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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣

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第44話 依頼と抜け毛の価値(前編)

 セレスの手入れ道具を手に入れたあとは、同じ階にある調理道具を見て回ることにした。


 手に残ったオイルの柑橘系の香りが、まだ指先にやわらかくまとわりついている。セレスは満足げに尾をゆらし、ルゥは「ぴぃ!」と胸を張る。どちらも手入れ道具に満足している様子がうかがえた。


「……よし、次はこっちを見ていこうか」


 ユウが視線を移した先には、調理道具の棚があった。二階は衣服や雑貨が中心だが、日々の暮らしを快適にする品も一緒に置かれている。


 黒く鈍く光る鉄板。魔力加工で軽量化された小鍋。熱に強い保存容器など、湖畔での生活に便利そうなものがたくさんあった。


「……この鉄板、重そうに見えるけど……お、意外と軽い」


 持ち上げると、手首が驚くほど楽だった。表面は細かな凹みがあり、油がなじみやすい。簡易の脚も付属しているらしいので、そのまま焚き火で使えそうだった。


「これは、良さそうだな。」


「ぴぃ!」


 ルゥが即答で賛成する。

 セレスは鉄板の横にぴたりと並び、蒼い瞳でじっと見つめていた。一階で買った肉を焼いている光景を想像しているとしか思えない、静かな期待の色。


「……よし、これは買おうか」


 ユウは苦笑し、鉄板を買うことに。ついでに小鍋と保存容器も購入することを決めた。保存容器は三つ。密閉する蓋は、ひねるとかちりと音を立てて固定される。スープでも煮込みでも、ちゃんと保存できるらしい。……ゲームのはずなのに、妙に現実的で感心してしまう。


 また、通路の端には椅子のコーナーがあった。目を引いたのは、角度を段階調整できるリクライニング式の一脚。金属の骨組みに、やわらかな布地の座面。肘掛けは木目が美しい。


 ユウは思わず想像する。焚き火のそばにこの椅子を置き、背もたれに体を預けて空を見上げる。膝の上にはルゥが丸まり、隣ではセレスが静かに頭を寄せてくる。手を伸ばせば、二匹の体温を感じながら夜風に吹かれる――そんな情景が脳裏に浮かんで、自然と頬が緩んだ。


「これに腰掛けてルゥとセレスを撫でてたら……時間の感覚なんて、あっという間に飛んでいきそうだな」


 ちょっと苦笑しつつ、実際に座ってみる。背に体重を預けると、ふっと身体が受け止められる。火のはぜる音、夜風、星。頭の中に、まだ見ぬ夜の光景が自然に浮かんだ。


「最高だな……これも買っちゃおう」


 椅子を買うことを決めたユウの隣で、ルゥが尻尾をぶんぶん振る。セレスは落ち着いたリズムで尾を揺らした。二匹の合意は、いつも早い。


「これで一通り買い物は済んだかの?」


 白い髭を撫でながら、グラナートが声を掛けてきた。


「……はい。ひとまず、必要なものは全部そろったと思います」


 そう答えながらも、ユウは胸の内に少しばかりの引っかかりを覚えていた。これほどの量を、しかも高品質な道具ばかりを、すべて支払ってもらってしまっていいのか。


「ただ……これだけの量をすべて払ってもらうのは、正直、申し訳ないというか……」


 ユウが言葉を濁すと、グラナートは重々しく頷いた。


「ふむ、そう思うのも無理はないか。ならば――少し話を変えるとしよう。依頼の話をしておかねばなるまい」


 そう言って会長は背筋を伸ばし、扉の方へ視線を向けた。


「場所を移すぞ。四階の応接室で話すとしよう」


 グラナートが先導し、それについていくと四階に到着した。四階は商会の特別な階層。応接とサロン、静かな交渉のために設けられた場所だという。


 そして応接室の扉が開くと、深い色の木の香りが満ちた。壁には高価そうな絵画、窓の向こうに大都市ヴェルムスの屋根が折り重なる。

 柔らかなソファに腰をおろすと、座面の沈みが身体の緊張を吸い取っていく。ルゥとセレスはユウの隣に並んで丸くなり、目だけをこちらへ。


「さて。依頼の前に、一つ整理しておきたい」


 グラナートは指を組み、静かに切り出した。


「――蒼の幻獣の抜け毛の件じゃ」


 ユウは背筋を正す。外見はこれまでと変わらずにこやかだが、商売の話となると、その声音には自然と重みが滲んでいた。


「今回、仮に値をつけるなら――このくらいが“暫定”じゃろう」


 提示された数字に、ユウは息をのむ。


「……えっ!? こ、ここまで?……」


 想像よりずっと上だった。

 今日まとめて買った、ルゥやセレスの手入れ道具、鉄板や鍋、保存容器や椅子――その合計額を優に超えるほどの値。まさか、ブラッシングで取れた抜け毛にここまでの価値がつくなんて、ユウには信じられなかった。


「ただし、これはあくまで暫定の値じゃ」


 グラナートは言葉を重ねる。


「加工や研究が進めば、さらに跳ね上がる可能性もある。……なにせ蒼の幻獣の素材じゃからな」


 横を見る。セレスはいつも通り首を傾げ、尾をゆっくり揺らしている。その癒やしの仕草が、ユウの胸の驚きをほどく。


 ユウは手を伸ばし、毛並みをやさしく撫でる。昨日も今日も変わらない、やわらかな感触。セレスは目を細め、頬を寄せた。その瞬間、ルゥが「ぴぃ!」と割り込み、前足でユウの膝をぽすぽす叩いた。――どうやら「自分も撫でろ!」と言いたいらしい。


 ユウは少し考えてから口を開いた。


「――でしたら、こうしませんか」


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