359話 ラルフ 歓待される
接待を受け慣れてない所為かも知れませんが、余りよく知らない方から受けてもさほど楽しくないんですがねえ。
午後3時。
ミストリア教区大司教──ヴォロス座下と連絡が付き、カゴメーヌ到着の報告へ出向いた。
滞在されているカゴメーヌ大聖堂があるのは城外だ。
綺麗な水堀の脇に黒々とした尖塔が見えてきた。馬車は尖塔の前を右に曲がり、古びては居るが小綺麗な宿舎に着いた。若い神職に案内されて部屋に入ると、大司教は1人で、椅子に座っていた。
「大司教様。先程到着致しました」
「これは、ラングレン卿。遠路はるばるカゴメーヌまで。約束通りの到着嬉しい限りです」
立ち上がって挨拶してくれた。
「ああ、いえ。大司教様がお元気そうで何よりです」
「ははは。まだまだ心配される歳ではないですぞ」
50歳前後とは聞いたが。
僧服で体型は見えづらいが、肩幅は広く胸板も厚い。教団の神職は、清貧を旨とした粗食なのにも拘わらず。それでいて動きには無駄がない。
「失礼致しました」
「いやいや。しかし……卿こそ、少し肉付きが良くなったのではないですか?」
「はぁ。最近は、幸いなことにミストリアに出現する超獣が減っておりますので、少し楽をしているのかも知れません」
同じことを数ヶ月前に閨でアリーにも指摘されたが、腹回りは変わってないから許すという話になった。そもそもが痩せぎすだからな。
「ふぅむ。その代わり……ではないでしょうが、昨今は西方諸国での超獣昇華が目立ってきております」
「痛ましいですね」
仰る通りだ。
我が国と安全保障特別条約を締結した5ヶ国は、いずれもプロモス以東。大司教が仰った諸国とは、プロモス国境から600ダーデン程西にある大内海沿岸国だ。
残念ながらそれらの国へ、我が国から上級魔術師を派遣すれば問題が起こる。無論派遣したからといって、昇華が防げたとは言えないが。他国といえども、何かできたのではないかと思わざるを得ない。何カ国かと交渉はしているが、条約が成就するまでには時間が掛かるのだ。
「うむ。さて、話は変わりますが、教皇との謁見の件をお話ししましょう」
「はい」
「日程は明後日の午後と決まりました」
「明後日と言えば、ご到着の日ではないですか。そのような日に」
「それだけ、卿との謁見を重視されていると言うことでしょう」
順序だけ考えれば、そうとも考えられる。ただ穿った見方をすれば、大して時間を取らない些細な事項と解釈もできる。
「猊下自ら本当に私に会いたいと仰ったのですか?」
「無論だ。そうでなければ、多忙な卿をプロモスへ来て貰おうとは考えぬ」
我が騎士団とミストリアの教団がやっている救護活動を売り込もうとして、大司教が謁見の機会を設けたのかと最初思っていたのだが違うらしい。まあ、報告はしているのだろうが。それはそれとして、猊下の動機は何だ? 興味本位か、それとも何か俺にさせたいのか。褒めるだけなら、手紙で事足りるはずだ。
そう考えている俺の顔を、のぞき込むように見ている。なぜかは分からないが、愉快そうだ。
「ところで、私は猊下の仰ることに、ごもっともとお答えすればよろしいので?」
「はははは。相変わらず面白いことを言う。ごもっともと思えばそうお答えすればよろしい」
「そうでなければ?」
「卿に任せます。しかし。猊下はそのようなことは仰らないと信じて居ります」
「承りました」
「ともかく、明後日は11時までには大聖堂に入って頂きたい。ああ、できれば食事は済ましておくと良いだろう」
†
夕方、礼服に着替えて参内する。
うーむ。
王宮の正門から入ったのだが、かなり迂回しているな。
まあ馬車に乗せて貰っているので良いのだが。
「どこへ向かうのでしょうか?」
同行しているアストラも、訝しんでいる。
それから曲輪を繋ぐ門やら堀を渡る橋をいくつも通って、結局北の方の区画まで回らされ、正面玄関と比べると規模が小さい玄関に着いた。
結構古い建屋……まあ王宮なので綺麗に整備はされているが……に入って行く。そこからまた数分廊下を歩いて、執事が扉を開けてくれた。
柾目が綺麗に通った木材をふんだんに使った部屋に通された。
うーむ。
とても良い雰囲気ではあるのだが、随分小さい部屋だ。ざっと10ヤーデン角程しかない。席に着いて振り返ると、壁際の椅子並びに座ったアストラは首を振った。
確かに晩餐と書いてあって、”会”の文字はなかったが。さほど大きくないテーブルの上は白い卓布が覆っているから、ここで食事を振る舞われるのだろう。
これだと、女王とほぼ差し向かいなのだが。
状況がよく飲み込めないまま、15分が過ぎた。
少しずつアストラの眉間に皺が寄ってきた。
「遅いですな」
確かに。大使というのは元首の代理人だ。だから大使を冷遇すると言うことは相手国の元首を冷遇することに等しい。そのため閣下などと尊称するわけだが。したがって、現状はアストラの表情を悪化させるに妥当だ。
するとノックがあり、執事が何やら申し訳なさそうに入って来た。
「不躾ながら、女王はラングレン閣下と余人を交えず語りたいと申しまして。随行の方は……その」
中々に失礼な話だが。逆に都合は良い。
「小職に席を外せと?」
「真に恐縮ながら……」
「アストラ!」
言い返そうとする彼を止め、軽く肯く。
「はっ!」
さほど怒っては居ないだろうが、そういう姿勢を見せるのも大事なことだろう。
さて、これはこれで悪くない。晩餐とやらは、非公式の場となったからだ。後で何か有っても、聞いた聞いてないの話に持ち込みやすい。
「陛下がお出ましに成りますので、今しばらくお待ち下さい」
執事がアストラを伴って、部屋を出て行った。
さてさて、どんな趣向で持て成してくれるのやら。
しかし、またしばらく静寂が流れ、10分も経った頃。
おっ。
廊下の曲がり角から反応が。これは……
【ああ! ラングレン卿!】
はて?
女王陛下の反応だが。なんで部屋の外から呼ばれた?
【ああ、悪いが。扉を開けてくれるか】
慌てて立ち上がり扉を開けると、陛下が1人で立っていた。
【おお。久しぶりだな。ちゃんと挨拶はしたいが、これが意外と重くてな。もっと大きく開けてくれ】
なぜか、両手で鍋を下げている。
【失礼致しました】
慌てて部屋を出て、扉を大きく開ける。
【ああ、そこの戸棚に、鍋敷きが入っているから】
言う通りのところに丸い籐の鍋敷きが有ったので、取り出してテーブルに置く。
【ふぅ。重かった】
【あの、これは?】
【臭いで分かるだろう、シチューだ】
そういうことではなくて。
【そうですが。これは、陛下がお作りになったのですか?】
【無論だ。遠路はるばる呼びつけたのだ。歓待せずば成るまい】
【恐縮です】
よく見ると、女王は今まで見た時より質素な服装で、さらに前掛けをしていた。
【ああ、後は一人でできる。お客様は上着を脱いで……ああ、あそこに掛けてな、あとは座って居てくれ】
【はっ、はい】
女王は振り返ると、戸棚からスープ皿と匙を2対出して、俺の前にひとつを置くと、鍋から、シチューを装った。
【ああ、陛下恐縮です】
【なんの! こうやってな、私は男の子7人、女の子3人を育ててきたのだ】
ん?
【失礼ながら、王子はおひとりのはずでは?】
【ああ、卿も知っておろう、例えばエゼルだ。彼の他にも何人か子達の学友をな。ここではないが、館に引き取って住まわせていたのだ】
エゼルとはエゼルヴァルド・メルヴリクトに違いない。カルヴァリオで、競った男だ。
女王は、パン籠を取り出してテーブルに置くと、自らも座った。
【そうなのですか】
【ああ。冷めぬ内に食べてくれ】
【あっ、はい】
女王は、胸に手を置いて軽く祈ると、自分で同じ鍋から装ったシチューを食べ始めた。
【うん。中々良い出来だ】
【では、私も】
匙を持って、一口食べる。
【美味い! 驚きました】
長い時間掛けて骨を煮出したのだろう。まろやかでありながら深い味わいだ。
【ふふふ。さては、それほどでもないと思っていたのであろう?】
【ああいえ。我が主も女傑と見込む為政者ですので】
【何を言う。政治も料理も同じじゃ。下拵えこそが、肝心なのだぞ】
【これは失礼しました】
【ふふふ、お替わりもたくさん……ああいや。食べ盛りの子供達と卿を一緒にしてはならなかったな】
【いえ。私もまだ背が伸びていますから】
【そうかそうか】
女王は、愉快そうに笑っていた。
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訂正履歴
2021/03/17 誤字訂正、少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




