24.勉強会
医務室でエラとマイラに提案された私が二人に勉強を教える話を、ガウス翁に伝えたら思いのほかすんなり許可が出て、事はトントン拍子で進みすぐにでも実施しようという話になった。ついでに空き部屋も貸して貰えることになったので、私の部屋に無理に大きい机を入れてくる必要もなくなった。
と、言うことで私とソフィアとエラとマイラとで強会を行うことになったんだけど……。
「何故バイロン様がここに居るんですか」
「俺のことは気にするな」
わが物顔で長机の中央に陣取るバイロン。確かに私は誰か他に誘いたい人が居たら誘っても良いとエラとマイラには言った。けど、バイロンが来るのは予想外がすぎる。
「ごめん。どこで聞きつけたかは知らないけど、突然ここに連れてくるように言われちゃって仕方なく。あ、他の友達には話したけど様子見みたい。もしかしたら今後増えるかも」
バイロンに聞こえないようにエラが耳打ちをしてくる。特に隠しても居なかったし、バイロンがこの勉強会のことを知っているのはさほど不思議でもないけど、わざわざ参加してくる理由がわからない。それこそ内情を知りたいだけなら、参加者の誰かに後から話を聞くでもいいし。
それ以外となると、直接私かソフィアの動向を探ろうとしている、とか。ソフィアにはガウス翁の一件で敵対的ではないにしても、政的にはあまりいい関係性ではないし、他のお偉方から何か言い含められた可能性がある。先ほどからやたらと私の方に視線を向けてくるのも、やはり何か監視の一環だろうか。
そうなると、顔が若干赤いのにも何か意味があるのかも。諸々考えてはみたけど結局どれも想像の域を出ないので、この件は一旦思考の隅に置いておくことにする。仮に監視だったとしても、変なことさえしなければ問題ないだろう。
「それじゃあ全員揃ったみたいだし、勉強を始めましょうか」
「このことから、魔法とは精霊に呼び掛けて力を借りることだと言われているわ。だから魔法を扱う時は呼びかけるための正確な詠唱が大事だと言われているの。上手く魔法が発動しないときは発音と発声に気を付けてもう一度やってみるといいわね」
「はい!あたし、詠唱はきちんとやってるはずなのに魔法が発動しないことがあるんだけど」
「イメージの問題ね。詠唱の次に大事なのはしっかりと頭の中でイメージすること。自分がどういう魔法を使って、何をしたいのか。それが明確であればあるほど魔法の効果が強くなるわ」
エラとマイラは私の話を熱心に聞きながら、たまに質問をしては答えを聞いて頷く、という形で授業は進行していく。本当はマイラとエラにも魔力石版でもあれば書き込めたんだけど、二人とも持っていないとのことだったし、石板も魔力筆も教会にも余剰はないとのことで流石に貸してはくれなかった。
ちなみにバイロンはちゃっかり自分の魔力石板を持ってきている。時々「ほぅ」と言う関心したような声と共に石板に何かを書き込んでいるので実はかなり熱心に授業を聞いている一人だ。ソフィアは先に出しておいた別の課題に取り組んでいるので、授業はこの3人を中心に進んでいった。
「……つまり、魔道具とは詠唱を短縮することと、魔力の消費を抑える事を主な目的とした魔法の代替具だとされているわ。最近は毛色の違う魔道具も出てきたけど、その話は今度にしてそろそろ終わりにしましょうか」
1時間ほど授業を続け、エラとマイラの表情に疲れが見えてきたので私は授業の終了を告げた。二人ともまだまだ熱心に聞いていたし、表情も物足りなげだけど、覚書も出来ない以上あまり詰め込むのも良くない。
授業中の真剣な空気とは一転して緩んだ空気が流れはじめ、マイラが立ち上がって大きく伸びをする。
「二人とも、どうだった?」
「んー。面白かったけどすごく疲れたわ。座学ってこんなに疲れるのね。エラは?」
「楽しかったし、初めて知ることも結構あったわね。私たちを担当してくれたお婆ちゃん先生には悪いけど、結構抜けていた知識が多かったみたい」
手ごたえは感じていたけど、私が思っていたより二人の反応は好感触だ。あまり反応が良くなければ今回きりにしようかとも考えていたが、その必要はなさそう。
「次も勉強会やる?」
「勿論!」
「是非お願いしたいわ」
「俺もだ」
二人に聞いたら何故か三人分の声(しかも一番やる気に満ちている)が返ってきたけど、気にしないことにする。こうして次回以降も勉強会が行われることが決定した。
「次はいつにする?バイロン様も来るのであればお忙しいでしょうし、しっかり日程を合わせておかないとだけど」
「俺のことは気にするな。こっちから乗り込んだ身だからな、そちらに合わせる。それと様付けはやめろ。余所余所しい」
勉強会にはズカズカと乗り込んでくる割に、妙なところで謙虚なせいでどうにもバイロンは憎めない。それにチラチラと私に向ける視線が気になるくらいで、勉強にも熱心だったし今度からはもう少し気にかけてもいいかもしれない。まずは相変わらず顔が赤みがかっているのは医務室などに行くことを勧めた方がいいだろうか。まだ悪化したり体調が悪そうならそうしよう。
「えーと、じゃあバイロンさんはこっちに合わせるとのことだから、次いつにしましょうか」
「そうねえ、慌ただしくなるからお貴族様がいらっしゃる日より前がいいわ」
「お貴族様が?」
エラの不穏な言葉に思わず私は眉根を寄せる。元貴族の私が言うのもなんだけど、平民が貴族と関わっても碌なことはない。貴族側もそれをわかっていて、良識ある貴族は弁えて普通はあまり関与しようとしないはずだけど。
「そっか、知らされた時フィリスはまだ居なかったものね。今度お貴族様が教会に来るそうよ。慈善事業?だとかだそうで。今まではお貴族様がわざわざ足を運ぶことなんてなかったから、もうどこもてんやわんやよ。清掃なんかいつもより基準が随分厳しいのよ」
掃除当番のシスターがやけに丁寧に掃除しているのは知っていたし、几帳面だなとは思っていたけどまさかそんな裏側があったとは。しかし、なんだか嫌な胸騒ぎがする。そういう前例に無いことをやりそうな貴族に一人だけ心当たりがある。出来れば心当たりは外れていて欲しいが。
「その貴族の名前はなんていうの?」
「名前?名前は知らないけど、確かグランベイルとかいう家の方だったはずよ」
やはり。という思いと、それでも備えてなお受け止めきれない精神的なショックで私の意識は遠のいた。




