第20話:崩れ落ちる序列と、不器用なカーテンコール
醜悪な変貌
自慢のキメラを解体された蒐集家ヴェルトは、怒りで顔を赤黒く歪ませていた。
「許さない…許さないぞ! 僕のコレクションを、僕の芸術を! ナンバー9であるこの僕を愚弄するなぁ!」
ヴェルトは懐から複数の注射器を取り出し、自らの首筋に躊躇なく突き立てた。
「こうなれば、僕自身が最強の芸術作品になるしかない! 見ろ、これがギフト《生体合成》の真髄だ!」
ヴェルトの肉体が異様な音を立てて膨張した。スーツが弾け飛び、皮膚が鱗に変わり、背中からは蜘蛛のような足が生え、右腕は巨大なカマキリの鎌へと変貌する。それはもはや人間ではなく、あらゆる魔獣の悪意を煮詰めたような醜悪な怪物だった。
「ギシャアアア! 素晴らしい! 力が溢れる! さあ、その地味な女から食い殺してやる!」
醜い怪物が、檻の中の子供たちにも見える場所で、涎を垂らしながら咆哮を上げた。子供たちは恐怖で悲鳴を上げ、身を寄せ合う。
不器用な優しさと瞬殺
コウは、その光景を見て、不快そうに眉をひそめた。
「サラ。後ろを向け。あと、子供たちの目も塞げ」
「え…? はい!」
サラはコウの意図を察し、すぐに子供たちの檻の前に立ち、背を向けて魔法障壁を展開し、視界を遮った。
「なになにィ? 怖気づいたのかい? 今更見ないようにしたって、絶望の悲鳴は聞こえるよォ!」
ヴェルトが嘲笑いながら、巨大な鎌を振りかざして突っ込んでくる。
しかし、コウは一歩も動かず、ただ冷徹に呟いた。
「違う。教育上、効率が悪いと言っているんだ」
コウは、手にした《能力奪取の短剣》を逆手に持ち、魔力を極限まで圧縮した。
「そんな趣味の悪い姿を子供に見せれば、トラウマになって将来的な精神ケアのコストがかさむ。だから」
コウの姿がブレた。 次の瞬間、彼はヴェルトの懐に飛び込んでいた。
「一瞬で退場してもらう。《術式強制剥離》」
コウが短剣をヴェルトの核となる胸の魔石に突き立てる。短剣の能力が、ヴェルトの《生体合成》の維持魔力を強制的に吸い上げ、同時にコウの氷結魔術が体内に流し込まれた。
「ガ…、ァ…?」
ヴェルトの動きが止まる。膨れ上がった肉体は急速に崩壊し、ただの小柄な男の姿に戻りながら、全身が氷漬けにされていった。
「僕の…芸術…が…」
ヴェルトは、何が起きたのか理解する暇もなく、氷像となって床に転がった。子供たちの悲鳴が上がる前に、全ては終わっていた。
確定する操り人形たち
静寂が戻った実験室で、コウは氷漬けになったヴェルトの懐を探り、通信用の魔道具と手帳を回収した。
「サラ、もういいぞ」
「あ、ありがとうございます…コウさん、怪我は?」
「ない。それより、これを見ろ」
コウはヴェルトの通信記録を解析し、冷徹な表情をさらに硬くした。そこには、Rブレッドクランと協力者たちの詳細なやり取りが残されていた。
『定期報告:協力者ヴィンセント王子より、裏帳簿のデータ受領完了。報酬として偽の経済効果データを渡す』 『定期報告:協力者勇者ガゼルより、孤児の輸送ルート確保完了。報酬として違法薬物を精力剤と偽り配布』
サラは悲痛な面持ちで口元を覆った。
「そんな…お二人が、ここまで深く…」
「彼らは完全にクランの手のひらで踊らされているな。自分たちが何をしているかすら理解せず、目先の利益と効率ごっこのために、子供たちを売り渡したわけだ」
コウは手帳を閉じた。かつての婚約者とリーダーが、ここまで堕ちていたという事実は、コウの中にあったわずかな情けすらも完全に凍結させた。
「行くぞ、サラ。子供たちを安全な場所へ移したら、次は情報屋への報告だ。そして…」
コウは王城の方角を見据えた。




