第19話:『ナンバーズ』の序列と、歪なコレクション
幹部の証明
実験室の扉を粉砕して現れたコウに対し、蒐集家ヴェルトは驚くどころか、愉悦に歪んだ笑みを浮かべた。
「おやおや、勇者ガゼルを退けたのかい? まあ、あいつは所詮、我々が用意した『御神輿』だからね。壊れても替えがきく」
ヴェルトは、指にはめた大量の魔石の指輪の一つを撫でた。
「だが、僕は違うよ? 君たちのような田舎者は知らないだろうが、Rブレッドクランには**『ナンバーズ(数字持ち)』**と呼ばれる、選ばれし10人の最高幹部がいる」
ヴェルトは胸元のバッジを誇示する。そこには**『IX(9)』**の数字が刻まれていた。
「僕はナンバー9、『蒐集家』ヴェルト。ナンバーズの一人は、単騎で**災害指定魔獣**に匹敵する力を持つ。たかが元Sランク冒険者程度が、足元に及ぶ存在じゃないんだよ」
序列の実力:合成魔獣の軍勢
「見せてあげよう。僕の**『ギフト(特殊権能)』、《生体合成》**の芸術を!」
ヴェルトが指を鳴らすと、実験室の床が開き、地下から巨大な影が這い出してきた。それは、ライオンの頭、大蛇の尾、そして人の腕が無数に生えた、おぞましい怪物だった。
「行け、『合成獣4号』。不躾な客人をミンチにしておしまい」
キメラが咆哮を上げ、コウに襲いかかる。その速度は、先ほどのガゼルよりも遥かに速い。コウは氷の壁を展開するが、キメラの剛腕はいとも容易くそれを粉砕した。
「チッ…! 物理攻撃力が桁違いだ。これがナンバーズの実力か」
コウはバックステップで回避するが、キメラの蛇の尾が死角から襲い、コウのローブを切り裂く。
「ハハハ! 無駄だよ! 僕の作品は、あらゆる魔獣の長所を効率的に詰め込んでいるからね!」
サラの悲しみと解析
コウが防戦に回る中、サラはキメラの姿を見て、胸を締め付けられるような悲しみを感じていた。
(あの子たち…泣いてる…)
サラの目には、キメラを構成する素材となった魔獣や、もしかしたら含まれているかもしれない人間の、絶望的な魂の不協和音が見えていた。無理やり繋げられた魔力回路が悲鳴を上げているのだ。
「コウさん! …あの魔獣は、苦しんでいます! 回路が滅茶苦茶で…ただ暴れるように強制されているだけです!」
サラの叫びに、コウの目が細められた。
「…そうか。ヴェルト、お前の言う『効率的な詰め込み』とやらは、ただの雑な継ぎ接ぎだ。美学も機能性もない」
コウは、ヴェルトに向かって吐き捨てるように言った。
「そのふざけたオモチャを、解体する」
コウとサラの『最適解』
「サラ。俺に合わせろ。あのキメラの魔力回路の**『縫い目』**を狙う」
「はい! …見えます、あの子たちの、一番解けたい場所が!」
サラは両手を組み、祈るように魔力を放出した。 《至高の調律・鎮魂》。
サラの優しい光が、暴れ回るキメラを包み込む。それは攻撃ではない。キメラの中で喧嘩し合っている複数の魔力回路を、一時的に**「分離しやすい状態」**へと調整する補助魔術だ。
「な、なんだ? 僕の最高傑作の動きが鈍っただと?」ヴェルトが狼狽える。
その隙を、コウが見逃すはずがなかった。
「終わりだ。《術式解体・切断》」
コウは、先ほどの戦闘でチンピラの魔道士から奪い、解析していた『魔術解除』のデータを、サラの調律で攻撃用に転用した。 放たれたのは、物理的な刃ではなく、魔力の結合のみを断ち切る青い風。
風がキメラを通り抜けた瞬間。 巨大な怪物は、まるで砂の城が崩れるように、バラバラのパーツへと戻り、そして静かに光の粒子となって消滅した。それは、死ではあるが、苦しみからの解放だった。
蒐集家の焦り
「ば、馬鹿な…! 僕のコレクションを一撃で!? 貴様ら、何をした!」
ヴェルトの顔から余裕が消え、脂汗が滲む。ナンバーズとしてのプライド、そして自身の最強の武器を、あまりにもあっけなく否定された屈辱。
コウは冷徹に、一歩ずつヴェルトに歩み寄る。
「ナンバー9と言ったか。序列があるなら覚えておけ。俺たちの前では、お前の順位など誤差でしかない」
コウの左腕の刻印が、不気味に赤く輝き始めた。




