386話 特定安全保障連盟
16章の始まりです。前章の終わりから2年の月日が流れております。
連盟というと、微妙な組織に思えるのはなぜでしょう。国際連盟、赤毛連盟……
全く刃が立たなかった巨大超獣に対し、対抗策を得てから2年余りが過ぎた。
人類は、天敵の約8割を都市に達する前に阻止出来るようになった。
時に光神暦387年5月3日。
ミストリア王宮大広間。
ペンを走らせる音が途切れると、国王クラウデウス6世は満足そうに頷き、玉座で居住まいを正した。
宰相は、署名が終わった冊子を恭しく受け取ると、高々と掲げた。
「陛下の御署名により、我が国が特定安全保障連盟へ加盟したことを、ここに宣言する」
万雷の拍手が巻き起こる中、宰相は大司教の元へ歩み寄り、冊子を手渡した。
ようやく大広間が静まる。
「光神教団を代表し、陛下とミストリア王国に感謝申し上げる」
そう。連盟樹立に当たっては、光神教会が大きな役割を果たした。光神教教皇の提唱により、西方諸国の多くが加盟することになったのだ。
特定とは。
一般的な安全保障の主体、国家間紛争を除く事態に対応する事を示している。つまりは、魔獣や超獣、竜などの超常生命体、超常現象から国家、民衆の生命、財産を守る活動について、加盟国が相互に協力するのが連盟創設の主旨だ。
では、これまでの特別安全保障特別条約はどうなるか。
条約を結んだ2国双方が連盟に加盟していれば条約の効力は停止され、連盟規約が優越することになっている。
ただし、片方でも加盟していなければ、条約の効力はそのままだ。
ならば、我が国がやって来た活動は無駄になったかと言うと、そうでもない。
連盟規約の条項は、我が国が結んだ複数の条約を参考とし、その最大公約数といえる内容となったからだ。肝であった他国への安全保障活動要請に対価を要しないことも、しっかり入っている。
つまり、国王陛下の理念が踏襲されているということだ。お陰で、我が国は加盟国の特に小国から感謝され、大いに面目を施した。
それが、陛下の上機嫌さへ反映されているのだろう。
「賢者ラルフェウス・ラングレン子爵。カストル・ローリンズ男爵。前へ」
グレゴリー卿とバロール卿と並んだ列から、階の前まで歩き、跪いた。
左にカストル卿も続く。
「ラルフェウス・ラングレン。連盟規約第2条第1項に基づき、新世界戦隊の戦士として選出する」
「はっ! 光栄に存じます」
「カストル・ローリンズ。同じく選出する」
「ありがたき幸せ」
胸に手を当て、目礼する。
驚くことはない。1ヶ月前に内示は受けている。
「国王陛下よりお言葉があります」
玉座に目を向けると、陛下は立ち上がった。
「人類の仇敵に対抗すべく、我が国からは2人の魔術師を派遣することとした。卿らには期待するところ大である。世界を頼むぞ!」
「過分なるお言葉を戴き恐懼の至り。御心に添うことができますよう、微力を尽くします」
「右に同じにございます」
カストル卿は、自らの立場を弁えているらしく、終始控えめだ。まあ、後ろに控える2賢者への遠慮もあるのだろう。
階を降りて来られた陛下に、立ち上がれと言われ、肩を叩かれた。
満場の拍手の中、俺達は大司教とも握手を交わした。
†
賢者控え室に戻ってくると、扉の前にバロール卿と、もう1人、意外な人物が待っていた。賢者グレゴリー卿だ。
「どうぞ」
招き入れると、2人はどっかと座る。
既に茶が注がれたカップを、2人の前に置く。ボットから注ぐのも省略だ。
バロール卿は眉を顰める。
「なんというか、便利なのだろうが。そういうふうに茶を出されると微妙だな」
「でも、それはローザが淹れたものですよ」
「名高き4茶匠の茶か、是非戴こう」
さっさと、グレゴリー卿がカップに手を伸ばす。
どこから漏れたのかは知らないが、ローザが茶を淹れる屈指の名人ということが広まってしまった。
人の口は塞げないと言うし、薔薇の茶匠という浮名の段階で、こうなるのは時間の問題とは思っていたが。
「お二人を差し置いて、新世界戦隊に選出されてしまい、恐縮です」
「ふん。何の問題もない」
ほう。
俺もそうだが、バロール卿は唖然としながらグレゴリー卿の顔を見た。
「いまさらだ。カストル卿はともかく、私が選考する立場であったとしても、卿を選から漏らすことはない。そうだろう、バロール?!」
「珍しく同意見ですね。まあ私は、カストルの実力も買っていますがね。いち早く飛行魔術を習得しましたし」
バロール卿も飛行はできるようになったが、魔力消費が多く本人曰く微妙だそうだ。
「ふん。年寄りというのは、新しき事柄を素直には認められないものだ。ラルフェウス卿、そういった訳だ。そもそも卿は自分が選ばれて当然とは思っていることだろうが。ミストリアは、老体3人と上級魔術師に任せて心おきなく励まれよ」
3人の残る1人は、ルーナ女史のことだろう。
「はっ。感謝致します」
「いや、俺はまだ老体では……」
「そうか? まだ子供は小さいからな、老け込むわけにはいかないということか。それはともかく、新世界戦隊か。もう少し良い名前はなかったのかな?」
「うーむ。またも同意見とは。雨でも降りますかな? 雲ひとつ見えませんが」
バロール卿は、窓の外を見上げた。
†
友愛結社薔薇の鎖。
源流を辿れば、光神教会に至り、金工職人を中心として結成された互助会とされる。光神暦87年。習俗上の意見対立とは表向きで、事実上破門という形で切り離され、以降は宗教色を薄めた。
現在は、西方諸国に広く普及しており、公称150万の社員と呼ばれる構成員を抱える中程度の国際組織だ。清貧を旨とする光神教会とは逆に、絢爛豪華かつ功利への寛容から、商人、文化人が多く所属している。
また友愛の名を冠するだけあって、表向きは慈善事業を多く行っている。
だが、入社するためには、社員からの推薦が必要とされ、秘密主義も相まって、実態は一般人にはほとんど知られていない。
その謎の中に、裏の顔がある。
豊かな集金力を生かして国際金融を営んでおり、結社を盾にして裏では非合法な活動にも手を染めている。その有形無形の経済力を背景に、西方諸国のいくつかの国家権力にまで喰い込んでいると言われている。
その傾向が色濃い国のひとつ。セロアニア公国と呼ばれる小国。
雄大な山脈の裾野に広がる平原の小都市プロマニス。そこからまた数十ダーデン。樹齢百年を超える、高い杉林に囲まれた敷地に突如、白亜の館が現れる。
最高法院と呼ばれるこの拠点は、結社の中枢ながら表向きには、ほとんどの社員にすらその存在は知られていない。
「統監閣下。ミストリア支部主管ムスペル。戻りました」
奥の院と呼ばれる建屋の広間の真ん中、男が跪いていた。
豪奢な大理石の段を登った椅子で、藍色のローブを纏った白髪の老人が見下ろしていた。
その2人しか居ない空間を、冴え冴えとした寒気が満たしている。
「今日は、吉報を聴けるのか?」
朗々とした問いに、跪いた身を竦ませる。
「申し訳ありません」
「ふむ。そうか……相手は1国を代表する賢者であるからな。それで?」
「ご指示を遂行すべく、彼の地へ向かう途上に立ち寄りました」
「そうであったか」
「統監閣下の……最高法院の崇高なる意思。重々承知しておりますが、さほどに優先順位が高いのでしょうか?」
「気に入らぬのか?」
「いっ、いえ! しかしながら、先年、ミストリアにおいて奇貨たるバズイット一族を失いました。あの者達は政府中枢に喰い込んでおり、まだまだ使い途が有ったのですが」
「それで」
「いっ、いえ。統監閣下が仰った通り、1国。いえ、もはや世界を代表する魔術師の実力を備える者となった彼奴を、拙速に葬ることに固執するのは如何なものかと」
「臆したか?」
「いいえ。そうではなく。プロモスをミスリル市場から閉め出そうとした企みを決定的に妨害したのも、魔獣の時限魔導器もそうです。私も感情としては常々彼奴を赦し難く思っております。が、所詮は1人の人間。大事の前の小事。結社にとっては、利よりも……」
「最高法院からの指示は変わらぬ。彼奴は結社の敵に留まらず、この世の摂理に反する……有っては成らぬ存在だ。消去せよ。従わぬとあれば、主管の交代も考えずばなるまい」
「うっ、承りました。引き続き消去に相務めまする」
ムスペルが去った後、老人は立ち上がり脇の潜り戸を通った。長く続く廊下を辿り、先の見えない階段を降りた。
途中から、壁は自然石に代わり、鍾乳洞と化した通路を10分以上も掛かって降りきると、そこは天然の広間になっていた。
魔灯に照らされた空間の中央には8角形屋根を葺いた小屋があり、老人は冷え切った床を裸足で渡って中に入った。
すると、引き攣るように形相が様々に入れ替わって、やがて白目を剥いた。
「いと高き者よ! 懸案の根幹について、配下に消去を改めて命じました」
「ソレデヨイ」
「はっ」
老人は、失神しつつも1人で2つの存在の聲を発した。
「我レガ 降臨スレバ 彼ノ者ナド 捻リ潰スハ 容易キコトナレド 2723星系ハ 東方天使界ガ 見張ッテイル」
「勿体なし。下界は下界の者にお任せあれ」
「僭越デアルゾ ナレド 災厄ガ 差シ迫ッテオル」
「御意。なにとぞ災厄の向こうにある新世界構築にお恵みを賜りたく」
「……解ッテオル 心シテ待テ」
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訂正履歴
2021/09/25 少々表現変え
2021/10/21 災厄のルビをエコーからエコゥーへ訂正
2022/08/19 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




