49話 冷却
何か意外なことが起こった時、結構頭を冷やして考えようとしますね、私。いやあ、勢いに乗ってやった方が上手く行くことも多々あったような……。特に色恋系は。
ふう。
やはり湯に浸かるのは佳い。
身体が温まると、頭が冷えるのだろうか。
初めての王都周りの狩から帰って来たら、ローザに埃で髪が傷みますと言われたので、夕食前だが風呂に入ることにした。
しかし、何て広い浴室なんだろう。微かに粗い肌理の石板を敷き詰めた床と浴槽が美しく、入るにはとても気持ちいいが……掃除が大変そうだ。
だけど、家事全般、何か手伝おうとすると、ローザに思いっきり断られる。メイド業に断固たる誇りを持っているからなあ。
今一度深く息を吐いて眼を閉じた。
瞼の裏にステータス表示がうっすらと見える。
既に生命力は緑一色の棒となっている。下段の魔力も9割強は緑。我ながら信じがたい回復振りだ。
詳細表示にして能力値を見る。
魔力欄は、1332/1534になっている。
確かに、これまでにない魔力の滾りを感じる。魔力上限値が1.5倍になった実感が伴ってきた。
待てよ──
霊格値8133。
ありえない。
この間見たときは5900位だったはずだ。
霊格が上がらなければ、魔力上限も上がらない。よって、数値的な矛盾はない……だが。
いきなり2千以上も上がるなんて。どういうことなんだ。
ダノンさんから、魔術師は霊格値が上がりやすいと聞いてはいる。俺も大体年間50程上がる。
霊格値が上がるいうことは、善いことを成したことになる。
もちろん何かした記憶もない。第一そんな暇などない。
だが、心の底では、納得しているのだ。当然だと。
さっぱりわからない、何が当然なのか。
なんか、思い出しそうな気もするのだが……。
まあ、そう言うことが俺の身に起こったことは、今まで何度もある。気にしてたら切りがない。
ん?
脱衣室に人の気配が?
浴室の扉が開いた。
「きゃあぁぁぁ。ラルちゃん、入ってたのう?」
「棒読みだぞ、アリー」
所々、躯の線が浮き立った薄手の浴衣を身に着けた姿で近寄ってくる。
「なによ! 王都一の美少女が、あられもない姿で入って来たのに、そんなつれない態度はないんじゃないの?!」
あられもない自覚はあるらしい。
「別に。前にも一緒に入ったろ」
風呂だけじゃなくて、河原でも暑くなったら裸で泳いでたよな。俺が魔術修行してる横で。
「それ、子供の頃でしょ!」
考えれば、5年以上前か。
「確かにな。で、大人になったアリシアさんは。お風呂場に何の御用でしょう?」
「ほら、ラルちゃんって。自分自身のことには無頓着じゃない」
「そうかな?」
「そうよ。だから、ラルちゃんの背中と綺麗な髪の毛を、しっかり洗って差し上げようかなと思ってさ」
「ふーん。そうか」
ザバーー。
「ちょっ! ちょ、ちょっとぅ!」
立ち上がったら、いきなりアリーが興奮し始めた。
「なんだ?」
「前隠しなさいよ」
指の隙間から凝視しながら言っても、説得力ないけど。
そのまま上がって、小さな椅子に背を向けて腰掛ける。
「それじゃあ、お願いします」
俺は俺で海綿を泡立てて、前を洗い始める。
背中も泡立ち始めた。
「華奢だし、白いし、肌つやつやだし。女の子みたいだよね。染みひとつ無いし、憎たらしーー」
「胸ないけどな」
「有ったら困るよ。勝てるとこなくなっちゃう」
「そんなことないだろ。尻は、俺よりデカいし……ローザ並みだよな」
「はぁぁあああ? ラルちゃんのどスケベ!!」
スケベじゃない男は居ません。
「ふっ、ふふふ。でも、ちゃーんと、ラルちゃんが見ててくれて良かった」
「何時でも俺の周りをうろちょろしてるからな」
「うろちょろって、セレナみたいに言わないでよ」
「そろそろ、頭をお願いしまァアアバボオア」
頭からお湯を掛けられた。
「ふふふ、了解」
「冷た!」
湯じゃない何かを頭に掛けられた。
「これ、シャンプーって言うんだって。やっぱり、王都は進んでるよね。ほら、泡立ちが全然違うでしょ」
「へえ、液体の石鹸なのか?」
「うん。髪の毛に良いんだって」
ガサガサ擦られるが……。
「うーん。あんまり泡立たないわね」
「そういうのは、1回手に受けて、泡立てるんじゃないのか?」
「なるほど……おおぅ。できたあ。よかったぁ」
「良かった」
さっきと違って、ちゃんと洗えている気がする。
「どう?」
「どうって……俺の髪で実験してるのか?」
「そ、そそ、そっ、そんなこと、ないよ」
わかりやすいヤツだ。
「まあ、感じは良いけどな」
「そう?」
誰かに頭を洗って貰うのは、何て言うか甘美だ。
幼い頃は、毎日ローザに洗って貰っていたんだった。いつからか自分で洗うようになったけれど。
柔らかく、満遍なく、優しく洗い上げて貰った。
何度も湯を掬って濯がれた。
うむ。石鹸で洗うときよりキシキシしない。流石は王都の物だな。
「やっぱり、ラルちゃんの髪は輝いてるよね。ほら、光の輪っかが出てる」
自分では見えたことがない、光環。
地に差す頭の影がぼやけて、確かに光ってると思えたけど。
「ああ。やっぱり、アリーちゃんも、金髪が良かったな」
前から何度も聞いたセリフだ。
「そうか? 俺はその栗色好きだけどな」
「ほんとに?」
「ああ」
「お姉ちゃんと同じ色だから?」
「それもある。2人とも綺麗だからな。髪だけじゃないが」
なんか、固まった。
「ラルちゃん。疲れてる?」
「はっ?」
脇から腕が入り、抱き付かれた。
「おい!」
むにゅっと、浴衣越しに成長の主張がある。
「無理しないでね。ラルちゃん」
「別に……」
「してるでしょ……私は、ラルちゃんと一緒なら、城壁の外の家でも良いんだからね」
「アリー……」
それじゃあ、超獣を斃せないのだが。しかし、何時になく真剣なアリーの声音に、言葉は続かなかった。
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2019/07/05 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




