422話 妹に異変あり!
小生にも妹が存在するのですが。それはそれは丈夫で……。
小休憩の後、俺は戦隊本部に向かい、総隊長室に出頭した。
「ラルフェウス・ラングレン。休暇を終え、復帰致しました」
総隊長は執務机に座り、ペンを走らせていたが、濃い眉の奥から俺を見た。しかしすぐ視線を下に戻した。
机の前にむこう向きに男が立っている。結構な大声を出したが、その男はこちらを一顧だにせず、やがて総隊長がペンを置くと冊子を取り上げた。
総隊長は、再度こちらを見た。
「休暇中に災難だったな、戦果多きは何よりだが」
一瞬笑い掛けたが、堪えたようだ。
男は冊子を閉じた。
「閣下。ご署名は以上にございます。ありがとうございました……」
そして、初めてこちらに気が付いたように。
「これはラングレン卿。ご無事の帰還をお祝い申し上げます。今回は休暇中の出来事ではありますが、1月30日からは公務扱いとなりますので、できるだけ早く経費請求をお願い致します」
「了解だ」
「では、失礼致します」
戦隊経理監が、隊長室を辞していった。
「固い男で済まぬな」
戦隊の金庫番とは、言い得て妙なあだ名だと思う。
「それゆえに戦隊財政も安心というもの」
「ふん。まったくだ」
経理監はネフティス王国出身、総隊長が母国からわざわざ連れてきた男だ。
執務机から立ち上がり、ソファを勧められた。
「改めて。ラングレン卿、ご苦労だった。ケプロプスの総裁から謝辞と共に、卿を厚く遇するよう要請を受けている」
「ああ。いえ」
「戦闘時映像については、先に帰還した者より受け取り、解析を始めている。無論、私も見た。それにしても、秒殺とは恐れ入った。資料として他の隊員に見せるのが躊躇われる」
「いえ、2分程掛かりましたが」
「はじめの1分は様子を見ていただけだろう。攻撃を始めてからは30秒と掛かってはいない。空恐ろしくもあり、心強くもある。まずは……外殻を破壊したのは、磁力と聞いているが、よくわからない。その辺りを聞かせて貰おうか」
「はい。基本的には、公開済みの対策方法と同じです。要は加熱に、摩擦ではなく磁力を使ったに過ぎません」
頷いた。
「そもそも、巨大超獣の体液は、極低温で超電導かつ超流動状態に有り、磁界や魔界を相殺する膨大な誘導渦電流が発生するため、磁束と魔束共に内部への侵入を完全に防ぐ事ができるとされています」
「うーむ」
「しかし、何事も限界はあり、臨界を超えた磁界を印加すれば、超電導状態を継続できなくなります」
「要するに、力技と言うことか?」
「その通りです」
「やはり他の隊員では追随できないな。必要な魔力量の想像が付かない」
「どうでしょう。個別の渦は、2層で同方向となるように形成し、直列で繋いでおりますので、規模はともかく、術式はさほど複雑ではありません……訓練すればなんとか」
「さほど……な。試みに訊くが、卿は訓練したのか?」
むぅ。
「いえ。着想はごく最近のことで訓練はしておりません。まあ、術式が思い浮かべば、およそ行使できますので」
「ははっ。卿は天才の割に、凡才のことを理解している方だとは思うが、やはり天才は天才か。ああいや、けして貶しているわけではない」
「はあ……」
「そもそも超電導の概念にしてもだ。以前ネフティスの軍技術部が、まだまだ仮説の域を出ないのに、なぜ卿が知っているのか科学者に質問されたと言っておった」
「はあ……」
「まあ、いい。今後の為に術式の論文は書いて貰うとして、戦い以外の事項について訊かせて貰おう。表向きの報告は受けているが、真の経緯をな」
「では、掻い摘まんで」
重要事項のみ説明していく。
ソフィーの能力と予言内容。
魔導具の設置。
巨大超獣の出現の状況。
ケプロプス連邦当局と元首の反応。
取得した巨大魔結晶の処遇。
「ふむ。その超獣感知魔導具というものにも興味があるが、そちらはいずれ書面で報告してもらうとして……やはり妹殿だな」
「はい」
「卿の目からは、どう見えるのだ?」
「実績に関しては、不足しておりますが。中々に使えるかと、ただ……決定的な難があります」
「難とは?」
「託宣に集中する動機付けです」
「うーむ。動機か……私もさほど詳しいわけではないが、精神面の影響が大きいことぐらいは分かる」
「彼女は、私の役に立つ一心でやっております。よって、そうでない場合……」
「託宣が得られない可能性があるということか?」
「はい。経過措置が必要かと存じます。世界の危機に心苦しくありますが」
「ははは……卿も妹殿が相当に可愛いと見える、殊更に兵器扱いすることはあるまい。とはいえ、卿の論法を借りれば、兵器などという物は結局のところ使い方次第だ。兵もそうだろうし、魔術師も巫女もな。連盟の理事達は私が抑えよう」
頼りになる人だ。
「ありがとうございます」
「ただし。求められるのは、透明性だ。その辺りを忘れることのないよう」
「はっ!」
†
大聖堂の鐘が6時を伝えた。
「ソフィーさんは?」
妹は夕食時になっても、食堂に姿を現さなかった。
自室に居ることは魔感応でわかっているが、少し魔圧を上げると、ベッドに横たわって居ることが分かった。
「あっ、あのう」
メイドだ。壁際に並んで居たが会釈した。
「何?」
「はい。お嬢様は気分が優れないとのことで、ご夕食につきましては、お部屋の方へ運ぶようにと言付かっております」
「まあ、そうなの? 心配ねえ。旦那様?!」
「そうだな。我々が不在の間。今日のようなことは、あったか?」
メイドが強張った顔でこちらを向いた。
「それが、その……」
どうやら口止めされているらしい。睨み付けると、頬の引き攣りが顕著となった。
おっと、一般人には魔圧は抑制しないとな。
「もっ、申し上げます。昨日……そして、3日前もそうでした。ふぅぅ……」
メイドは足下から崩れ落ちた。
「わかった。下がらせろ」
「旦那様。お告げを得るために、ソフィーさんに躰に悪い影響を及ぼしているのかしら?」
鋭いな。
事態は思ったより悪い方へ進んで居るらしい。
「食事の後、部屋を訪ねてみよう」
†
ソフィーの部屋に行くと、扉に鍵が掛かっていた。
ノックする。
「ラルフェウスだ」
「お嬢様は、微熱で伏せっていらっしゃいます。お引き取り下さい」
扉の向こうで答えたのは、パルシェだ。
ふむ。
分かって居たことだが、ソフィーは俺に会いたくないようだ。いや、会えないということらしい。パルシェが会わせたくないなら、別の手段を取るだろう。
とはいえ、ここで引き下がるわけにはいかぬ。
【起動:魔鏡!】
【勇躍!】
目を開けると、暗闇に大きな長円の枠が現れた。その向こうに、部屋がある。
ソフィーの部屋だ。
先程見えたように、彼女はベッドに横たわって居る。
まだ薄い胸は上下に動いている。
むっ!
足が動いた。
むくっと上体が起き上がる。首を左右に振って居るが、寝乱れて解けた長い髪が顔を蔽って、表情が読み取れない。
そして、起き上がった。
一歩二歩と歩み、こちらへやってくる。
「何者か?」
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訂正履歴
2022/06/18 誤字脱字修正
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




