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19.総主教

目の前の神経質そうな男、現総主教が吊り上がった目でガウス翁と私とついでにゼニスを睨みつける。


「こんなところで何をしていたのか、教えて貰おうか。それとそこの女、貴様は何者だ。ガウスの近辺に貴様のような者がいるとの報告は受けていないぞ」


問われ、どう答えたものかと悩んでいると、ガウス翁が私に目配せをしてくる。どうやら受け答えはガウス翁がしてくれるらしいので、変に齟齬が出来ないためにも私は極力黙っておくことに決めた。


「総主教殿も報告を受けているじゃろうが、儂の息子の養女じゃよ。彼女に施設を案内しておった」

「養女の件は聞き及んでいるが、本日付けでここに来るとは聞いていないぞ!」


微塵も動揺を感じさせずに言うガウス翁に苛立つ総主教。総主教は腕組をしていて、指がリズムを刻むようにトントンと二の腕を叩いているのだが、それが段々と早くなってきているので苛立ちは増す一方らしい。

片やガウス翁はとぼける気満々なのが見てとれるけれど。


「おや、では報告の入れ違いかのう」

「だとしても私からの認可を待つのが筋だろう!」

「総主教殿は儂の報告をいつも後回しにするではないか。総主教殿の認可を待っていては遅くなろう。じゃが、彼女が儂の養女と広まれば忙しくなるじゃろう。早めに施設を案内しておかんと、諸所に差し障ると思うのじゃが」


ガウス翁と総主教、お互いしばらく睨みあい、と言っても表向きは総主教が一方的に睨んでいる形だが、少しの沈黙があった後、総主教が舌打ちをして身を翻した。


「今は置くが、後程言及するからな」


捨て台詞を吐き去っていく総主教の姿が見えなくなるや否や、ガウス翁の付き人で、総主教を足止めしていただろうゼニスが勢いよく頭を下げる。


「申し訳ありませんガウス様!総主教様をお止めはしたのですが、力至らずここにお通しすることになってしまい……」

「良い良い。お主のおかげでなんとか最低限は間におうた。あやつにここのことが知られなかっただけで十分じゃて」


ゼニスは顔面蒼白で謝っているけど、彼の奮闘が無かったらばっちり私とガウス翁が地下から上がってくるところを見られていたはずなので、大健闘だったと思う。

それはそれとして、ガウス翁の言いように私は一つだけ引っかかったところがある。


「ガウス翁。総主教は地下のことを知らないのですか?」

「儂も此度私的利用をしたので人のことはあまり言えんが、あやつがここを知ればもっと大規模に利用しようとするじゃろう。それだけはならん」


もう少しあの地下について詳しく聞きたかったけど、ガウス翁はそこで言葉を切り、黙ってしまったのでこれ以上は話せないということだろう。

ならこれ以上は質問しても無意味と判断し、話題を転換する。


「ゼニスさんとは初めましてですね。私はアイリス……あっ」


そこまで言いかけて、気づく。今の私はアイリス・グランベイルではない。これからは全く違う別人ということになるのだと。


「お話は伺っておりますので大丈夫です。それと、ガウス様の養女になられる方ですから、私のことはゼニスとお呼びください」

「ゼニスにはほとんどのことを話しておる。アイリス嬢とソフィアと儂以外で唯一事情を知っておる者と言っても良い。しかし名前はどうしたものかのう」


話を聞くと、どうやらガウス翁は今の私の背景設定だけを固め、名前だけは今後しばらくこの身体と付き合っていく私自身が決めれるようにぼかしておいてくれたらしい。


「養女の件を通すのに腐心しておったから、すっかり通達が疎かになってしまってすまなんだ。急で悪いんじゃが、明後日あたりまでに名前を決めてほしいんじゃが」

「わかりました。……少しソフィアと相談しても?」

「勿論大丈夫じゃ。お主の部屋はソフィアの部屋の隣を用意した。いつでも行き来は出来るじゃろうから、存分に話おうてくれ」


その後、部屋の位置やちょっとした注意などを話して貰いながら、私たちは適当なところで解散し、私はソフィアの部屋に戻った。



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