり、ソフィアの額に紙を載せて、何かの液体を一滴その上から垂らした。
ただの濡れた紙を見てロイエスが顔を険しくする。ロイエスはもう二、三滴液体を垂らしたが、傍目から見て紙にも液体にも変化はなかった。
「良くないですねえ。定着率が低すぎる」
不吉な言葉、良好とは言えないロイエスの表情。嫌でもソフィアの状態が悪いことを認識してしまう。冷静に冷静に、そう頭では考えていても、声が震える。
「……それはどういうことですか。ソフィアは、目覚めるんでしょうか」
「そうですねえ、詳しい原理は省きますけど、今のは身体と魂がどれだけ固着しているかを計る薬なんですがねえ。彼女が使われた魔法は身体と魂の接続を切る魔法だと推測されます。
これが完全に切れた状態を一般的には死と呼ぶわけですが、彼女はその一歩手前にあります。正直なところ、重症すぎて手持ちの薬品だと品質が足りない。しかしこれ以上となると」
「何が足りないの。アイリスが全部用意するから書き出して」
重々しい空気を切り裂くように、アヤメが颯爽と紙と筆記具をロイエスに押し付ける。
その様にロイエスは困惑したように、「よろしいので?」と溢した。
「お金の糸目はつけない。必要な分、必要なだけ。ううん、必要より過剰なくらいでもいい。全部アイリスが持つ。そんな終わりなんて認めない」
一切迷いなく言い切ったアヤメに、ロイエスは観念したように紙へと必要なものを書き連ねていく。
それを横から覗き見たアシュレイがほぅと声をあげた。
「見事に入手困難なものか、この国には流通してないものばかりじゃないか。ヘイルファスの葉など、産地のアルメア王国でさえほとんど出回らないと聞くが」
「大丈夫、なんとかする」
頑として譲る気配のないアヤメ。確かにアヤメの商会の手は今や国内では他の追随を許さないほど長い。けど、それはあくまで国内の話だ。国外への繋がりとなると、伝統や代々の繋がりが重視されるところがある。
その点、新興の商会であるアヤメのところでは……。
アヤメだけでは不安が残るから、素材を私からもどうにかして集める方法は無いかと考え込んでいると、部屋の隅で控えていたマリーが私に向かって腰を折った。
「フィリス様。どうかアイリス様を手伝っては頂けませんか。アイリス様と貴女の手腕が合わされば、あれらを集めることも不可能なことではないと思われます」
「そんな、私としては願ったり叶ったりだけど」
私は私で別途集めることばかり考えていたけど、確かにアイリスが商会を動かして、私がそれを補佐する形は悪くない。私なら、隣国への繋ぎも宛はある。
横目でアヤメの様子を窺うと、アヤメもうんうんと頷いていたので否ではないみたいだ。
「こっちはそれで行きましょう。アシュレイさんは?」
「ボクはここでソフィアを見ているよ。材料の件では君ら以上のことは出来そうにないからね。念のために幾つかあたっては見るが、まあ期待はしないでくれ」
ひらひらと手を振り、アシュレイが私たちを医務室から追い出した。私たちの気持ちを見透かした上で、早く行ってこいという彼女なりの気遣いだろう。
私たちは商会に。そしてロイエスはなんと知己が居るということで教会の方でしばらくお世話になることになった。




