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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
1章 焚き火の始まり、仔竜との出会い

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19/81

第18話 【運営視点】観察対象、更新中

 日曜の朝。

 《Everdawn Online》運営本部のGMルームには、少しだけ緩んだ空気が流れていた。


 朝焼けに染まる窓際のモニターのそば。数名のGMスタッフが、夜通しの業務を終えたあとに訪れる束の間の静けさを味わっていた。


「……《黎明の宴》、なんとか無事に終わったな」


「戦闘部門、後半のログ量すごいな。この規模でトラブルが出なかったのは奇跡だよ」


「知識部門、クイズよりクラフト再現系のほうが投稿伸びてたな」


「キャンプ部門も面白かったな。癒しタグが上位食い込んでたの意外だった。焚き火料理、毎回見てたわ」


「ああ……”キャンプおじさん”だっけ?確かに癒されるよなー」


「そうなんだよ、なんというか疲れが溶け出す感じ」


 スタッフたちがデータを見ながら口々に語る中、上級GM神谷は一人、手元の端末を操作していた。

 開いているのは――《R-Class_α1》の専用ダッシュボード。


 そう。あのプレイヤー。

 名前は《ユウ》。コード名は、観察対象R-Class_α1。

 戦闘ログゼロ。だが肩に乗る銀の仔竜は、データベース上に存在しない“未確認存在”。

 すでにリリース直後から、彼は“特異対象”として内部記録されていた。


「……スコアは非公開設定か」


 神谷が呟いた画面には、今回のイベント投稿履歴が表示されていた。

 タグ評価は「香り豊か」「癒し系」「自然との調和」などで統一されており、注目投稿に選ばれた回数は合計5回。

 全て焚き火料理。自然背景と調和した光景が、高い評価を得ていた。


 スコアは一切表示されていない。

 だが、その影響力は確かに、イベント全体の流れに痕跡を残していた。


 神谷は内部用のスコア分析タブを開く。

 そこには、Everdawn Core側で算出されたプレイヤー評価が並んでいた。


【Everdawn Core補助評価】

 ・行動傾向:野営/創造/自然適応

 ・自然適応率:S

 ・調理評価:S-

 ・視覚構成評価:A+

 ・独創性:S

 ・信頼形成傾向:検出ログあり


 → 発行記録:エクストラスキル《開拓者の調理術》/発行元:Everdawn Core自動評価ルート


 神谷の手が止まる。

 その横で、GM補佐の川口がファイルを覗き込んだ。


「え、ちょっと待ってください。エクストラスキルって、もっと上位コンテンツの報酬じゃ……? これまで誰にも出てなかったですよね?」


「ああ。“存在はしているが、現在の取得者はゼロ”。そんなスキルだ」


「しかもこの《開拓者の調理術》って、戦闘系じゃないですよね。というか……野外調理で、モンスターとの関係が良くなる?」


「そう、それが問題なんだ。“効果文そのもの”が、開発のテンプレートにない。

 この“モンスターとの関係向上に影響する可能性あり”って一文――どうもEverdawn Core側が独自に付け加えたっぽい」


 モニター上には、淡い光のウィンドウが浮かんでいた。そこには、Everdawn Coreによって発行されたスキルの正式データが記されていた。


《開拓者の調理術》

 カテゴリ:エクストラスキル

 内容:自然由来の食材を用いた創造的調理に対し、高い適応性とボーナスを与える。

 効果:

 ・野外調理における状態変化の発生率減少

 ・料理効果持続時間の延長

 ・モンスターとの関係向上に影響する可能性あり

 取得条件:非公開


「……つまり、あの焚き火料理。Everdawn Coreは、あれが“モンスターとの関係性を変えうる何か”だと判断したってことですか」


「ああ。運営じゃなく、Everdawn Coreが、あの焚き火料理を価値あるものだと判断したんだ。」



 神谷はゆっくりと席を立ち、モニター越しにログを眺めた。


 スコアに残らず、目立ったエフェクトもない。

 けれど――ユウが焚いた火は、静かに、確かに、誰かの中に残っている。


「R-Class_α1――“ユウ”。引き続き、監視対象として記録を継続する。

 ただし……干渉はするな。これ以上は、“こちらの判断”が及ばない領域だ」


「了解しました」


 川口がタグを更新する。


【観察対象|R-Class_α1】

 状態:継続監視中

 備考:Everdawn Coreよりスキル自動発行

 コメント:料理行動と対モンスター関係性変化の相関検証中


 ウィンドウにそのログが保存されたとき、神谷はそっと息を吐いた。


「癒し目的のプレイヤー、か……。この世界は、誰に何を渡すのか、本当に分からないな」

「……だが、だからこそ面白い」


 誰も足を踏み入れぬ森の奥。

 誰にも見つからぬ焚き火に、小さな火が今日もまた灯る。


 その火は、誰かの心を、そして世界の仕組みすら――静かに変えはじめていた。


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