21 ギブアンドテイク
パペットが床に落ち、みずち姫は半透明の黒い大蛇の姿となって、大きな口をガッと開いた。
「この若人が無念の思いを残して死んだことを奇貨として、お主らの新しい住処を見つけるために利用したであろう!」
言われた河童は、ケケケーと甲高い声で笑った。
「如何にも利用はした。しかし、人の世では、それが当然と聞いたぞ。与えた分だけは貰ってよい、とな」
「貰うというより、お主のやったことは、奪う、じゃ。ええい、もうよいわ」河童の後ろのほむら丸に向かい「犬神よ、少々灸を据えてやるがよい!」と吼えた。
ほむら丸は「心得た!」と応じると、こちらもパペットを落とし、オオカミの形の青白い炎となった。しかも、先ほどスイートルームでみずち姫と言い争った時より、倍ほどの大きさに膨らんでいる。その炎の一部が細く伸び、チロチロと河童の背中を炙った。
人間にはほんのり温かい程度のほむら丸の炎も、河童は業火に焼かれた如く、「ギャーッ!」と悲痛な叫びを上げ、店の奥側に逃げ出した。こちらを向いたその背中の甲羅は、プスプスと音をたてて焦げている。
だが、奥の壁に逃げ込もうとした河童は、その手前で見えない何かに激突し、ドーンと弾き返され、「グエッ」と呻いて尻もちをついた。
その様子を見て、みずち姫は勝ち誇ったように河童を詰った。
「愚か者! わらわの半結界が、お主如きに越えられるものか。観念せよ」
さらに何か攻撃を仕掛けようと構えるみずち姫とほむら丸を、しかし、主人である風太が止めた。
「やめなさい! ぼくは、河童と話したいだけだ」
その瞬間、二体の式神の注意が逸れたのを見逃さず、河童は奥に向かって「者ども、集えーっ!」と叫んだ。
見る間に奥の壁から黒い影が何体も何体も出現し、十数匹の河童の姿となった。奥の一角を埋め尽くした彼らのぬめった体から、ぷんと磯の香りのような異臭が漂ってくる。
倒れていた最初の河童も立ち上がり、憎々しげにこちらを睨んだ。
最早闘う気満々の二体の式神の前に、アルカイックスマイルの風太が割り込んできた。
「争う気はないんだ。ぼくの話を聞いてくれ」すぐに後ろを振り向き「おまえたちも落ち着きなさい」と二体の式神を宥めた。
だが、最初の河童は「ふざけるな!」と叫んだ。
「わしらにとって、ここはようやく見つけた安住の地。易々と追い払われてたまるか!」
だが、風太は笑顔で首を振った。
「ちっとも安住の地じゃない。今は海外旅行中らしいけど、やがて斎条さんが戻って来る。彼がきみらの存在に気づけば、斎条流の強烈なお祓いをかけられる。とても居られないよ」
斎条流という言葉か、お祓いという言葉か、あるいはその両方なのかもしれないが、河童たちに明らかな動揺が走った。それでも、最初の河童だけは強がった。
「ふん。そうなれば全力で争うのみ。わしらが祓われるか、その斎条とか申す拝み屋が命を落とすか、二つに一つじゃ!」
風太は笑顔で手を振った。
「よそうよ、そういうの。どっちも何の得もない。さっき、ギブアンドテイクの話をしてたじゃないか。要は、きみらが安心して住める場所があればいいだけの話さ」
「何じゃと?」
「取り引きしよう、ってことさ」風太はニヤリと笑った。




