閑話11 人物というは
人物というか人材、最近は人財と書くこともあるようですが。案外身近に居たりしますね。学校や仕事の話をしてるとわからないけれど、趣味や家のことを話すとへえと思うことがありますよね。
「やあ、ゴメス殿」
彼は、人懐こい顔でにこにこしている。
「子爵様。モーガン殿、こんにちは」
「元気そうだな。まあ掛けてくれ」
「ははっ、それだけが取り柄でして」
「今日は、お願いした件かな」
「はい。お話を戴きまして1ヶ月半経ちましたが、ご依頼のアンプル瓶を作れる工房を見付けました」
単刀直入だ。
「おお、そうか」
「少々お待ち下さい」
持参した鞄から、箱を取り出した。箱の蓋を開けると、細かく区分けされた仕切りの狭間にびっしりと瓶が並んでいる。皆ほぼ同じ指定の括れた形だ。
「おおぅ。試作品を作らせたのか? 早いな」
一応モーガンを見ると首を振った。やはりここまでは聞いていなかったか。
「もちろんです。安請け合いをする工房もありますからな」
小瓶を取り出しては、テーブルの上に置いていく。
それぞれ瓶の括れた部分には紙縒りが括られており、工房名が書いてある。
「そして、こちらに工房名と住所をまとめております。僭越ながら独自に評価した結果も書きました」
そう言って、紙を渡される。
なんと! これは……。
「評価点で3以上が付いた工房が、子爵様のご要望に応えられると思います。もちろん価格交渉はして戴く必要がありますが」
「ふむ。ミストリア国内で3箇所、アガートで2箇所か」
「はい」
紙をモーガンに渡すと、眉間に皺が寄った。10秒程して、はぁぁと溜息を吐く。無理もない。
ゴメスの手腕はすばらしい。
セブンス商会を動員していたとしても、逆に動員できること自体が相当なものだ。その上、短期間に複数種の試作品を持ってくるのだからな。
しかし、工房の情報まで俺達に明かすことはなかった。商会にとって取引も大事だが、情報こそ真の資産。それを、こうも易々と! そうモーガンは考えているに違いない。
「早い上に、ここまでやってくれるとはな。調査に相当な金が掛かっただろう」
「ああ、まあ。新規事業開発という取り組みは、そういったものです。それに別件も合わせてやっておりますので」
「ふむ。報いねばなるまい。モーガン」
「はっ! では、ゴメス殿に然るべき謝礼を」
「ああいえ。そのようなつもりで、調べたわけではございません」
「モーガン。こうしよう」
「承ります」
「えっ」
ゴメスが目を白黒させた。
「今後3ヵ年。ゴメス殿が探し出してきた工房からアンプル瓶を仕入れる場合は、セブンス商会を介するものとする」
「いや、それは」
ゴメスは、腕を前に突き出す。
「これは依頼でもある」
「なんと?」
「残念ながら我が家には、それほど人数は居らぬ。事業については製薬で手一杯だ。瓶の手配までは目が行き届かぬ。要は、そちらにて手配を受け持って貰いたいということだ。引き受けてはくれぬか。無論価格交渉は貴商会とさせて戴く」
つまり、仕入れ値に商会が取る利益や経費を乗せて良いと言うことだ。
「なるほど。妙案にございます」
モーガンが肯いた。相当良かった場合の想定事項として、事前に話してある。
「数は、いかほどになる?」
「はっ。月3万個、6万個、10万個で見積もって戴ければ幸いです」
「10万……はぁぁ。感服しました。私の一存では決めかねますので、支店に戻りまして協議致します。が、子爵様のご意向に添えるよう、努力致します」
「うむ。よろしく頼む」
†
このあと半年を経て、アンプル封入形態のササンテが主に冒険者ギルド経由で売り出さた。そして、予想に違わず好評を博した。
当初薬師ギルドからは、商業慣行を崩しかねないとの苦情が続出した。しかし、冒険者ギルドの販売結果を受けて、逆に顧客からの要求が強かったそうで、薬師ギルドも追認することになった。
† † †
サンプトン大聖堂へやってきた。
祭礼の日ではなく、平日だ。
「ラングレン殿。ようこそ」
「大司祭様。この前はお騒がせ致しました」
先日祭礼の日にやって来たのだが、俺を見知った者が居たらしく、騒ぎとなってしまったのだ。お陰で途中退場を余儀なくされてしまった。
擬装魔術で外見を偽ることも考えたが、エルディア大司祭に会いたかったので、やめたのだ。
仕方なく、日を改めて来たのだ。
「ああ、いやいや。途中でお帰り戴くことになり、かえって申し訳なかったです。ほう。その子がご子息ですか?」
「はい。ルークと申します。1歳でございます。見てやって下さい」
抱いたローザが、大司祭様に見せる。
珍しくルークは眠っている。
「ふむ。これはまた、子爵殿にそっくりですな。1歳にしてしっかりとした相をされている」
「来年には、こちらに連れて参りますので、大司祭様に洗礼をお願いしたく」
「はぁ。ですが、普段こちらには居りませんが、この聖堂には司教座がございます。子爵殿ともなれば、司教が務めることも……」
「いえ、大司祭様が良いのです」
ローザが応えた。
「妻の言う通りです」
「では務めさせて戴きます。光神の導きあらん」
†
エストにルークを渡すと、助祭殿の導きで、ローザは祈り始めた。
ここに来ると、落ち着くと言っていた。俺もそうだ。
内陣から少し離れた長椅子に誘われて、大司祭様と並んで座る。
「ラルフ殿」
俺と2人になると、子供の時の呼び方をされた。
「はい」
「よろしいかな。お歳はいくつになられた?」
「私ですか? 先日18歳になりました」
「18ですか。その歳にて賢者、そして大使として、この国を支え。家にあっては多くの団員を抱え、さらに家長……お疲れではないですか?」
おっと。
「ははは……。お若いゆえ、身体はともかくも気疲れされておりますな」
「顔に出ていますか」
「いささか」
ふむ。
「無理もありませぬ。お父上が近くに居れば、ご相談もできましょうが。王都にてはそうも行かず」
お見通しのようだ。
「疲れることは怠惰に非ず。光神様の思し召しなり。少し休めと言うことです」
「……味わい深いお言葉ですね」
「奥方並びにモーガン殿、ダノン殿。頼りにされる方はいらっしゃるが……近すぎて言葉にしづらければ。そうですな。私を壁か何かだと思って戴いて結構。愚痴でもお悩みのことでも、お話下さい。ただの壁より顔のようなものが有った方が喋りやすいでしょうし、壁も偶には何か佳きことを申すかも知れません」
「はははっはは。壁ですか。悩みというか、そうですな。実は昨年より、ササンテという薬を作り販売しております」
ふと、心の表層になかった言葉が出た
大司祭様は、知っていると肯かれた。
「それが思っていたより大量に売れまして。少し心苦しく思っております」
発売以来1年。結構価格も下がってきたが、それでも結構な利潤を生んでいる。騎士団に注ぎ込んでは居るが……それでもな。
「ほう……」
大司祭様は、にぃと笑った。
「使う者にとって佳き薬と聞いております。私など、売れて何が悪いのかと思いますが、悩みは人それぞれ」
「はぁ……」
貴族の強い妬心対策と、自身の罪悪感対策をしたいのだ。
「そうですな。慈善事業など如何ですかな」
「ふむ……」
「慈善事業かあ、また老人は月並みなことを……ですかな」
むう。
「はははっは……」
大司祭様は、呵呵と笑った。
「確かに考えないではなかったのですが……」
しかし、それでは。
「慈善事業をしても、ラルフ殿の御名をさらに高めてしまう……ですかな?」
昔から、この人は俺が考えて居ることを見抜くよな。
「畏れ入りました。それを回避出来れば良いのですが」
「ではアリー殿の名でやってみると言うのは?」
「アリーですか?」
それは考えていなかった。
「頭巾巫女殿の人気は相当なものです。こちらの催事に参加して戴いた時の人の集まりようと言ったら、それはもう。それに頭巾巫女の名で基金をお造りになれば、ラルフ殿以外の協賛者が集まるのではないですかな?」
「仰る通りですが……」
「頭巾巫女殿はラルフ殿のご側室と多くの者が知るゆえ、ご自身の名でやるのと変わらないのでないか? 賢き方はそう考えられるでしょうが、庶民にしてみれば名分が違えば案外捉え方が変わるものなのですよ」
……それは、そうかも知れない。
「これは考えが足りませんでした。進めてみます」
†
大司祭様の仰ったことは正しかった。
頭巾巫女基金と名付けアリーを名誉理事長とした孤児育成事業は、なかなか、いやすこぶる評判が良い。
趣旨に賛同戴いた光神教会に人材を出して貰って基金を作った。
資金は我が家以外にもアリーの義実家であるファフニール家などの大貴族も協賛してもらっている。さらに、アリーの治療を受けた者達大勢が寄付を寄せてくれるようになった。
基金は申請されてきた団体に補助金を支給している。既に50以上の団体に1万ミストほど支給した。
そのお陰で、我が家の評判は程よく上がっている。名分ひとつで、ここまで変わるとは、大司祭様が仰ってくれるまでは気が付かなかった。
人の心はよくわからぬものだ。
次話から15章を始めます。
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訂正履歴
2021/02/10 誤字脱字訂正、祈るローザとラルフの位置関係調整
2022/08/19 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




