10話 会敵
俺たちがアーサンドの街にやってきてから十日あまりが過ぎた。
街長に手配してもらった高級宿から砂漠へと出ていく日々の繰り返しだが、貸し切り温泉に好きなだけ浸かれるおかげで、体力も万全だ。
今日も砂漠に立つ俺は、真昼間の強い日光に晒されながら、ひのきのぼうを握って天を見上げている。
「はぁぁッ!」
タイミングを見計らい、ひのきのぼうを天に振り上げる。
狙いは一つ、空を悠々と飛ぶデザートドラゴンだ。
ひのきのぼうから放たれた衝撃波がデザートドラゴンに直撃する。
「ギャオッ!?」
よし、命中っ。
衝撃波を飛ばすことにもだいぶ慣れてきた。
最初のころは稀に外すこともあったけど、ここ三日では一発も外してないぞ。いい感じだ。
「さすがアル。今日もいい仕事するの」
「いやぁ、それほどでも」
ボフンと砂を巻き上げて、絶命したデザートドラゴンが地に落下する。
この十日でもう三十匹目だ。たしかに街長の言う通り、活動が活発になっているみたいだな。
依頼を受ける代わりに、街長に手配してもらった相当高い温泉宿に住ませてもらっているので、デザートドラゴン狩りには相当真面目に取り組んでいる。
わざわざ街の御者に地竜を借りて、街から離れた場所のドラゴンまで狩っているくらいだ。
「にしても、地竜って魔物はすごいよな。大人しいし、俺たちに力を振るおうとするような仕草も見られない」
撫でると、傍らの地竜はグルゥと気持ち良さそうに目を細める。
三メートルほどの体長がありゴツゴツとした茶色の皮膚に覆われている地竜は傍目には威圧感があるが、実際のところはとても穏やかな気性の持ち主だ。
普通は地竜に直接乗るわけじゃなく、地竜が引いて御者が操る地竜車に乗るのが一般的だ。
だけど俺たちは別に遠出をするわけでもないし、ひのきんの姿が変わるところをなるべく見られたくないので地竜の上に直接乗っている。
幸い地竜という生き物が元々穏やかな気性なだけあって、操縦したことのない俺でも問題なく乗りこなすことが出来た。
「なにせ地竜は人間と最も初期に共存した種であるからな。長年の信頼関係という物があるのじゃろうて」
ひのきんが付け加えて解説してくれる。
なるほど、そんな長い歴史があるんだな。
「へぇ、勉強になる。……って、ひのきん地竜のことなんて知ってるんだな」
「らしいのぅ。今唐突に思い出したのじゃ。長生きしすぎてどうにも昔の記憶があいまいでのぅ」
「耄碌してんじゃねえの?」
「ぶんなぐるぞアルよ」
殴られるのは嫌なので、俺は黙った。
するとひのきんはデザートドラゴンの元に駆け寄り魔力を吸収し、その手に魔力球を作ってもぐもぐと食べ始める。
「うむ、うむ」と言いながらそれを食べ終えると今度は俺の方へと寄ってきた。
俺はひのきんと手遊びをしながら、次の獲物を探して気配を探り始める。
気配の感じ方は道場で習ったおかげで、目に見えない範囲でも少しは気配を感じ取れるのだ。
精度は百発百中とはいかないが、それでもないよりはあった方がいい技術なのは間違いない。
視覚を潰された際には第二の視覚としてもある程度は使えるしな。
とりあえずザッと探ってみる。それらしき気配はない。
……うーん、いなそうか?
「……おっ」
と、そこで、魔物のような気配を感じ取った俺は地竜へと乗る。
ひもきんも続いて地竜へと飛び乗った。
ひのきんと俺を乗せ、地竜は気配のした方へと進む。
手綱をほとんど操らなくても(というか拙すぎて操れないのだが)俺の意思をくみ取って進みたい方向へと進んでくれる辺り、地竜って凄い。
しばらく進むと、気配のした辺りに辿り着いた。
しかし、魔物らしき生物の姿は見えない。
辺りはただ砂が積み重なっているだけで、風に吹かれて砂が飛んでくるだけだ。
「ぺっぺっ」
口の中に入った砂を吐き出しながら、俺は考える。
この辺からたしかに気配がしたと思ったのだが……勘違いだっただろうか。
上空にいるわけでもないし……いや。もしかして……下、か?
「試してみるか」
変身したひのきのぼうを抜き、地面に突き刺す。
スブブ、とまるで底なし沼のように棒を呑みこむ砂漠は、少しすると何かにグニャリと直撃した感触があった。
「シュルルルル!?」
足元から、巨大な蛇の魔物が姿を現す。
茶と黄の縞模様をした、全長二十メートルほどの魔物だ。
名前は確かロングスネーク。
長さこそあるものの太さがなく、長い身体のせいで動きも早くないのでそれほど強くはない魔物だ。
ただし地中からの不意打ちは危険で、年に十数人は被害にあうらしい。
「……って、あれ?」
聞き込みをして得た情報を頭の中で引きだしているうちに、ロングスネークは息絶えてしまっていた。
良く見ると、胴体が途中でちぎれてしまっている。どうやら俺が放った最初の一撃で致命傷を負ってしまっていたようだ。
「あっけなかったのぅ。アル、食べて良いか?」
「ああ、いいよ」
「それじゃ遠慮なく……いっただきまーすなのじゃ!」
人型に戻ったひのきんが手を合わせる。
するとロングスネークの魔力が相変わらず謎のプロセスを経て、半透明な魔力球へと変換されてひのきんの手元に現れた。
それをもぐもぐと口にし、幸せそうな顔をするひのきん。
今日はまだ魔物も二匹目だからな、まだ満腹には足りないというところなのだろう。
「なあひのきん。それって魔力の塊なんだろ? 美味しいのか?」
「うむ、美味しいぞ。ただ、味が変わらないのがネックなのじゃが……あ、そうじゃ。味も変えられるんじゃった」
そう言うや否や、ひのきんの手元の魔力玉が桃色に変わる。
それを再び口にし、ひのきんは「ん~っ」と至福の顔をしてほっぺたを押さえた。
「うむ、うむ! 美味なのじゃ~!」
「なんで今までずっと味変えなかったんだ?」
「うむ、たった今思い出したからじゃな」
……コイツ、やっぱり耄碌してないか?
半目で見る俺に気付いたのか、ひのきんは顔の前で手をブンブンと振る。
「な、なんじゃその目は! 妾を年寄り扱いするでない!」
「よしよし」
「子ども扱いもするでない!」
「じゃあどうしろって――っ!?」
「……なんじゃ。どうかしたか、アル」
俺の異変に気付いたひのきんが声を落として聞いてくる。
俺はゆっくりと背後を振り返りながら、ひのきんに答えた。
「……また気配がする。それも、かなりの強者の」
強者の気配。
ひのきんはすぐさまひのきのぼうに戻ってもらい、冷や汗を掻きながら振り返りきる。
振り返った先、背後数メートルのところに女が立っていた。
黒い口当てで顔を隠しており、見る限りでは中性的な顔立ち。
だが、体つきと髪型で女であることは分かる。
情熱的な色の紅い髪を腰まで伸ばし、背に幾多もの剣や刀を背負った女。
衣を羽織ったかのような緑のカシュクールに、上から橙の腰布を巻いていた。
衣服の間から露わになっている日に焼けた褐色には紅い瞳と髪が良く映えており、一瞬息が止まってしまうほど美しい。
傾斜のきつい眉が、女の意思の強さを表していた。
「ほう? オレに気付いたか」
女は興味深そうな声を出す。
女性にしては低い声は、芯のある凛々しさを孕んでいる。
その声を聞き、俺はすぐさまひのきのぼうを構えた。
汗が噴き出る。
原因は気温でも太陽でもない、目の前の女だ。
「コイツは強い」と本能がうるさいくらいに伝えてくる。
それは頭でも理解していた。ここまでの接近に気が付かせない者……そんな力量のある人間は、例外なく強者だ。
「……何者だ」
尋ねた声に、女がニィと口の端を歪める。
「オレは武器狩。――お前が手に持つその武器を、いただきに来た」




