47.告白
ちょっとしたトラブルがあり、更新間隔がかなり空いてしまってすみません。
最近、どうにもソフィアの顔色が悪い。そのことを指摘しても大丈夫の一点張りで、日に日に顔色は悪くなっていく。
夜分にふらっと突然どこかに出かけることも増えたし、行先を聞いても教えてくれない。
衝突した一件以来お互いの口数は少し減ったけど、口をきかないような仲になったわけじゃない。でも、この件に関してだけは何を聞いてもはぐらかされるのだ。
秘密にしているプライベートにあまり突っ込む気はないけれど、今にも倒れそうなソフィアを見ていると、流石に心配が勝る。
そろそろ寝始める寮生も出るような時間に、今日もまたソフィアが部屋を出た。「今日もまたどこかへ行くの?」そんな私の質問に、ニコリと内心を隠した笑顔だけで返して。
その貼り付けたようなソフィアの笑顔に途方もなく不安を感じて、良くないことだと思いつつも、私はソフィアの後をつけた。
「ここはアシュレイの……?」
ソフィアが入っていったのは、寮内のそう遠くない部屋の一つ。アシュレイの部屋だった。
意外と言えば意外だったソフィアの目的地を前に、私も入っていって事情を聞くべきかどうか迷っていると、私が戸に手をかけるよりも先に、ドアがガチャリと開いた。
「すまないソフィア。ちょっと用事を思い出したからそれをやりながら待っててくれないかな」
部屋から出て来たアシュレイはそう言って中に声が漏れないようにドアを閉めると、部屋のすぐ前で固まる私に、やあと軽く片手をあげて挨拶した。
「そう驚くなよ。それだけ自室の前で気を揉んでいるやつが居たら気配で分かるさ」
「気配って……」
カカと笑うアシュレイを私は半目で睨む。
さも当然のように言ってるけど、絶対それ普通の貴族令嬢の持ってるようなスキルじゃないから。
「それにそろそろ来るころだと思っていたしね。ソフィアのことだろう?」
アシュレイが冗談めかした雰囲気から、すっと真面目なトーンに切り替えた。真正面から、お互いの視線がぶつかる。
「……そうです。ソフィアが最近ずっと辛そうにしていること、あなたと何か関係があるんですか」
咎めるような私の視線に、アシュレイが軽く肩を竦める。
「まあ、あるね。あ、勘違いしないでくれよ。ソフィアから頼まれたんだ。自分に足りないものを学ばせて欲しいと。剣術や実戦的な魔法。それと、教師役のキミが敢えて教えていなさそうな貴族社会の汚い部分なんかをね。思い当たる節はあるだろう?」
「……知らなくていいことだと判断しましたから」
アシュレイのいう通りだ。私は貴族の妬み僻みがどれだけ醜いものか知っている。だからこそ、そういうものの対象にならないようにする方法は入学前から教えてきたし、実際気を付けてもいた。
けれど、もしそういう部分に直面しそうな時は私が矢面に立って引き受ければいい。そう思って、ソフィアよりほんの僅かに私に向くよう調整してきたのに。
「けどなんで」
なんでそんなことまで学ぶのか。なんで隠してきたのをわかっているのに教えてしまうのか。
色んな”なんで”が胸の中でぐるぐると渦巻いて、上手く言葉に出来ない。
言葉に詰まった私を、アシュレイは出来の悪い生徒を見る先生のような目で見て、やれやれと溜息をつく。
「そんなキミに教わっていたら、いつまでもキミと肩を並べることが出来ないからだろうね。全く互いに不器用なことだよ」
「肩を……?」
ソフィアは生徒で、ガウス翁から依頼された守るべき対象で。それに、私はソフィアたちから貰ったものただ返しているだけで、立場も何もかも違って……。
纏まらない頭で私が言葉を咀嚼しきるより前に、アシュレイは私が逃げられないように肩を抱くと部屋に向き直った。
「これ以上はボクから言うことじゃないだろう。どのみちソフィアの溜まった疲労もそろそろ限界に来るころだったから帰すつもりだったが、ボクよりキミの言葉の方が良いだろう。さ、迎えに行ってあげてくれたまえ」
「え、ちょっと」
突然グイと背中を押され、後ろからくる力に抗えずに私はアシュレイの部屋の中に押し込まれるような形になる。
「おかえりなさい、今丁度この魔法の制御が――え?」
部屋に入るなり、何かの魔法を発動しようとしていたソフィアとばっちり目が合った。
時が止まったようにぴたりと静止する私とソフィア。互いの間に流れる気まずい沈黙を破ったのは、制御を失った魔力が暴発するぱぁんという軽い破裂音だった。
「ソフィア?!」
「熱っ。あ、だ、大丈夫です。そんなに魔力は込めてませんから」
駆け寄ろうとした私を制して、熱を冷ますように軽く手を振るソフィア。
「はは、この程度で制御を乱すようじゃまだまだだね」
「わたしの未熟は認めますけど、なんでフィリスさんがここに居るんですか」
困惑の色が濃いソフィアにどう答えたものかと私が考えていると、私よりも先に私の背後から声が飛んだ。
「体調の悪そうなキミのことが心配で心配で仕方なくてつけてきたそうだよ」
揶揄うようなアシュレイに批難を込めて一睨みすると、彼女はさっと部屋の隅に移動する。
「ささ、ボクのことは壁の絵だとでも思って。互いに言いたいことを言い合うといいんじゃないかな」
絶対この状況を楽しんでるわね……。
アシュレイを部屋からたたき出したい衝動に駆られたけれど、流石に部屋主の彼女にそんなことは出来ない。私は諦めて深呼吸をすると、一歩ソフィアの方へ踏み出した。
「概ね彼女の言ったことは本当よ。ごめんなさい、つけるような真似をして」
「いえ、その、それはわたしが悪いんです」
叱られた子供のように俯くソフィア。ちらりと覗く表情は、どこか悔しそうに見える。
「フィリスさんなら疲れててももっと上手く隠したのに、わたしが未熟なせいで悟らせちゃったんですから」
「ちょっと待って」
見当違いな方向に後悔を始めるソフィアを私は慌てて制止する。
「そんな疲労を隠してまで過剰に努力しなくていいのよ?ソフィアは十分頑張っているし、今でも何にしたって出来てるじゃない」
宥めたつもりの私に、それが逆効果だったのかソフィアはムッと口を尖らせた。
「でもフィリスさんより出来てません。それじゃダメなんです」
「どうしてダメなの?」
「わたしの手の届かない分を隠れて代ろうとするじゃないですか。自分を差し置いてでも。だから、わたしがもっと出来るようになったらそんな必要もなくなって、ようやくフィリスさんの隣を歩けるんです」
ソフィアのあまりに真っすぐ澄んだ瞳に、私はそれが本気なのだと知った。
元の立場も、受けて来た教育も年数もまるで違う。しかも、その教育はソフィアには本来不要なものなのに。それでも本気で私と同じところ、いや、それ以上を見据えている。
今まで、そんなこと言われたこともなかった。手伝ったり、背中を押してくれた人はいたけど、皆、私の侯爵令嬢という立場に配慮して、一歩引いていたのに。ソフィアはそこを一足飛びに超えて来た。
心臓が早鐘を打つ。冷たい鉄に火が注がれたみたいに胸が熱い。
パクパクと口を開閉する私と、言ってからじわじわ恥ずかしさを感じて顔を赤くしてソフィアを見兼ねて、今まで気配を完全に消していたアシュレイが口を出す。
「いやあ、まるで告白だったね」
「~~~っ!」
火の魔石みたいな真っ赤な色になったソフィアがぽかぽかとアシュレイを叩く。それを見ている内に、私も自然と笑いが零れた。
黙っていたと思えば突然笑いだした私に、二人の怪訝な視線が向けられる。
「ごめんなさい、まさかそんなことを言われるだなんて、思ってもみなくて。ありがと。嬉しいわ、ソフィア」
私はソフィアの手を取ると、アシュレイから奪い返すようにその手を自分の方へと引く。
すると、抵抗らしい抵抗もなく、すぽりとソフィアの身体が私の腕に収まった。
「けど、今日ももう遅いし、帰りましょう。私たちの部屋に」
ソフィアは蚊の鳴くような声で「……はい」と返事をすると、アシュレイにぺこりと一礼した。
私も同じようにアシュレイに別れを告げると、彼女は苦笑ながら私たちを見送った。
今度、アシュレイには何かお礼をしないといけないわね。
部屋までの帰り道、私とソフィアは手を繋いで歩いていた。
なんだか、こうやって手を繋ぐのも久しぶりな気がする。
「ねえ、今日の貴女の様子を見てて思ったんだけど、私もそういう風に見えていたの?その、辛そうというか、無理をしてるみたいに」
「もっと。わたしなんかきっと比じゃないくらいに見てて痛々しかったです」
「……ソフィアがあの時憤っていたのも道理ね」
完全に理解できたわけじゃないし、それが私に向いている実感はまだわかないけど、せめてわかるように努力をしよう。そう、心に決めた。
「なら、無理するな、とは言いませんけど、辛かったらせめてわたしに話すくらいはしてくれますか?」
「そうね。約束する。その代わり、ソフィアもあまり根を詰めすぎないようにって約束してくれる?」
「わかりました。でも、今度からはフィリスさんの見てるもの、隠さずに教えてくださいね」
その日の夜、近頃寝不足気味だった私は、夢を見る事もない深い眠りに落ちた。




