15 時空の断層
一触即発の危機を救ったのは、室内電話のベルの音だった。
風太は二体の式神の間に割って入ると、わざとゆっくりした声で広崎に頼んだ。
「慈典、悪いけど、今ちょっと目が離せないから、電話に出てくれないかな」
「わ、わかった」
広崎もホッとしたように受話器を取った。
「あ、いえ、広崎です。えっ、加山マネージャーが。はい、わかりました。ちょっと聞いてみます」
広崎は、受話器を手のひらで押えた。
「風太、伊藤課長からだけど、加山マネージャーが高熱を出したらしい。早退するように勧めたら、夜の現場検証まで待たないといけないからって、帰らないんだって。今は別室で休ませてるそうだ」
「ちょっとクスリが効き過ぎたかな」
「え?」
「いや、何でもない。すぐにぼくが行くから、部屋番号を訊いといて」
「わかった」
広崎が部屋番号を尋ねている間、風太は二体の式神の両方に向かって諭すように言った。
「聞いてのとおり、緊急事態だ。ぼくが行って処理しないといけない。君たちも、こんなところで本性を剥き出しにしないで、一旦、隠形(=姿を見えなくすること)してくれないか?」
ほむら丸はすぐに「御意」と応え、炎を小さく縮めて男の子のパペットに吸い込まれるように消えた。
風太は、形を崩さない黒い大蛇に、君はどうするの、とでも言うように、笑顔で首を傾げて見せた。
「わらわはイヌめと同じ袋はイヤじゃ」
「そうか。じゃあ、ほむら丸、いや、ポールくんは慈典に預けよう。慈典、いいかな?」
いきなり話を振られ、広崎は驚いた顔をしたが、みずち姫よりマシだと思ったのか、「あ、ああ、いいとも」と頷き、男の子のパペットを抱き上げた。仄かに温かい。
「姫、これでいいかな?」
「致し方あるまいのう」
黒い影のヘビも、スーッと女の子のパペットに吸い込まれた。同時に、部屋全体の冷気も消えた。
女の子のパペットを自分のショルダーバッグにしまうと、風太は「で、部屋は?」と広崎に尋ねた。
「同じ階だよ。ただし、今おれたちがいる北棟じゃなくて、南棟の方だ」
二人は部屋を出ると、一旦エレベーターホールを通りすぎて、反対側の棟に向かった。
「こっちの奥のだよ」
広崎について歩いていた風太の足がピタッと止まった。少し後退り、また、少し前に進んだ。
自分の後ろにいたはずの風太がついて来ていないことに気づき、広崎は「どうしたの?」と声をかけた。
風太は何故か、部屋と部屋の間の壁を見つめ、「なるほど」と呟いた。
風太がそこから動かないため、広崎が戻って来た。
「どうしたのさ?」
「あ、うん。ちょっと確認したいんだけど、42号室ってないの?」
「え? ああ、そうだよ。縁起が悪いからって、最初から造らなかったらしいよ」
「全部の階で?」
「ああ、全フロアだよ。でも、番号が飛んでるだけで、別に隠し部屋があるわけじゃない。そんなに壁を見つめたって、ひび割れがあるわけでも」
ない、と言う前に、広崎の持っているパペットから「いや、ありまする」と声がした。
広崎はビクッとして取り落としそうになり、あわてて持ち直した。
「われが魔界側よりこの建物を見ましたところ、かなり大きな裂け目がござりましたぞ」
風太は、もう一度「なるほど」と頷き、広崎に訊いた。
「この真下をずーっと一階まで降りると、どの辺りになる?」
「うーん、コーヒーラウンジの奥辺り、かな」
風太は歯を見せて笑い、右手の人差し指で壁をさした。
「ビンゴ!」
一瞬、壁に人影のようなものが浮かび、ユラユラと揺れながら消えて行った。




