49.最後のピース
学園の医務室の真っ白なベッドに、音一つなく横たわるソフィア。
ソフィアがサクラに襲われてから、どのくらい経っただろう。アシュレイと転生者が人を呼んで、私は茫然とそれを眺めていて。
ソフィアが医務室に運ばれた後は、その隣にただ居るだけ。サクラは何をしたのか、あの魔法はなんだったのか、調べるべきこともやるべきことも沢山あるはずなのに、ここを離れる気にならない。
私が魔法を受けたわけでもないのに、身が引き裂かれるように痛い。祈るような気持ちでソフィアの冷たくなった手を握り直すと、枯れたとばかり思っていた涙がぽつりと、手の甲へ流れた。
ベッド横のサイドテーブルの上では、誰かが持ってきたスープがすっかり温度を失っていた。
「フィリス。大事なお話があるの。今、良い?」
シンとした医務室に、転生者の声が響く。私の気付かないうちに、いつの間にか転生者も医務室に来ていたようだ。
大事な話、そう言われてもそんな気分になれなかった私は、お帰りを願おうと顔だけをそちらに向ける。
振り返った私が見た転生者の顔は、いつにないくらいに真剣だった。
side 転生者
医務室に足を踏み入れたアイリスが受けた衝撃は、この世界に転生したと解ったその時と同じか、それ以上だった。
アイリスは、この光景を見たことがある。正しくは、このスチルを。
それはあるゲームのエンディングの一つ、その中で流れる、数あるスチルの一つ。
悪役令嬢、アイリス・グランベイルの末路。主人公のライバルとして様々なところで立ちはだかる彼女は、あるルートでは中盤で退場する。
そのルートは、学園で起こる生徒の失踪事件を解決するっていうものなんだけど、それを追っていく中で、アイリス・グランベイルは事件の黒幕に襲われてしまうの。
襲われたアイリス・グランベイルを、彼女の取り巻きにいた少女の一人、ソフィア・リードが庇って倒れる。それでアイリス・グランベイルは貴族としての矜持よりも国よりも、大事なものがあったことに気が付く、好きだけどとっても悲しいシーン。
そのルートのエンディングでは、病室のベッドに横たわるソフィア・リードの手を握るアイリス・グランベイルのスチルが流れる。
それと全く同じものが、今アイリスの目の前にはある。
アイリスの中で散らばっていたパズルのピースが、どんどんと組みあがっていく。
思えば、ずっと不思議だったの。
この世界に居る人全員がゲームの登場人物っていうわけじゃなかったけど、それでも本筋に関わったり登場人物の周りに居たのは、やっぱりゲーム中では名前のあった人たちばっかりだったのに。フィリスだけは違った。
ゲームでは名前なんて欠片も出てない。でも、それはきっとまだゲームが始まっていないから。だから学園に来たら残念だけど自然とアイリスのやろうとしている本筋のところからはフェードアウトしていくんだろうって思ってた。
けど、フィリスはアイリスの予想と違ってずっと本筋の流れの中に居続けた。ゲームだったら絶対に名前が出てこないとおかしいくらいに。
他にもおかしいことはあった。アイリスにも友達は居るけど、アイリス・グランベイルと一番仲の良かった人たちは、アイリスじゃなくてフィリスの傍にいる事が多かった。
フィリス・リード。アシュレイ。エミリー・カートレット。全員、ゲームだとアイリス・グランベイルの取り巻きや、友達だった人達。
でも、それは寂しいけど仕方のないことだと思ってた。フィリスは良い人だし、アイリスも好き。だからフィリスが皆に囲まれるのも納得だった。何より、アイリス自身がゲームとは違う行動をしているんだから、全部が全部ゲーム通りにはならないって。
一つ一つは、小さい違和感。
フィリスをお茶会に誘った時に、好きだと言ったお茶も。学園の庭で好きだと言った花の名前も。授業で見せた得意な魔法も。笑った時のちょっとした仕草も。
アイリスは、きっと心のどこかで気づいてた。そんなわけがないって見て見ないふりをした。だって、それはアイリスがアイリスじゃないことの、アイリスがアイリス・グランベイルの席を奪ってしまったことの証明だったから。
でも、スチルと現実が一致したとき、アイリスはどうしようもなく気付いてしまった。アイリス・グランベイルはこの人だ。
椅子に座り込んで、じっと固くソフィアの手を握るフィリスに話しかけるかどうか、アイリスはとても迷った。
フィリスは話せるような状態じゃないと思う。でも、今じゃないとダメだ。今じゃないと、アイリスの決心も鈍ってしまう。
そんなわけがなかったって、誤魔化してしまうかもしれない。それに、ソフィアにかけられた魔法について、アイリスは知っている。
多分、それを解除する方法も。だから、アイリスが迷っちゃだめだ。
勇気を振り絞ってアイリスが掛けた声に、フィリスはとても長い間を置いてから振り向いた。
初めは死にそうな顔をしてたけど、フィリスはアイリスの顔を見て驚いたようだった。それに構わずアイリスは続ける。
「フィリスは、アイリス・グランベイルなの?」




