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22.噂

この身体になってから知ったことだけど、この教会では昼の決まった時間に礼拝堂での礼拝がある。正教的に厳密には太陽の上っている間ならいつでも良いらしいのだけど、

昔その時間に小集団で礼拝をしていたグループが居て、そこから段々と人数が膨れ上がって、今ではその時間に礼拝を行うのが暗黙の了解と化しているらしい。あくまで教義ではなく暗黙の了解だから急用や体調の不良で時間をずらす人も居ないではないらしいけど、基本的にはほとんどの人が決まった時間に礼拝を行うそうだ。

ソフィアも毎日礼拝には行っていたから礼拝があることは知っていたけど、他の人とあまり折り合いの良くない、というより霊視の件や立場上から距離を取られているソフィアはいつも時間をずらしていたので、基本ソフィアと一緒に行動していた私は、集団で礼拝を行っていることを昨日あるシスターに教えて貰って初めて知ったのだった。

なので、一応教会所属になった私は規定時間の少し前に礼拝堂にやってきていた。ソフィアと一緒の時間に行こうかとも迷ったけど、教会の他の人間とも接点を持っておきたいという思惑と、昨日からソフィアと少しギクシャクしてしまっているから、昨日の今日でどう接すべきか迷っているというのもあり、結局集団礼拝に混じることに決めた。


私が来た時にはまだほとんど人の居なかった礼拝堂に段々と人が集まってくる。この場所から溢れるほど、とまでは言わないけれどそれなりに広い礼拝堂が手狭に感じる程度には人が入ってきているので、シスターのほとんど全員がこの時間に礼拝しているというのはあながち間違いじゃないらしい。

今いる大半のシスターは雑談に興じているので、礼拝の時間までは自由にしていていいらしい。私も礼拝中の決まり事などが無いか聞くために、手近なシスターの誰かに話しかけようと辺りを見回した時、ふと 一人のシスターに目が留まった。年は私と同じかそれより上くらいで、黒髪とあの長身には見覚えがある。

昨日私に礼拝のことを教えてくれたシスターで、確か名前はエラだったはずだ。エラも私に気付いたようで、手を振りながらこちらに近寄ってくる。


「あなたも来ていたのね。やっぱり伝えておいて良かったわ」

「合同で礼拝をしていたなんて全然知らなかったので、エラさんのおかげで助かりました」


エラは昨日、私が部屋に戻る時に声をかけてきたシスターで、新入りの私は礼拝のことを知らないだろうからということで教えてくれた人だ。こういうことは本来、修道院に入る時に色々と先輩から教えて貰うそうなのだけど、私の場合は立場や教会に来た経緯がちょっと特殊だったせいで、その辺りをすっ飛ばしてしまったらしい。

それで新入りの私という存在が居る事は知っていたけど、誰も私に何かを教えるどころか話したことすらないという有様を知って、もしかしたら決まり事も知らないのでは無いかと言うことを危惧して昨日エラはわざわざ話しかけにきてくれたらしい。

礼拝の他に細々とした決め事も教えて貰ったので私としては大いに助かったけれど。


「エラでいいわ。敬語も取り払って大丈夫よ。むしろガウス様に連なる方なら、本来あなたにこそ私は敬意を払わないといけないくらい」

「敬意だなんて、凄いのはガウス様であって私ではないわ。だから普通に接してエラ。それと、私のこともフィリスでいいわよ」


お互い適当な雑談をしながら、手近な長椅子に腰を掛ける。なんとなく礼拝堂の入り口に目をやると、さっきまでぞろぞろと居た入室者がまばらになってきているので、シスターの大半はここに集まり終えたらしい。


「エラ、礼拝はいつ始まるの?もうほとんどの人が来ているみたいだけど」

「お昼の鐘が鳴ったら、よ。ごめんなさいね、昨日フィリスにはちょっと早めの時間を教えたの。もし来るとしたら、遅れるといけないから」


確かに、新入りに教えるならそれは妥当だと思う。新生活で時間通りに行動し損ねても大丈夫なようにという気遣いだろう。悪意があれば新入りを待たせてやろうだとか嘘の時間を教えてやろうだとかそういう風にも取れるのだろうけれど、

エラからは特にそういったものを感じないので、おそらく純粋な善意だろう。


「いいえ、わざわざ気遣いありがとう。ところで何か礼拝中の決まり事なんかはある?」

「特にないわ。目を閉じて、鐘がもう一度なるまで祈りをささげるだけ。強いて言うのなら、礼拝中に突然しゃべりだしたり煩くしないことかしら」


冗談めかしてクスリと笑うエラ。彼女は意外と茶目っ気のある人物みたいだ。

そこからしばらくエラ幾つかの軽いやり取りをしていると、礼拝堂の鐘が鳴った。ゴーンゴーンという重々しい音と供に、シスターたちの話声は一斉に無くなり、礼拝堂が静寂に包まれる。

周りのシスターは皆、目を閉じ真剣に祈りを捧げている。私はと言えば、元霊体なので正教の教義的と照らし合わせると心情的にはかなり微妙なところだけど、この場で祈らないのもなんだか悪い気がするので一応それなりに真剣に祈っておく。


再び鐘が鳴り、礼拝が終わりを告げると、座っていたシスターたちも立ち上がって、各々バラバラに動き始め、礼拝堂も静寂から一転、一気に話声であふれ始める。私も立ち上がって動き出そうとすると、何やらこちらに向かってくる一人のシスターが目に入った。


「エラ、ここに居たのね!いつもの場所に居なかったから体調でも崩したのかと。あら、貴女は」

「ごめんね。この人と話してたの。こちらフィリス。ほら、つい先日話題になったガウス様の」


どうやら向こうからやってきたのはエラの友人の一人らしい。エラに紹介された私も、軽く一礼をしておく。


「フィリスです。事情があって先日街の外の教会からこっちに移ってきました。よろしくお願いします」


ガウス翁と事前に打ち合わせした設定をなぞりながらの自己紹介。これも早めに慣れておかないといけない。私はソフィアの父様が街の外の教会に視察に出た時に、そこで才能を見出されて養女として迎えられたことになっている。

今回、こっちの教会に移って来たのはソフィアの教育係としてだ。これら全部が過去あった例に乗っ取った設定らしいけど、才を見出されてという看板が私には少し重い。あくまで私にあるのは侯爵令嬢としての教育水準で受けた教育故の学であって決して才能ではないから。

とはいえ、偽ったり取り繕ったりする自体には慣れているから、問題は出ないと思うけれど。


「マイラよ。この前入ったって言うと、もしかして例のあの子のお付き?」

「例のあの子?」

「……ソフィアよ。」


マイラが眉を顰める。彼女はあまりソフィアに良い感情を持っていないようだ。


「ねえフィリス。あなた無理にあの子のところに行かされたりしていない?教育係だって聞いてるけど、嫌なら上に掛けあうわ」


心配そうなマイラが親切心から言っていることは分かっているのだけど、私としてはどうしても言い様にムッとしてしまう。あまり教会でソフィアが良く思われていないのは知っていたけど、改めて面と向かって言われると良い気分ではない。


「そこまで言うなんて、ソフィアと何かあったの?」

「あたし自身が何かあったっていうわけじゃないけど、皆言ってるわ。ガウス様の権力に任せて我儘してるとか、邪教と繋がりがあるって噂とか。オリバー様も関わるなって言ってたし、あなたもあまり関わらない方がいいわ」


確かオリバーは現教皇寄りの人物で、ガウス翁とは敵対的立場にあるはずだ。ということは、なんとなく噂の出所が見えてきた。恐らくだけどガウス翁と敵対しているお偉方がこぞってあることないこと噂を流しているのだろう。ガウス翁の溺愛する孫娘を貶せば、ガウス翁の名にも多少の傷がつくだろうという下らない理由で。

ソフィア本人は昔霊が見えていることをぽろっと言ってしまったせいで気味悪がられていると言っていたけど、もっと根の深い問題みたいだ。


「じゃあ貴女自身がソフィアと話したりしたことはある?」

「いや、あたしはほとんどないけど。関わらないほうがいいって散々言われてるし」

「あくまで噂だけ、なのね。なら言わせて貰うけれど、ソフィアは言われてるような子ではないわ。ちょっと内気だけど、強権を振るうような子ではないし、素直ないい子よ」


勢いに任せてそこまで言って、私は自身に失態に気付く。それまでは私に若干同情的だったマイラが、懐疑的な目を向け始めている。何か企んでいるか、ソフィアからの回し者か何かだと思われているのだろう。

教会全体に流れている噂か、会ったばかりの私か。どちらを信じるかなんて、考えずともわかることなのに、熱くなりすぎてしまった。もっと冷静に仲を深めて信用を得てからソフィアへの印象改善を切り出すべきだったのだ。

自身の失態を悔やんでいると、そこまでの流れを静観していたエラが突然話に割って入った。


「私はソフィアのことは知らないけど、フィリスは悪い人ではないと思うわ。それに彼女の言うように、確かに私たちソフィアとほとんど関わったことはないのよね」

「エラ?!」


マイラがギョッとした顔でエラを見る。エラはまだ何かを考え込んでいるようだけど、少なくとも無条件でソフィアに敵対的ではないみたい。


「ねえフィリス、ソフィアは貴方からみてどういう人物なの?」


真剣な目で私に尋ねるエラ。その目には何かを計ろうと意思が見てとれる。計っているのはソフィアか、あるいは私か。どちらにせよ、私はソフィアのことをありのまま伝えるだけだ。


「素直で、頑張り屋。我慢強くて、そのせいでよく損をする子。だからどんなに悪く言われようと自分以外に被害が出ないなら受け入れてしまうような子よ。だから、私はあの子の力になってあげたい」


エラは私の言葉を咀嚼するように二三度まばたきをしたあと、納得したように頷いた。


「あなた、ソフィアのことがよほど好きなのね」

「……まあ、そうなるわね」


私の返答を聞いたエラは、ニッコリと笑ってマイラと私の方に向き直った。


「今度ソフィアと話す機会をくれない?フィリスの言うことが本当なら悪いのは勝手にソフィアを遠ざけていた私たちかもしれないし」

「嘘でしょ?!」


愕然とするマイラ相手に、エラは茶目っ気たっぷりに笑って、人差し指を立てる。


「一度くらいは関わってみてもいいんじゃない?それでソフィアが悪い人なら関わらなければいいし。それに、これは私の直感だけどフィリスはここで嘘を言うような人ではないと思うのよ」


エラの言葉にガクリと項垂れるマイラ。


「エラの直感は当たるから嫌なの。仮にソフィアやフィリスが良い人だったとしても、あたしたちがオリバー様に睨まれるかもしれないじゃない!」

「その時はガウス様が手を回して下さるかもしれないわよ」


エラが私に向かってウィンクをする。万一の時はガウス翁を後見人とする私にどうにかしろと言っているのだろう。まあ言い出した手前、何かあっても放り出す気はさらさらなかったけど、エラは意外とこういった駆け引きに慣れているみたいだ。


「それともマイラは来ない?私も無理に付き合えとは言わないわ」

「行くわよ!これで本当にエラがオリバー様に睨まれたら同室の私も一緒に睨まれるに決まってるわ。そうなったらただの睨まれ損よ」

「そういうことだから、今度ソフィアのことを紹介して貰える?」


荒れるマイラを手で宥めつつ、エラが私に笑いかける。なんだかんだマイラもあまり不満げにはしていない辺り、こういったやり取りはいつものことなのだろう。


「勿論。今度の休み時間に私の部屋に招く形でいいかしら」

「ええ。そういうことでいいかしら」


エラが突然視線を礼拝堂の入り口に向ける。不思議に思って視線を追うと、そこには礼拝堂の入り口で縮こまっているソフィアが居た。


「ソフィア?!」


驚いて駆け寄ると、ソフィアは何故か真っ赤になっている。体調が悪いのだろうかと、熱を測るために手を額に当てようかとしたら顔をフイっと逸らされた。しばらく考えてから、私はある一つの仮説に辿りついた。出来れば、この仮説は当たっていて欲しくない。


「……いつからそこに?」


言葉が出て来ず、パクパクと口を開くだけのソフィアの代わりに、笑顔全開のエラが前に出る。


「フィリスが彼女の良いところを熱弁していた辺りからよ」


今度は、私が赤くなる番だった。頭を抱える私を見て、ソフィアが申し訳なさそうに呟く。


「ごめんなさい。盗み聞きをする気はなかったんだけど、段々話を聞いてる内に出て行き辛くなって」


ずっとここに。と最後は消え入るように言ったソフィアの言葉に私は消えてしまいたくなる。


「あなたたちの仲が良いのはよく解ったわ。ただのお世辞で相手を褒めていただけなら、そんな真っ赤にならないもの」


エラの言葉が止めとなり、私はその場を走り去ろうとして、衣服の裾を踏んで盛大コケた。衣服の裾を踏むなんて、実に3歳の時以来の出来事だった。


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[良い点] 感情描写が繊細である [一言] 二人とも可愛い 早く結婚しよう
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