第22話 【攻略組視点】雪原の決戦、咆哮の果てに
三つの影が、村を出発した。
《煌光の翼》《黒翼の誓約》《アトラスの残火》
正式リリース後、初となる攻略ギルドによる合同作戦。
目的は、北方の霧の向こうに広がる雪原エリアの調査――そして、その中心に出現した黒い影の正体を確認し、可能であれば討伐することだった。
「斥候部隊、配置完了しました。ナギから通信、第一観測地点までは異常なし。霧の密度は徐々に減衰中とのことです。」
「よし、各隊、予定通りに進軍しろ。最初は《煌光の翼》が先行する。ついて来い」
ユリウスの指示で、各ギルドが動き出す。
初期村の北端を抜け、霧の山道を進み、そして――
彼らが踏み入れたのは、未だ誰も足を踏み入れたことのない白銀の大地だった。
風は冷たく、足元は雪に沈む。
ここは、明らかに今までのフィールドとは異なる“特殊エリア”だった。
「……マップがバグってるな。表示が止まってる」
「ログは正常だが、この特殊エリアの影響でマップが真っ白になってる。情報そのものが拾えない」
各プレイヤーのUIにも表示される“エリア異常”の警告。
周囲の雪原一帯は、常時「凍結エリア」に指定され、視界は大幅に制限されていた。
気温の影響でスタミナはいつもより消耗し、移動速度にも軽微なデバフがかかる。
「ナギ、斥候班の状況は?」
《今のところデバフ以外の異常なし。ただし、遠方に……黒い影、確認。》
通信の向こうで、ナギの声に緊張が走る。
《狼のような……いえ、それよりも、もっと……大きい》
ユリウスが立ち止まり、前方を見つめる。
「なにか、来るぞ……」
そして、次の瞬間。
――咆哮。
地が揺れ、空が震え、吹雪が視界を裂いた。
通知ウィンドウに、赤文字の警告が走る。
【通知】
《雪原の女王フロストウルフ》が出現しました。
フィールド効果【冷気暴走】を検出。
凍結耐性チェックを開始します。
咆哮による視界制限+20%。
戦闘フェイズに移行します。
誰かが息を呑む。
「来たぞ……!」
吹雪の向こう。
ゆっくりと、黒い影が歩み寄ってくる。
四足歩行。異常に長い尾。鋭く光る双眸。
雪を纏った銀の体毛に、氷結の冠のような角――
それは、かつて誰も見たことのない――巨大な狼だった。
「間違いない。あれが……フィールドボスだ!」
ユリウスが叫ぶ。
「前線展開! 《黒翼の誓約》は右斜めから接敵! 《アトラスの残火》は後方支援体制!」
「任せろ! 《黒翼の誓約》は、俺に続けッ!」
「了解よ。補助バフ展開。凍結解除ポーション、前線に投下!、急いで!!」
雪原に広がる三つの陣。
各ギルドは既に部隊を編成しており、即座に戦闘体制へと移行していた。
咆哮とともに放たれる冷気ブレスを、《煌光の翼》の前衛担当レオンが正面で受け止める。
「ぐっ……重っ!? マジか、これがフィールドボス……!」
レオンの盾が氷に包まれ、後方に大きく弾かれる。
「レオン、後退! ヒール入れる、踏ん張れ!」
「すまん、まだいける! だが一発でこれかよ……前衛、潰しに来てんじゃねえか……!」
そこへ、《黒翼の誓約》の突撃部隊が左右から同時に斬り込む。
「左脚いくぞ、刃通るかチェック!」
「了解、速攻で試す! ……っ、浅いな! かなり防御力高いぞ、正面は固すぎる!」
「じゃあ背中だ、回り込め! 凍結食らう前に決めるぞ!」
《アトラスの残火》は、その後方で冷静に全体の支援と回復に徹していた。
「前線、スタミナ30%以下は申告して。バフ更新は30秒サイクル、凍結解除ポーションはあと5本よ!」
「右前脚、若干動きに遅れあり! 後衛班、狙えるか?」
「やってみる! 範囲魔法いくぞ、カウント3、2、1――!」
また、戦場から少し離れた高所では、ナギ率いる斥候班が視界情報をリアルタイムで送信していた。
「冷気ブレス、次来ます! 前方5秒以内、広域展開!」
「散開優先! 回復班下がれ、前に出すぎだ!」
「……ちっ、吹雪が濃くなってきた。視界かなり低下」
「チャットはタイムラグが危険だ、後衛はもっと声出せ!視界外の味方にも声を飛ばせ!」
ユリウスが全体に再び指示を飛ばす。
「全体冷気、また来るぞ! 足元に魔法陣! 防御魔法、できるだけ集中しろ!」
「確認したわ! 《アトラスの残火》支援班、氷結結界張って!」
「突撃班、一斉に離脱しろ! タイミングずれると一掃されるぞ!」
咆哮が再び響き、雪煙が宙を舞う。
「このタイミングで吠えるとか、AI、戦い慣れてやがるな……!」
「これは……誘導か? ヘイト分散してるぞ!」
「うちの前衛が持ってかれる! 誰かスタン入れられるか!?」
「無理だ! 状態異常耐性持ってるのか、レジストがバカ高い!」
「なら、火力集中で転倒狙うしかねえな……!」
押されながらも、各ギルドは必死にくらいついた。
一撃ごとに体勢を崩され、指示も通りにくくなっていく中――それでも前線は、崩れなかった。
三つの戦旗が、銀の嵐の中で交差する。
氷のフィールドを駆ける三つの影。
各ギルドの連携は見事で、デバフ解除と支援のタイミングも寸分の狂いなく噛み合っていた。
しかし、フロストウルフは、咆哮によって足を止め、氷牙の突進で陣形を崩す。
そのたびに悲鳴が上がり、雪原には少しずつ倒れ込むプレイヤーが増えていった。
それでも、誰も諦めなかった。
この戦いの先には、まだ見ぬ都市がある。誰よりも先に、フィールドボスを討伐し、次の舞台に辿り着く。その誇りと栄誉が、攻略ギルドたちの原動力だった。
そして――
「決めるぞッ! 全体火力、集中ッ!」
ユリウスの号令が、戦場全体に響く。
瞬間、三ギルドの火力班が一点に照準を合わせた。
斬撃、魔法、弓、爆発。あらゆる攻撃が、凍てついた巨体に収束する。
雪原が爆ぜ、氷が割れ、光が走った。
そして、咆哮が、止んだ。
フロストウルフ――その巨体は、静かに雪の中へと崩れ落ちた。
【ログ】
《煌光の翼》《黒翼の誓約》《アトラスの残火》がフィールドボス《雪原の女王フロストウルフ》を討伐しました。
新たな拠点《大都市ヴェルムス》が開放されました。
瞬間、戦場に歓声が湧き上がる。
「よっしゃああああああ!!!」
「やった、マジで倒したぞ!!」
「フィールドボス討伐ログ、確認! 全員、生きてるか!?」
凍結で硬直していた前衛がその場に膝をつき、後衛たちが肩を叩き合う。
誰かが拳を突き上げ、誰かが倒れ込むようにして笑った。
「……これで、終わったんだな」
「おい、今ログ見た? 拠点解放って……マジかよ」
咆哮が止んだことで、吹雪が収まり、視界が開けた。
――その先に、見えたのは。
白い靄の奥から現れた、荘厳で巨大な石門。
そして、その奥に広がる、白と青を基調とした大都市の姿だった。
塔と橋が交差し、区画ごとに構造の異なる大都市。
その名は、《大都市ヴェルムス》。
《Everdawn Online》において、初めてプレイヤーが到達した第2の拠点だった。
「……これが、“次の拠点”か」
誰かが言う。
「拠点ってレベルじゃねぇな……」
街の広さに、全員が息をのんだ。
そこには、かつて誰も見たことのない規模の構造物と、複数のクエストフラグ。
そして、プレイヤーが未だ到達していない“新しい日常”が広がっていた。
「はは……ここからが、《Everdawn Online》の始まりってか」
誰かがぽつりと呟いた。
雪原の女王を討伐し、拠点ヴェルムスを開放した3ギルド。
その名は、この日を境に全プレイヤーの記憶に刻まれることになる。
そして、誰もが知ることになるだろう。
この世界は、まだ始まったばかりだ――と。




