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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コッペパンは酒のあて

作者: 中道雪広

学生の頃に書いたホラー短編です。

死蔵していた作品ですが良ければどうぞ。

昔書いた作品なので表現が荒いです。

※少しだけ当時のものを編集しています。


 寒さ際立つ12月。年を越せぬと嘆きながら暗闇だらけの街中を存在理由を見出すために歩き続ける男がひとり。

「光るなよ。そうだ消えてればいいんだ。電化代の節約をしろ」

 男はハイボール缶を片手に街路樹に叫ぶ。整備の過ぎた歩道から冷えた耳には気を止めずにただ叫びちらした。

「その明かりがなくても足元は見えるんだよ。白だとか青だとか調子に乗るなよ。植物虐待反対だ」

 男は都会の匂いが染み込んだ袖に鼻先を近づけて擦り付ける。目と鼻にツンッとした刺激が伝わった。

 よろりふらりと歩いているとパイプや室外機が乱立する外界にいた。その世界を超えた先に建物達に嫌われてポツンと佇む10坪くらいのお店があった。黒く錆びついたカンテラのしたに逆さまになった看板がある。

看板には

   well long me

と書かれていた。

「何だぁ眩しくしやがって。こんな夜分によぉ。何のお店か知らねぇが直接文句を言ってやる」

 空になったハイボール缶が宙を舞うと男は青いドアのノブを引いた。

 カランカランと音がする。一面の青に包まれた一枚板のカウンターには黒シャツに白いベストを着たオールバックの壮年がひとり俯いて立っていた。後ろの壁棚には下から怪しげに光る酒瓶がズラッと並べられている。

「そうかいそうかい。ここはバーかよ。なら飲ませてもらおうか」

 男の言葉は空を切る。静かだ。

「おっおい。何とか言えよ。こっちは客だぞ」

 マスターは俯いたまま男を見ようともしない。ただただカウンターを見続ける。

「なら勝手に座るからな」

 カウンター前の黒い丸椅子に男は座った。その場所はマスターの真正面だった。

「いらっしゃいませ。何をお飲みになりますか」

 マスターが初めて顔を向けて男を見る。男の何かを吟味するようにネットリと見る。

「その前にな、この店は音楽の一つも流さねぇのか。ジャズとかさ」

 マスターは男の顔を見続けているが何も返答は返ってこなかった。

「こっちは客なんだぞ。もっと愛想よくは出来ないのかよ。客商売だろ」

 男は次第にマスターの顔が大きくも小さくも見えるようになった。

「もういい。何でもいいから酒を持ってこい」

「かしこまりました」

 マスターは男の顔を見続けるのをやめてカウンターの裏にあるドアに入る。その後ボトルを一本持って戻ってくるとカウンターの上に置いた。

「ザ・マッカラン25年です。飲み方はどのようにいたしますか」

 「ウイスキーか。ならハイボール一択だ。ウイスキーはハイボールに限る」

「かしこまりました」

 マスターは返事をすると再度カウンター裏のドアに入っていった。男は訝しげな表情をしながら1人待つ。しばらくすると、グラスを持って帰ってきた。

「お待たせいたしました。それでは失礼いたします」

 マスターはグラスに大きめな氷をいれる。男を一切見ることなくバースプーンで氷を回す。

「何をモタモタしてやがる。ハイボールなんてウイスキーに炭酸水を入れれば終わりだろうが」

 男は酒が切れた苛立ちからマスターを怒鳴りつける。しかし、マスターは何も語らずボトルを開けて優しく注ぐ。

「そうだ。それでいいんだよ」

 鼻息を勢いよく飛ばして男はマスターを見る。するとマスターはバースプーンで氷を回しはじめた。

「人をおちょくってるのか。それはもういいって言ってんだろ」

 マスターは相変わらずグラスしか見ていない。マスターは急に微笑むと炭酸水をカウンター下から取り出してグラスに注いだ。シュワシュワと小気味の良い音が広がる。

 そして、マスターが注ぎ終わったその時だった。男が素早くグラスに手を伸ばす。男の手に引き込まれたグラスは内容物を撒き散らしながら男の口に運ばれた。グビグビと一気飲みするとダンッとカウンターに置いた。

「これだよ。これ。アルコールが全体に回る感覚。たまらないなぁ。おかわりだマスター」

「かしこまりました」

 言葉とは裏腹にマスターはボトルを手に持ち、カウンター裏のドアに入る。しかし、男は文句を言わなかった。また別の酒を用意してくれるのだと男は思っていたからだ。だが、マスターが持ってきたのはコッペパンと透明で大きめなプラスチックカップだった。

「お待たせいたしました。それでは失礼いたします」

 男が唖然としているとマスターはプラスチックカップに氷を入れるとプラスチックカップを手で押さえながらバースプーンで回し始める。

「おいおい。そのコッペパンは酒のあてか。そもそも酒がないぞ」

 マスターは男を無視して今度はコッペパンをちぎるとグラスの中に入れ始めた。氷とカップの小さな間からコッペパンはドンドンと投入される。

「何がしたいんだよ。おい」

 男が驚きのあまり固まっているとマスターはそれをバースプーンでかき混ぜ始めた。カリカリとプラスチックカップの擦れる音がする。その後マスターは微笑むと炭酸水をプラスチックカップに注ぎはじめた。

「おいっマスター。それはパンだぞ。飲み物と混ぜるもんじゃないだろう」

 マスターは一心不乱にカップを見つめて炭酸水の注がれたパンをバースプーンでかき混ぜる。

 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ。

 やがてピタっと手を止めると男の前にカップを置いた。

「どうぞ」

 マスターは満面の笑みで男の前にカップを置く。

「ふ⋯ふざけるな。こんなもんいるか」

 男はコッペパンいりの炭酸水を怒りのままにマスターの顔にぶちまける。

「どうされましたか」

 マスターは千切ったコッペパンを顔につけたまま男に問いかける。

「冗談か何だか知らないがふざけるのも大概にしろ。今度はちゃんと酒を持ってこい」

「かしこまりました」

 マスターは布巾でカウンターを綺麗にすると、顔にコッペパンをつけたままカウンター裏のドアに入る。

「どういう店なんだここは」

 男はバーだと思ったが、その認識は間違えていたんじゃないかと思いはじめた。

 その時、ガチャっと音がしてマスターが姿を現す。

 マスターは酒ではなく小さな箱を両手に持っていた。カウンターの上に箱を置く。

「ん。おぉ。こりゃすげぇな」

 箱の中には小さなブリキの車が数台入っていた。

 男は幼少期の頃、父親からブリキの車を誕生日プレゼントで貰って以来好きになり、大人になってからも収集していた。その男からは、この箱の中身は何よりも価値のある宝物に見えた。

「なんだ。お詫びのつもりか。まぁ許してやるよ。それよりすごいなあんた。こんなに集めるなんて相当苦労しただろう」

 もしかすると、自分と趣味の合うやつかもしれない。そう思うと何だか嬉しかった。

 しかし、マスターは何も言わずにいた。男はブリキの車に夢中で気付かなかったが、いつの間にか特大の氷が入ったステンレスのバケツが置いてあった。

「お待たせいたしました。それでは失礼いたします」

 マスターはバケツに入った氷を大きなかき混ぜ棒で回し始める。

「何してやがる。まさかな⋯」

 マスターはピタっと回すのをやめるとカウンターの下から工具箱をとりだした。 ペンチやドライバー。

ニッパー金切りバサミレンチにトンカチなど様々な工具が入っていた。そして男から箱を取り上げるとブリキの車を工具を使って分解しはじめた。

「も⋯もったいねぇ。や⋯やめろ」

 男はマスターを止めようとしたが、マスターの力は恐ろしいほど強く振り払われてしまった。

 マスターは分解したブリキの車をバケツに入れると氷と一緒にかき混ぜる。

「意味がわからねぇ⋯」

 あまりのショックに男は全身の力が抜ける。

 マスターはにこやかに笑い炭酸水をバケツに入れてかき混ぜる。

 バギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッバギッ。

 放心状態で男は見ているとマスターのかき混ぜる手が止まる。

「どうぞ」

 マスターは屈託のない笑顔でバケツを男に差し出す。まるでその奇行が当たり前のような表情だった。 

 男は全身から冷や汗を流す。ここに居てはまずい…。警鐘が鳴りひびいていた。

「う⋯うわぁあああ」

 男はバケツを手で振り払い出口に向かう。

 ドアを開けると後ろを向かず一目散に走り去った。

 翌日、男は店があった場所を見に行ったが、そもそも路地裏の先には壁があり店を出店できるほどの空間なんて存在しなかった。信じられずに男は近所の住民にも聞き込みをしたが何の成果もえられなかった。

「ど⋯どうなってるんだ」

 酒を飲み過ぎたのだろうか。それとも、夢でも見てたのだろうか。証明できるものは何もないと男は調べることを諦めた。

 男は家に帰るとふぅっと一息ついて冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中にはハイボール缶が山ほど入っていた。いつもならすぐさま手に取り飲むのだが、昨日の店のことを考えると手が止まった。

 適当に冷凍庫の冷食を温めて食べる。しかし、味などわからなかった。恐怖からか手が震える。

「やっぱり酒だ。酒を飲めば落ち着くはずだ。とにかく酒だ。」

「かしこまりました」

 男は声がした後ろを振り向く。しかし誰もいなかった。部屋を見回して誰もいないことを確認する。シーンとした静けさが部屋を包む。

「何だ。何なんだ。俺はおかしくなっちまったのか」

 その時、いきなりカランと浴室から音が聞こえた。

「ふざけるな。誰かいるんだろおぉ」

 音の確認をするため浴室のドアを勢いよく開ける。

 何もなく暗い浴室。しかし、異様に寒い。男がふと浴槽をのぞく。

 浴槽には大きな氷が浮いていた。




 
































「お待たせいたしました。それでは失礼いたします」


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