384話 親父さんとバロックの過去
お盆ですが、今年も帰省は断念。墓はどうなっているのかな……。
山間の人口希薄地区は空間転位で移動し、1時間程でエルヴァ領都エルヴァインがある土地に差し掛かった。地勢で言えば山勝ちの地勢ばかりのエルヴァ領では珍しく広々とした台地だ。平らであるため、秋蒔きの小麦の畑が広がっている。
まだまだ麦の背丈は低いが茎は太くなっている。来月からの厳冬期には若干積雪もあるそうだが、これならば問題なく生育するはずだ。
その田園を通り抜けると、小高い丘に差し掛かり町の風景に変わってきた。
領都といっても、旧バズイット伯爵領内で言えば精々中程度の町で城壁もない。
煉瓦造りの街並みを進んでいくと、教会前に広場があり、やはり人が集まっていた。
一旦停まって、屋根から身体を出し、手を振っておく。リーリッテでは姿を見せたのに、領都でやらないと不満が溜まるそうだ。
数年前まで伯爵領支庁が置かれていた館に辿り着くと、既に本家の物を含め馬車が6台停まっている。
執事に案内されて館へ入っていくと、可もなく不可もない、余り華美でもない内装の玄関から廊下が見える。
今のところ住む予定はないが、俺の館となった訳だし、暇になったら手を入れていこう。
ひとまずローザとルークとは別れ、広間に向かう。王都公館の大広間ほどの部屋に、人が集まっており、その中に親父さんも居た。
俺が入っていくと、皆が立ち上がり、親父さん以外が跪いた。ざっと30人程だな。
「この度、エルヴァ領の領主と成られたラルフェウス・ラングレン子爵様である」
本家家令のクリストフが立ち上がり、皆に紹介した。
集まった者は、ははぁぁとさらに礼をする
いやいや、そこまでしなくてもとは思ったが、口にはしない。
「おめでとうございます!」
「「「「おめでとうございます!!」」」」
ん?
放っておくと、いつまでも跪いて居そうだ。
「皆、良く集まってくれた。着席してくれ」
ようやく立ち上がり、椅子に座ってくれた。
おっと、バロックさんもその中に居た。
親父さんが立ち上がる。
「ラルフェウス殿。エルヴァ領へのお国入りを祝し、領内の貴族に各村長、それと主な商人に集まって貰いました。ぜひ、皆へお言葉を賜りたく」
ここでは、父ではなく、代官としての立場を貫くつもりのようだ。端に座っている身なりの整った3人は、準男爵か士爵だろう。
「父上。いえ代官殿。ご手配忝い。皆知っていると思うが、私は代官である男爵殿の子、つまり我らは親子だ」
「「「はっ!」」」
「この国の賢者をやっている都合上、このようにややこしい仕儀となった。ここに来る道すがらリーリッテの町でも申したが、安心してくれ。エルヴァ領の統治については、引き続き父ディラン・ラングレン男爵に託す。あい分かったな?!」
「「「「はい!」」」」
「よろしい。私からは、以上だ。とはいえ、皆は訊きたいこともあろう。遠慮なく訊いてくれ。答えられる範囲で答えよう」
あれ?
皆が、あからさまに動揺している。
騎士団の総会では、一斉に手が挙がるのだが。ここでは、皆左右を窺っているようだ。
「子爵様の折角の仰せだ。質問のある者は、挙手するように」
「へっ……へえ。我ら平民が、子爵様に口を利いても、よっ、よろしいので?!」
「当たり前だ!」
皆、呆気に取られている。
「私は、スワレス伯爵領内、シュテルン村で生まれた。今でこそ、父は男爵、私は子爵の爵位を賜っているが、数年前までは準男爵の一族だったのだ」
親父さんが横で肯いた。
「そうだな。ラルフェウス殿の仰った通り。皆には統治に関しては協力して貰わねばならぬが、我が一族を無闇に崇め奉ることは無い」
「いっ、いえ。ラングレンの御一族は元々男爵のお家柄。しかも、超獣からエルメーダの住民をお守りになった英雄の御後胤にございます」
小太りの跳ね髭の貴族が熱く語る。
「これこれ、ヴァスタ殿」
「なれど、本当のことです」
「そうかも知れぬが。ああ。皆、恐縮することはない。ラルフェウス殿は忙しい身だ。遠慮なく訊いてくれ」
親父さんの機嫌が良い。
「はっ、はい。では。ビュリウス村の村長でございます。代官様が奨めて戴いている、薬草セデムとグエムの栽培でございますが、この先も増やしていってよろしいのでしょうか?」
「うむ。それを買い取っているのは、私と父上の合弁事業だ。薬師ギルド、冒険者ギルドを始めとして、いくつもの顧客からは、皆に栽培して貰った薬草を原料とするササンテの販売量の増加を求められている」
辺りを見渡す。
「よって、薬草の増産はして貰いたい。だが! 薬草畑を作るために、山林を大規模に伐採することは、あいならぬ。ここに住まう者達に言うのは烏滸がましいが、樹木は山とそこを流れる川の下流域の守りだ。あくまでも計画的に、代官所とよく談合の上、進めて欲しい。父上、よろしくお願い致します」
「心得た。皆聞いての通りだ。小麦の連作障害対策にもなるという話もある。その辺で進めよう」
「「「はい!」」」
流石、親父殿。
「では、次!」
「はい。ボゼル村の者です。あっ、あのう。エルメーダ領では中等学校が最近2校開校されたのですが、エルヴァ領にはなく……なんとかなりませんでしょうか?」
バズイット伯爵家は、領都といくつかの町にのみ、下級貴族向けの中等学校を運営していた。しかし、平民向けの教育には消極的で、初等教育のみで十分という立場だったと聞いている。
翻ってエルメーダ領では下級貴族や良家子女が通う学問所の他、平民が通う中等学校の増加を計画している。補助金を出す方向で光神教会に依頼しており、準備を進めてこれまで開校に漕ぎ着けたのが2校と聞いた。
「うむ。即答はしかねるが。方針から言えば、エルメーダで進めている計画を、エルヴァでも実施したく考える。ただ中等教育は、金を出せば済むというものではないことも理解してくれ。教師の手配から進めることになるゆえ、こちらでも人財を探すし、皆も心当たりがあれば、申し出て欲しい」
それからも、いくつかの要望が出され、話し合った。
†
「いやあ。お見事でやした」
「うむ。バロックの言う通りだ。立派なものだった」
親父さんも満足そうに肯く。
会談を終わり、村長達は帰って行った。バロックも一旦出て行ったが、また舞い戻って来た。
「村長達も、流石はラングレンの御血筋と感嘆しておりやした。特に村長の陳情の返し方など堂に入ったものでやしたぜ」
まあ、何でも陳情を聞いて実行してやるのが、領主の役割ではない。限られた予算内で実施するため優先順位を付ける必要がある。
「そうかな?」
「そうでやすよ。最後に彼らと両手で握手したでやしょう」
「ああ」
「さっき玄関まで追って見て来やしたが、興奮してやしたぜ」
「そうなのか?」
そのために、一旦出ていったのか。
「ラルフェウス様のお話の中で、身分差など大したことはないと仰いましたが」
ああ。言ったな。
「ですが、貴族の多くは平民を見下してやすから、本音では汚らわしいとでも思っているのでしょう。直接話はしやせんし、手なんぞ決して触れなどしやせん。それが、子爵様が1人1人と握手でやすから。ラルフェウス様のお言葉に、嘘はないと思ったのでやすよ」
少し、バロックも興奮している
「そういうものか」
親父さんが何気なく呟くと、凄い勢いでバロックが振り返った。
「えっ?」
「ん? どうしたバロック?」
「と、いうことは、ディラン様がそうせよとラルフェウス様に仰ったわけじゃ……」
「いや、言っていないぞ」
俺も頷く。
「そうでやしたか。てっきり……」
ん? バロックさんの顔が紅いぞ。
なんか訳ありか?
「ディラン様と初めて会った……もう20年以上も前でやすが。ディラン様は、農業代理業者に過ぎねえアッシの手を取って、よろしく頼むって仰ったんでさあ」
「頼んだ時のことは憶えているが……そうだったか」
「ああ、こういう方でやした」
言葉に反して、バロックは嬉しそうに肯いている。
なるほど。
彼が、我が家のために良く尽くしてくれるのは、そういうことがあったことも理由の1つなのだろう。
俺はまあ、領主となったのは初めてだが、家臣もいれば騎士団も居る。握手も打算がないわけではなかったが……親父さんは、きっと素だろう。人徳だな。
「それはそうと。ラルフェウス殿、エルヴァ領内の私領耕作は、バロックの世話になる」
「そうですね。よろしく頼む」
今度は親父さんにあやかって、バロックとしっかり握手する。
「ああいや。ディラン様に続きラルフェウス様にも、本業でお役に立てる日が来るとは……うれしい限りでやす」
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謝辞
人財の表記は、人材とのご指摘を戴きました。ありがとうございます。
人財は元々当て字なのですが、昨今は主に企業で広く使われていまして、誤字とまでは言えなくなっています。小生としても好きなので、他の話の表記共々当初のままでいかせていただきます。
訂正履歴
2021/08/14 微妙に訂正
2022/01/31 転移→転位




