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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
3章 妹との旅路、水上都市ミレシア

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第75話 甘え上手な2匹と謎の称号

「さて……旅の準備といえば、やっぱりグラナート商会だよなー」


 ユウがぼそりと呟くと、ルゥが「ぴぃ」と短く鳴いた。隣ではセレスが静かに尾を揺らし、淡く光る青白い尻尾がふわりと弾ける。その光は朝日の中に溶け込み、まるでユウの帰還を歓迎してるようだった。


「それに、グラナートさんにも挨拶しておきたいしな」


 ユウは、いつもの湖畔をゆっくりと見渡した。水面は穏やかに揺れ、風が周囲の草を撫でている。見慣れたはずの光景――けれど、そのすべてがやはりどこか新しく見えた。


 この場所には、たくさんの思い出がある。

 ルゥとふたりで初めてたどり着いた日のこと。

 焚き火を囲んで話したこと。

 グラナートとの出会い、セレスが仲間になった夜。

 そのひとつひとつが、風景の中に染み込んでいる気がした。


 Ver.2.0の光に包まれたこの湖畔も、確かに思い出の続きにあった。変わったのは世界の形であって、ここで過ごした時間は消えていない。


 ユウは小さく息をつき、柔らかな笑みを浮かべる。


「……よし、それじゃあ行くか」


 ユウはルゥとセレスに声をかけて歩き出した。

 しかし、背後から小さな気配がふたつ、ついてこない。

 足元の草が揺れる音だけが、静かに耳に届いた。


「ん? どうした?」


 振り返ると、ルゥとセレスが揃ってこちらを見上げていた。

 ルゥは赤い瞳をキラキラさせて、後ろ足で立ち上がり、前足を伸ばす。

 まるで抱っこをねだる子どものような仕草だった。


 セレスはというと、その隣で一度視線を逸らし、ルゥの様子を確認した後、少し照れたように尻尾を揺らしながら、同じように前足を上げた。


「……おいおい。セレスまで」


 ユウは思わず苦笑した。

 いつも落ち着いて見えるセレスが、こんな甘え方をするなんて。けれど、思えば当たり前のことかもしれない。二日もログインできなかったのは初めてだったのだ。

 きっと、ルゥもセレスも、まだまだ甘え足りないのだろう。


 そのことを思うと、胸の奥がやわらかくなる。


「よしよし。……ふたりともおいで」


 両腕を広げると、ルゥが勢いよく飛び込んできた。

 続いてセレスも静かに身を預け、二匹の体温がユウの胸の前で重なる。


 セレスはユウの腕の中で、まるでお姫様抱っこのように身体を預けている。

 その柔らかな毛並みの上に、ルゥがちょこんと乗るようにして身体を丸め、もふもふの胸元に体を埋めていた。蒼白い光の毛並みと、仔竜の銀の鱗が重なり合い、まるでひとつの生き物のように見える。


 そんな二匹の状態を見て、ユウは思わず吹き出した。


「……お、おまえら……鏡餅かよ」


 当の本人たちは気にする様子もなく「ぴぃぃ」と満足そうな声と小さくちょっと恥ずかしげな「……コン」とした音が重なった。


 笑いながら、ユウは二匹をしっかりと抱き直す。

 その温もりが胸の奥にじんわりと広がっていくのを感じながら、改めてヴェルムスに向かって歩み始めた。



 草を踏みしめるたび、露が小さく弾けた。丘の上から吹く風が頬を撫で、三人の影を長く伸ばしていく。湖畔からヴェルムスへと続く道は、ところどころでアップデートの影響なのか、変わった新しい草花が混じっていた。


「なんか、少し道の雰囲気も変わってる気がするな。より鮮やかになったというか」


 ユウがぽつりと呟くと、胸の中のルゥがウトウトしながら小さく「……ぴぃ」と鳴く。セレスの毛並みに顔を埋め、もふもふの感触に包まれているうちに、まぶたがとろりと重くなっていく。喉の奥から、かすかな寝息のような音が漏れた。

 セレスはそんなルゥを抱きかかえるように体を少し丸め、ユウの腕の中で静かに体を預けている。


 ユウはそんなふたりの様子に目を細めながら、歩をゆるめた。


「……そういえばな」


 穏やかな声で切り出す。

 セレスがわずかに耳を動かし、ユウの顔を見上げた。


「このあとの旅なんだけど、妹と合流しようと思ってるんだ」


 ルゥはその言葉を聞いたのか、寝ぼけたように「ぴぃ……」と鳴いた。

 セレスは静かに瞬きをして、ほんの少し首を傾げる。


「前に少し話しててな。一緒に旅してみようかって」


 ユウは小さく笑って、二匹に尋ねる。


「ルゥとセレスがいいなら、一緒に行きたいんだけど……どうだ?」


 セレスはユウの腕の中でゆるやかに尾を揺らした。毛先が太陽の光を受けて淡くきらめく。やがて小さく息を整え、喉の奥で澄んだ音を響かせた。


「……コン」


 続いて、セレスの毛の中からルゥが寝ぼけ眼のまま「ぴぃ」と小さく返す。そのままルゥは、もぞもぞと体を動かしながらユウの胸元へ顔を寄せ、頬を押しつけるようにグリグリとすり寄ってくる。小さな鼻先が服の布地を押し上げ、温かな吐息がかすかに当たった。まるで「ユウがいるなら、なんでもいい」と言わんばかりの仕草だった。


 ユウは思わず口元を緩めた。


「……はは。頼もしいな、お前らは」


 そう言って、二匹をぎゅっと抱きしめ直した。

 毛並みと鱗の温もりが掌に広がり、胸の奥がやわらかくなる。


 丘の向こうには、ヴェルムスの街並みが小さく見え始めていた。

 青と白の街並みが光を受け、遠くからでもはっきりと輝いている。

 その景色を眺めながら、ユウは小さく息を吸った。



 ヴェルムスまであと少しのころだった。


 足元の草がざわめき、遠くで鳥の群れが舞い上がる。街の鐘がゆるやかに響き、ヴェルムスが目を覚ましつつあるのがわかる。風に乗って、露店にある香辛料の匂いまでかすかに届いてきた。


「よし。もうすぐだな」


 ユウがつぶやき、腕の中のふたりに目を落とす。

 ルゥは完全に寝落ちていて、セレスも気持ちよさそうに目を細めていた。

 その穏やかな寝息のリズムに、ユウの心も自然とゆるんでいく。


 ――そのときだった。


 空気を割るように、耳慣れた電子音が鳴った。


 ピコン。


「……ん?」


 ユウの視界に、淡い光のウィンドウがふわりと浮かぶ。朝日を透かしたような光の粒が、その周囲を漂っていた。まるで世界そのものが、息をひそめて見守っているかのように静かだった。


 【特殊な条件を達成しました】


「……特殊な条件?」


 ウィンドウがゆっくりと展開されていく。

 スクロールする光の帯。その中央に、奇妙な文字列が現れた。


 ――称号|《?∨??∂⟠ωη ?◎ЯΣのお気に入り》を獲得しました。

 ――効果:????????????????


「……は?」


 ユウは思わず声を漏らした。


 意味の分からない称号。

 文字化けのような記号と、説明のない効果欄。

 おまけに獲得条件すら表示されていない。

 ただ、何かのお気に入りになっていることだけが分かる称号だった。


「……なんだこれ。なんかのイベントか?」


 思わずウィンドウを凝視して確認するが、詳細は一切なし。

 ウィンドウを操作してみても、特にプラスで確認できることもなし。

 バグでもなさそうだが、どう見ても普通じゃない。


 ルゥが胸元で小さく身じろぎし、セレスが薄く目を開ける。

 ふたりの視線が同時にウィンドウに向けられた。


「……お前らも見えてるか?」


 問いかけに、ルゥが「ぴぃ!……」と小さく鳴き、セレスは静かに首を傾げた。

 その反応を見て、ユウは苦笑いを浮かべる。


「ま、いいか。わからないなら気にしても仕方ないな」


 そう言ってウィンドウを閉じる。

 光が静かに消え、風の音だけが戻ってきた。


 気づけば、ヴェルムスの門がすぐそこに見えていた。

 人の声と市場の喧騒が、少しずつ近づいてくる。


「よし……グラナート商会に行くか」


 ユウは笑みを浮かべ、腕の中のふたりを軽く抱き直した。

 太陽の光が三人の背を照らし、淡い金の粒が風の中に舞った。

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( ゜д゜)
おいこら最上位AIさん何お茶目なことしてんのw
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