35.変わったお店
更新遅くなりました。体調が回復しましたのでまた更新再開していけると思います。
バン!という大きな音とともに店の小洒落た扉が勢いよく開く。
扉を開いた張本人は店内に居た人々の視線を一身に集めながらも、どこ吹く風と言った体で振り返ると二カっと笑った。
「ようこそ、アイリスのお店に!」
「いやいやいや。ようこそ、ではないですよ!そんな蹴破るような勢いで開けたら他の方々の迷惑にも……あれ?」
けろっとしている転生者に代わって、私が店内の方々に一言謝罪でもしておいた方がいいだろうか、などと考えて店の中に居た人達の方を見れば、
店に居た客たちは、転生者の姿を一瞥するなり扉を興味なさげに視線を戻すと、手に持った品を吟味し直したり商品を見比べたりと気付けば既に各々自分のことに戻っていた。
「待って、この反応は何」
「……いつものことですので」
騒ぎ出すまではいかないだろうにしても驚きすらしない人々に私が逆に困惑していると、マリーは感情の死んだ声で私に答え、こめかみを抑えた。
なるほど。この程度のことこの店の常連は慣れっこということなのね……。恐ろしいお店だ。
既にこの店に若干の恐怖を覚えつつも、心を落ち着かせてから改めて店内を観察してみると、意外にも。と言ったら失礼かもしれないけど、店自体の雰囲気は良く、明るめの内装に、嫌味になり過ぎない程度に意匠を凝らしている。
ところ狭しと並べられた商品に統一性は無く、食品から衣類に装飾品、果ては魔物の素材のようなものまで、雑多に並べられたそれは、小さい子子供の頭の中をそのままおもちゃ箱に落とし込んだようなお店。それが私の抱いた感想だった。
よくもまあここまで雑多な物を商品として集められたものだと感心していると、マリーの脇から転生者がひょっこり顔を出した。
「どう?すごいでしょ!アイリスの自慢のお店!」
転生者が両の手を目いっぱいに広げてくるくると回る。ここだけを見るとほんとにおもちゃを自慢する子供みたいで、なんだか微笑ましい。
「すごいですね。とても色んなものがおいてあって。ただ、これは何のお店ということになるんですか?」
「何の、っていうかアイリスの欲しいモノを集めたり作ってたらこうなった感じ。ギルドに依頼しても作れないーとか材料が―って言われたりしたから、自分で仕入れちゃう方が早くて、ついでにお店にしちゃった」
それは、なんというか商業ギルドのお偉方はご愁傷さまだ。素材やら製作を断られた件は、きっと市場荒らしのようになっている転生者への嫌がらせも兼ねていたんだろう。それがまさか店舗の開店までいってしまうなんて、予想もしていなかったに違いない。
見たところ客足もかなり賑わっているし、ギルド的には裏目裏目もいいところだろう。あんまり方々に火をつけすぎて転生者が絞り上げられないといいけど……。
「そういえば、新商会の開設管理も商業ギルドの仕事でしたよね?よく許可がおりましたね」
「ずっと断られてたんだけど、ある日急にギルドの人が来て許可していったの」
商業ギルドの審査や管理はかなり厳しいことで有名だ。経済を握っているから並の貴族程度なら跳ねのけるくらいの力はあるし、それで以て既得権益に対して喧嘩を売るような行為に対しては厳格に対応すると聞いているのに。
ある日急にという経緯も不自然だし、どうやってそこを通したのかと首をひねっていると、マリーが私だけに聞こえるように声を抑えてそっと言った。
「……殿下がゴリ押しまして」
最早瞳からも声からも一切の感情が感じられないマリー。そこに至るまでに殿下と転生者を相手にしたマリーの孤軍奮闘があったことは想像に難くない。
「でも許可が下りてからはすごかったよ。ギルドの人も協力してくれたし、王城の魔術師?さんも一緒になってくれてここを作ってくれたりして、出来上がるのが超早かったもん」
王城所属の魔術師まで駆り出されているなんて、ほぼ国家事業じゃない……。なんだか思ってもみなかった規模になっていることに私が悶えていると、そのせいで市井ではとんでもなく話題になっています、とマリーが補足した。
その話題になっていることすら私は知らなかったわけだけど、こうして突きつけられると教会に居て世情に疎くなっているのを感じる。やっぱりもっと自身でも情報を集めたりした方がいいかもしれない。まあ、その前に今の私にはやることがあるけど。
「ここが賑わっている理由がわかりました。ところで本題なのですけれど、食品類をそれなりの量で購入することは出来ます?個人じゃなくて教会で使う用なんですけれど」
「勿論!何がいい?普通の食材から、食べたら魔力が一時的に枯れるような珍しいやつまで色々あるよ!」
「えぇ……普通の物でお願いします」
そう言って私が欲しい食材と量を伝えると、倉庫の確認と見積をしてきますと言い残してマリーは店の奥に消えていった。自分の居ない間に余計なもの勧めないようにと転生者も引きずって。
でも、そんなマリーには悪いけど実はちょっとだけ珍しい食品類も気になってはいる。流石に今は教会全体のものを買いに来てるから買わないけど、一人で来てたらちょっと試してたかもしれないくらいには。
転生者たちが居なくなって、手持無沙汰になった私がふとソフィアに目を向けてみると、彼女は物珍し気にキョロキョロと色んな棚を見て回っていた。
「何か面白そうなモノはあった?」
「あっ、初めて見るものばっかりでどれも面白いよ。ほらこれとか」
せわしなく動いていたのを私に見られていたことに気付いたせいか、ソフィアは照れ隠しで誤魔化すように棚に置かれた品を手に取った。
「何かの素材、かな?本でも見たこともないし、何に使うのかもわからないや」
「どれどれ……え”っ」
私は軽い気分でソフィアの手にあるものをのぞき込んでギョッとした。それが触れるだけでも炎症や、下手すれば爛れると言われているような、とあるマイナーな魔物の猛毒を作る器官部だったからだ。私も偶然本で知っていただけだけど、色合いや形からして間違いない。
顔を引きつらせながらも、私は素早くソフィアの手からそれを取り上げると、大慌てで元あった棚に突っ込んだ。
「えっ、何、どうしたのフィリスさん」
「それは毒よ毒!なんでこんなところに……。それよりもまずは水を貰いましょう、洗浄して、それから薬草と」
あわあわしているソフィアの手が大丈夫かを確認しながら、急ぎ指折りやることを数えていく。もし手遅れになって手に跡でも残ったら大変だ。
この時私は、毒に触れた時の対処方法を頭の中から引っ張り出すことにいっぱいで、私たちに一人の青年が近づいて来ていることに気付かなかった。
「やあお嬢さん」
「解毒計の魔法も必要かしら、あと包帯と」
「お嬢さん?おーい!」
「すみません、今忙しいので後でお願いします」
青年の何度目かの呼びかけで、私はようやく人が目の前にいることを認識したが、それどころではない私はソフィアを連れて、一旦マリーに薬草を貰いに行こうとしたところ、青年がそれを呼び止めた。
「まあ待ちなって。ちょっと君らのやり取りが聞こえてきちゃったんだけど、これのことだったらそんなに慌てる必要はないよ」
青年はさっきの毒物をひょいと素手で持つと、あっけらかんとそう言った。
それを見た私とソフィアが揃って軽く悲鳴を上げそうになったところを、青年は手で制すると、毒物を見せつけるように私たちの前に差し出した。
「これは毒素を抜いてあるんだよ。だから触れることは勿論、食べることだって出来る」
「え、でも確かこの毒って完全に解毒することは不可能だと本で」
「それがしちゃったんだよ。ここの店主がね。彼女は凄いよ?これだけじゃなくて、まるで未来を知ってるかのように様々な偉大な発見や発明をしているからね。この店にある一見危険な物や不要に見えるものでも意味を持たせてしまった、大賢者というものが居るのなら、それは彼女のことだろうね」
滔々と語る彼の瞳に、憧憬や尊敬の色が浮かんでいるのがありありとわかる語りぶりだ。マジマジと彼の語る様を見ていると、ふと頭をある記憶が過った。
いつだったか、この青年の顔を見たことがあるのだ。確か貴族の内々の集まりの一つで、そう、オーロ男爵家の次男坊だ。どちらかと言うと貴族というより学者肌のような人物だったとはずで、微妙に印象に残った人物だ。良かった、まだ私の貴族時代の記憶はさび付いていない。
私が記憶の底からこの青年のことを引っ張り出すとほぼ同時に、未だ転生者について語り止まない彼の背後にある棚から、何かが盛大に噴射した。爆発音のような轟音と共に飛び出した何かは、天井にぶつかると、からんという音を立てて地面に転がった。
「まあ、この店に全く危険がないという訳ではないんだけどね。今みたいに。なんでもないものから危険なものを作り出したりもしてるからね、彼女は」
はは、と肩を竦める彼を見て、私は人目も気にせずに頭を抱えたくなった。どんなびっくり箱なのよこの店は……。
しかし、今の音を聞いても常連っぽい客たちはほとんど動じていない辺り、この中ではおかしいのは私と横で目を丸くしているソフィアのほうのようだ。つくづくとんでもないお店だ。
「ええと、まあその、色々と教えてくださってありがとうございます」
「ただのお節介だよ。この店、初見だと戸惑うことも多いからね。じゃあ、僕はこれで」
片手をあげて、去っていく青年。初見どころかいつになってもこの店に戸惑うことになりそうな私がおかしいのだろうか。
私が自分の常識疑っていると、ソフィアもソフィアで戸惑いも露わに口を開いた。
「わたし、あまり教会から出たことがないんだけど、お店ってこれが普通なの……?」
「絶対違うから安心して」
常識が揺らぎ始めているソフィアに普通のお店とは何か一生懸命説明している内に時間が過ぎていたようで、気付いたらいつの間にかマリーたちが戻ってきていた。
「お待たせしました。用意できる量と、価格はこれで如何でしょう」
マリーが手早く目録を私に渡す。が、私は提示された品を見て、思わず眉を顰めた。
「安すぎないかしら?私に気を使っているとかそういうのなら、しないでいいからね」
「そういったことをあまり好まれないのは知っています。ですが、これは当店の適正価格です、フィリス様」
「どういうこと?」
「アイリス様が大量生産に成功されまして。おかげでまた一部商会と利益関係で衝突していますが」
「それはなんていうか、その。マリー、倒れないでね」
食料の量産にまで手を伸ばしているなんて、転生者の手はどこまで長いのだろうか。そしてマリーの仕事量は本当に大丈夫なのだろうか。
マリーに頼るのをしばらく辞めた方がいいか真剣に私が考えている横で、転生者がいきなりソフィアの手を取ると、その手の上に何かを載せた。
「はい、あげる」
転生者が手をどかすと、ソフィアの手には複雑な紋様と小ぶりな青色の宝石が嵌ったブローチが置かれていた。
「え、あげるって、貰えませんこんな高価そうなもの!」
「いいのいいの。原価は安いから気にしないで」
慌ててブローチを返そうとするソフィアを転生者はのらりくらりとかわしていく。
「安いからってでもそんな」
「作ってからやっぱりアイリスには合わないと思ってどうしようか困ってたやつだから受け取って。丁度倉庫に置いてあって、それでソフィアちゃんになら似合うと思ったの」
それでも遠慮から頑張って返そうとするソフィアの手から転生者はブローチをするりと掠め取ると、流れるようにソフィアの胸元にブローチを付けてしまう。
「ほら、やっぱり似合う!」
「そうね、似合ってるわよ。返させてもらえそうにもないし、貰っておいたら?」
このままだと埒があきそうにないので、私は適当なところで二人を仲裁し、そのままマリーに小声で話しかける。
「……一応聞きたいんだけど危険はないわよね?さっき棚から何かが発射されてりするところを見たんだけど」
「あれはただのブローチなので大丈夫です。微弱な保護の魔法が掛けてありますが、それだけです」
マリーのお墨付きを貰って一安心した私はまだ納得いっていなさそうなソフィアを宥めると、マリーと商品の取引を澄ませて、店員の力を借りてそれらを馬車に積み込んで貰っていく。
「それじゃあ、あんまり遅くなると良くないですし、この辺りで帰ります」
「わかったわ。また来てね!フィリスとソフィアちゃんならいつでも歓迎するわ!」
「ええと、その、ありがとうございました」
ぶんぶんと手を振る転生者に軽く手を振り返して、わたしたちはそのまま帰りの馬車に乗り込んだ。
わたしたちが予定より大幅に安く食材を買ってきたことで、バイロンが本格的に転生者の商会と取引をすることを決めたという話を聞いたのは数ここから日後のことだった。




