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48.明日はきっと

ちょっと重いです。


「見つかりましたか?」


「こっちは全然ダメね」


私はパタリと本を閉じた。他に人の居ない書物室では、その音がやけに大きく響いたように感じる。


「幾つか似てるものは見つかったけど、どれも国がバラバラ。結びつけるのはやっぱり無理。そっちは?」


ソフィアが首を横に振る。ソフィアのほうも進捗は芳しくないみたい。

溜息と共に私が次の本へと取り掛かり、ソフィアも次のページを捲り始める。こんなやり取りももう何度目だろうか。私とソフィアの探しものは一向に見つからない。

探し物は私にかけられた魔法やその体系、サクラの使った見たことのない魔法。それと、転生者の素性に繋がりそうなもの。

魔法はソフィアで転生者が私。そう分担して調べているのだけど、お互い成果はほとんどない。

ソフィアが見つけた中に辛うじて一冊サクラの魔法について該当しそうな書物があったものの、文字が古すぎて読めなかった上に次に来た時には何故か書物室から消えていた。盗難か紛失か、職員に言って探して貰ってはいるけど、未だ見つかってはいない。


私はと言えば、実はマリーからもたらされた情報と合わせて転生者が開発した食品と国外に食品で類似する品があること自体は見つけていた。けれど、これで出身の国か地域だけでも特定できるかもしれないと思った矢先、次々と別の国で転生者の考案したものの類似品

や、発想の元になったようなものが見つかって、正体はむしろひどく濃い霧の中に遠ざかっていった気分だった。

それでもと思い、共通項の多かった国の話題をそれとなく転生者に振ってみても、その国のことを全く知らない様子だったし、他の国にしても同様だった。

私の中に、転生者はどこの国の出身でもないのでは、なんて馬鹿馬鹿しい疑念が湧いてくる程度には、転生者の出自を探ることは難航している。


今日も目ぼしい発見のないまま、次の授業の始まりを告げる鐘が鳴った。


「今日も見つかりませんでしたね……」


ソフィアが軽く肩を回しながら立ち上がった。このところずっと成果がないからか声には落胆の色が濃い。


「最近ずっとここに詰めているし、明日は遊びにいきましょうか。どこかへ一緒に」


自然と口をついて出た言葉に、一番驚いたのは私だったかもしれない。ソフィアに休みを勧めるのはともかく、その中で自然と自分も勘定に入っていることに。

ソフィアも私がそんなことを言い出すなんて思っていなかったのか、目を丸くしている。


「あー、ごめんなさい。やっぱり今の忘れ」

「いきましょう!絶対に!」


その反応が恥ずかしくなって撤回しようとしたら、させまいとするソフィアに食い気味に遮られ、勢いに押された私はこくこくと頷くことしか出来なかった。

それを了承と見たソフィアが珍しく鼻歌まで歌いだすものだから、私としてももう撤回をする気も起きないのだけどね。

楽し気なソフィアに代わって、私はさっと机の上のものを纏めた。


「さ、私が片づけておくから先に教室に戻っておいて。二人一緒に遅れたらそれこそ事でしょ?」


ソフィアを先に帰した私は、本を返却してから書物室を出た。ソフィアの陽気に充てられたのか、私まで教室に向かう足取りが少し軽い。

明日はどこにいきましょうか。二人で出発して、途中で転生者に見つかって、アシュレイも偶然を装ってついてきたりして。きっと、騒がしい一日になるわね。


明日の予定を考えながら歩く私の顔は、いつになく綻んでいた。







私が教室へと向かっている中、授業も間もなく始まるということで人気もほとんどない廊下の向こう側から、一人の女生徒が歩いてきた。

見覚えのある顔、同クラスのそんなに関わりのないフェイという子爵家の令嬢だったはずだ。私はその令嬢が授業がもう始まるというのに、教室とは逆の方向に向かってきていることに激しい違和感を覚えた。

その目が、じっと私を見据えているように見えた。


出来るだけ早く通り過ぎようと歩く速度を早めると、フェイはあえて私の行く手を遮るように正面で立ち止まった。

そして、私にだけ聞こえるように囁く。


「私はお前の正体を知ってる」


こっちに来い。そう言わんとするようにクイと顎で学園の裏手を差す。

動悸が早まる。”私の正体”彼女の言うそれはきっと私にとっての弱みだ。

私がこの歳まで教会に所属していたという偽の出自か、あるいは私という存在の不自然さか、もっと深く、私自身か。

素性はガウス翁が手を回してくれているはずだけど、それだって絶対だとは限らない。私自身からだって漏れる要素がないわけじゃない。

彼女の目的がなんであれ、もしもそれを知られているなら私に選択肢はない。

振り返りもせずに立ち去ろうとするフェイのあとを、私はただ追うことしか出来なかった。








「きちんと着いて来たんだ?」


彼女は学園の寮の裏、滅多に人の立ち入らない場所で立ち止まると、ゆっくりと私の方に振り返った。

その顔は平静を装っているけど、彼女の目から隠しきれない敵意がひしひしと感じられる。その目に私はほんの僅かな違和感を覚えた。あまり関わりがないにしろ、フェイはもっと穏やかな人物だったような……?

しかし、その違和感の正体をゆっくり探っているような暇はない。

彼女がこれから何をしようとしているかはわからないけど、それが私にとって良からぬことなのはわかる。

息の詰まるような空気の中、フェイは僅かに愉しげにゆがめた口の端をゆっくりと開いた。



「でさ、あんたはこの世界をどうしたいわけ?」


「……世界?ですか?」


「だから、こんな無茶苦茶にしてルートをどうするのかって聞いてんの!」


投げかけられた質問があまりに予想外かつ意味不明できょとんとする私に、話が通じていないことを感じてフェイが苛立ちも露わに声を荒げる。

とはいえ、フェイの言ったことを何度咀嚼しようとしてもイマイチ意味が解らない。隠語か何かが混じっているんだと思うのだけど……。

私の方も弱みを握られているかもしれないから、どこがフェイの爆発のトリガーになるかわからない以上迂闊なことも言えない。とにかく刺激しないように探り探り情報を引き出すしかない。

それも決定的な回答を避け続けながら。私は緊張を見透かされないよう、殊更に笑顔を深めた。


「お言葉を返すようですが、あなたこそどうなさるのか決まっているのですか?」


「当然じゃない。一旦原作通りに戻してからやり直すのよ」


フェイの言葉に、私はどこか引っかかるところがあった。

原作、ルート。これらの言葉はなんとなく分かるのに意味が通らない。こんな会話が前にもあったはずだ。あれは確かそう、転生者……!

思わぬところから共通点を見つけ、ハッとした。同時に、フェイから転生者に繋がる何かが見つかるかもしれないという期待感が胸の中に生まれる。

焦るな私。せっかく見つけたかもしれない手がかり、このまま会話を引き延ばして出来るだけ情報を引き出さないと。


「戻してやり直す?そのためにどうなさるんですか」


「面倒だけど魔法一人一人変えていくしかないでしょ、ルート通りに。あんたも転生者なんだからわかるでしょ。それとも真ルートはやってないの?」


それは決定的な一言だった。転生者、その言葉がフェイの口から出たことで、私は確信した。彼女は、間違いなく私と入れ替わった者の正体を知っている。


「何故私が転生者だと?」


「原作と一番違う動きをしてるからに決まってるでしょ。あんたのせいで学園内の関係がぐちゃぐちゃじゃない。それよりも、転生者だってことをばらされたくなかったら今すぐ学園から去りなさいよ。あんたがこの世界の住人でもなく、あんたにとってはみんなゲームの中の登場人物に過ぎないんだって知ったら、取り巻きはどう思うんでしょうね?」


その言葉を聞いて、私は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた気分になった。フェイは私のことを転生者だと思っているわけで、その転生者はこの世界の人間じゃない、と。そんなことがあるわけない。そう否定したかったけど、実際私も転生者の素性を追っていく中でその結論が頭を過ったこともある。あの時は馬鹿馬鹿しいと切って捨ててしまったけど、もしも……。

何より、ここでフェイが冗談や嘘を言う理由がわからない。だったらフェイがおかしくなっているのか、それとも言っていることが真実なのかのどちらかしかない。

あまりのことに考えが纏まらない。せめて、不審に思われないように話だけでも続けないと。


「それは、困ります。けれど今すぐ学園から去れというのは……」


私はそれが全く見当違いであることを指摘せずに、あえてその話に乗るように、困ったポーズを取った。

相手の言うことに同意したように見せて、交渉に持ち込む。これで相手の目論見、なんで私を学園から出そうとしているのか、その目的を探る。そのはずだった。

フェイが不快感を隠しもせずに舌打ちをした。その瞬間、私の脳内に警鐘が鳴り響いた。交渉を持ちかけたのは失敗だ、と。


「同郷のよしみと思って警告したけど、そういうことなら別に良いわ」


すっとフェイの顔から表情が抜け落ちた。彼女の放つ不気味な威圧感に私は一歩二歩と後ずさりをさせられる。

更に数歩、壁に背がつき、もう後退することも出来なくなった。そして、フェイが懐から何かを取り出そうとした、その時だった。


「やっと見つけた!フィリスさん……と誰ですか。フェイさんじゃない、ですよね」


ここまで走ってきたのか、軽く息の上がっているソフィアが、フェイを見るなり警戒心も露わに素早く私の隣に身体を寄せた。まるで、フェイから私のことを護るように。

対するフェイは大きく息を吐くと、懐から一冊の古ぼけた本を取り出した。


「あー、そっか。”視える”のか。サブのサブキャラの癖に面倒臭いなあ」


ドロリ、とフェイの顔が泥のように溶解する。それが魔力の塊だと理解したのは、一拍遅れてのことだった。ぼたぼたと魔力の塊が落下していき、溶けたフェイの顔の中から現れたのは、サクラだった。

サクラは嫌そうに顔を顰めると、手に持った本を掲げた。


「どうせ両方ともここで退場してもらうからいいけどさ。≪この世に逆巻く魂たちよ。私はお前たちの主。恨めしくも今を生きる者共を、水底へと沈めろ≫」

「≪光の精に命じる。我は護りを求める者。どうか我らに護りを≫」


サクラの詠唱に合わせて、彼女の持っている本から見たこともないような黒い光が渦巻き、何者も写さないような真っ黒い炎と化した。その炎が私たちに向かってくると、

私が構えるよりも先にソフィアが守りの魔法陣を展開し、それを黒炎にではなく真上、見当違いの方向に向けた。


「それも”視える”んだ。でも、残念。そんな普通の魔法じゃ止められるわけないじゃん」


「っ!」


黒炎が私たちを通り過ぎたかと思えば、バチッとソフィアの魔法陣に何かがぶつかる。そして、その何かはどんどんとソフィアの魔法陣を黒く変色させ、蝕んでいく。完全に変色した魔法陣から黒い何かがソフィアの元へ逆流した次の瞬間、

ソフィアは意識を失ってパタリと地面に倒れ伏す。


「ソフィア!」


明かに普通じゃなかった。あんな魔法聞いたことない。外傷はないのに、ソフィアが目覚める気配はない。

何が起こったの。どうしよう、どうすればいいの。そうだ、治癒、治癒の魔法なら。

一気に体温が零になったような心地の中、頭が真っ白になった私は、何度も何度も治癒の魔法を唱えた。

それでも、ソフィアはぴくりとも動かない。


「無駄無駄。そいつが悪いんだよ。本当ならイベント中はここには誰も来ないはずなのに、勝手にきちゃってさ。で、次はあんたの番なんだけど……?」


「こっち!急いで!」


「一体何がどうしたっていうんだ。後できちんと説明してくれよ?」


再びサクラが本を掲げようとしたところだった。遠くから、転生者とアシュレイの声が聞こえてくる。


「邪魔ばっかり……!仕方無いけどここまでか。もう学園で起こせるイベントも少なそうだし」


サクラがどこかへ走り去っていき、入れ違いで転生者とアシュレイがこちらへとやってくる。

どうしてここに、なんで二人が。そんな疑問は、もうどうでも良かった。


「アシュレイ……アイリス……さ、ま。ソフィアが、ソフィアが……!」


涙声で訴える私と倒れ伏すソフィアに気付いた二人は、しばらくの間ただただ言葉を失っていた。



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