閑話10 遺跡発掘(後) 玄室にて
エジプトの発掘とか好きなんですよね。よくCSの番組で視てます。
じゃあ、さっさと斃すとしよう……いや、待てよ。ゴーレム100体か。
ゴーレムは魔獣とは違う。魔獣は魔結晶を遺すだけで、屍体が残らないので良いが。ゴーレムはそうはいかない。
ゴーレムを斃すと、核と素材である粘土や石が残る。あの巨体の素材が100体も集まれば、広間が埋まってしまいそうだ。斃した端から、魔収納に入れるか。
どの程度の量が残るか。まずは、この4体を斃してみよう。
区画の中に再度踏み込むと、ガーゴイルが生物さながらに呼吸を弾ませつつ、俺に突進してくる。精巧な物だ。鋭利な乱杭歯が覗く顎門を耳まで開き、数瞬で俺に迫ると床を強く蹴った。
なかなかの凶悪さじゃないかと思いつつも、全く心は波立たない。幸か不幸か人並みの恐懼とは無縁となったらしい。
【衝撃!】
飛びかかって来たヤツを潰して吹き飛ばす。破片が俺の方にも飛んできたが、常時張っている魔障壁に弾かれ床に落ちた。
振り向き様──
【氷礫!】【氷礫!】
つづけさまに粉々に飛び散った。脆いな。
あと1体。
数歩横に飛び退き、降ってきたガーゴイルを……
【虚穿!】
無色の鎌が乱舞して迎え撃ち、褐色の巨躯を切り刻んだ。
クレイ・ゴーレムか。
汚い。こんな物、収納したく……ん?
4基の台座が鈍く緑に光った。呼応するように崩壊した泥の中に極微の魔界が誘起される。ゴーレムの魔核だ。
ほう。
崩れた泥が蛍光を帯びると、時間が逆流する如く、その姿を取り戻した。
再生魔術込みのゴーレムか。
「ははは……これは良い! 片付ける手間が省けた」
魔核というのは、斃されると内部の魔術式が破壊されるのだが、どうやらこいつはそうではないらしい。
斃されることを前提に、魔術が組み立てられているのか。
なかなか面白い発想だ。
─── 御館様は尋常な神経ではないな ここは戦慄するところじゃ
尋常でなくて悪かったな!
─── ゲド殿は 御館様は人間をやめていると言ったが 真だったな
ティアは無視だ。
斃されると再生するという発想は良いが、1つだけ難点がある。再生に必要な魔力が多いことだ。
それをあの小さな魔核に溜め込むのは不可能。つまり、再生の度にどこからか──ここの場合は、あの台座からだが、魔力供給を受けざるを得ない。魔核を大きくすれば、供給頻度は減らせるが、攻撃を受ける確率が上がる。痛し痒しか。
ならば魔力供給を断てば……駄目か。それでは100体斃したことにならないよな。ここは地道に斃すしかない。
【氷礫!】【氷礫!】
使えるのは破壊力の密度が低い下級魔術だけだ。閃光などは魔核に当たる確率は低いが、当たってしまえば取り返しが付かない。
退屈だ。
同じ魔術ばかりだと飽きて集中が落ちるので、数種を織り交ぜて斃しているが。
斃すのは数秒。復活するのは30秒余り掛かる。
待ち時間の方が長い。
こういう機械的な作業は、昔よくやって……いや何時だ。そんな記憶はない。ないが。
おっと集中、集中。
なんだかんだで15分余り経った頃、台座の光りが紅く変わった。
ガーゴイルの残骸は、台座の上に戻っていく。
「100体斃したようだな。数えてなかったが」
─── 恐ろしい男だのぅ 魔力量が減るどころか 息1つ乱さぬとは
俺が戦闘するところを見せたのは初めてか。
あれから超獣も斃したが、ティアは大体館に居させたからな。
─── 妾は平和裏に調伏されて 良かったと思っておる
平和裏だったか?
「ਮਜਨਅਜ ਫਕ ਞਣਟਟੲਅਗਧਢ ਵਚਘ」
突如広間に声が響いた。
─── 古代エルフ語じゃ 訳してやろう
条件満たしたと言っているが、どういう意味だ。
─── ちっ!
「ਡਯਙਦਕਫਛ ਘਗਣਗਠਢੜ ਵਘਗਣਗ ਢਞ ਡਯਙ ਫਛਵਘਗਣਗ ਘਗਣਗਠਢੜ ਗਠਢੜਖ ਝਥਸਧ」
転層機構の起動呪文を変更する場合は、転層陣の中に入れか。
数歩歩いて、像に囲まれた区画に入る。
「ਵਘਗਣਗ ਡਯਙ ਲਝਥਸਧਛਡ」
新しい呪文を言えばいいのか……。
「ਅ ਧਞਵਸਞਹਬਛਠਢੜਖਮਢਲ」
「ਕਫਛਵਘਗਣਗਠ」
もう一度?
「ਅ ਧਞਵਸਞਹਬਛ ਠਢੜਖਮਢਲਝਥਸਧ」
「ਹਢਅਧਞਵ」
2回唱えると、呪文が更新された。
では、転層行ってみよう。
「ਛਡੲਣਬਕਙਡ ਅ ਧਞਵਸਞਹਬਛ ਠਢੜਖਮਢਲ」
罵る言葉を交えて唱えたが、まともに起動したようだ。床に魔紋が輝き、僅かな浮遊感と共に光景が変わった。
転層陣の輝きが消えると、暗闇となった。
眉間から少し力を抜くと、頭上が眸と明るくなる。
「臭いな」
なんとも饐えた匂いが充満している。転送前の場所は清浄な空気だったが。とはいえ呼吸に支障はないようだ。
あっちか。
─── あっちって 暗くて何も見えぬぞ
あぁ。この明るさでも俺に支障はないが、映像魔導具にとっては問題だ。
【燈明!】
光源が出現して明るくなった。地味だな。
30ヤーデン角程の部屋。
煉瓦の壁に半円状の天井。床は石灰岩を荒く磨いだ面。味も素っ気もない。
まあ墓所だしな。
転送前の広間と違い、薄らと埃が積もっている。コーティングとやらは施されてないようだ。
─── おお 石棺だ
古代エルフのティアも石棺に見えるか。明るくなる前に行こうとした所だ。角の取れた直方体が3基並んで居る
やはりここは玄室と言うわけだ。
長辺は2ヤーデン、子供用か。
─── 成人用だ
いやいや、内壁は1.8ヤーデン程、それに内装の厚みを差し引けば、遺体の身長は1.6ヤーデン未満だ。
─── ああ成人の男でも そんなものだぞ
そうなのか? 古代エルフは小さいな。
現代のエルフは、プロモスで何人も見たが、俺とさほど変わらない身長だったがな。
─── しかし 3基とはな
「3基だと変なのか?」
─── 普通の埋葬は王と妃 幼くして子供が亡くなった場合は合葬するが……
その線じゃないのか? ああ石棺は、全部成人用か。
─── 御館様 蓋の上に 被埋葬者の名が刻まれて 居るはずだ
棺桶のひとつに近付く。勢いよく息を吹きかけると埃が飛んだ。
「えーと。デメトリウス14世……聞いたことがある名だ」
ああ、国立資料館の知晶片だ。年代記に有った名だ。
隣。その隣と見ていく。
イイゥラッタか? 女性の名前だな。最後はデメトリウス15世か。
確か、14世が急死した1年後、自分も急逝して同王統が断絶。配下の神官が継承したんだったな。
なるほど。別氏族の前王の墓を作るのが惜しくて、さらに前の王に合葬したというわけか。
─── 100日以内に埋葬しないと、悪鬼となって復活する迷信がな
急逝か。ふん、自然死かどうか怪しいものだな。文化省のやつらは喜ぶかも知れないが、俺は興味がない。それよりも。
「残念だったな」
ここは、彼女の子であるルガル1世の墓所ではなかった。
─── 広間の段階で うすうす違うとは思っていた
明らかにティアの興奮が沈静化している。
「そうか。また良いところがあれば連れて来よう」
─── お館様 感謝する 期待せずに待つとしよう
それっきりティアの意識は、王都に戻るまで表層に現れなかった。
さて。
俺の関心は……こっちだ。
壁を抉るように作り込まれた棚。古代エルフの典型的な副葬品。所狭しと並ぶ知晶片だ。
映像魔導具に良く映るように、棚の横を横歩きする。
ん?
知晶片とは違う物が5つあった。
魔導具か。まあいい。あとで調べるとして、全てを魔収納に入れた。
†
「おお、ラルフェウス卿!」
広間に転層して戻ってくると、文化省の役人が居た。
「どちらへ、今までどちらへ行かれていたのですが?」
「転層先だが」
「いっ、いやそれは見ていたのでわかります。そこがどういう所が知りたいのですが」
「ああぁ。真っ暗な部屋だったな……冗談だ。玄室に転送されて行ってきた」
「玄室! まっ。真ですか?!」
「ああ、石棺が3つ有ったぞ。心配するな。そちらには手を付けていない」
息は吹きかけたが。
「そちらには? と仰いますと?」
良く気が付くな。
「副葬品17点については、当方で接収した。約定通り3ヶ月以内に引き渡す。目録を渡すぞ」
首に掛けて居た映像魔導具を外して渡した。
「分かりました」
不満そうだが肯いた。
「ではな!」
「おっ、お待ち下さい! ラルフェウス卿。 この転層陣はどうやって駆動すればよろしいのでしょうか?
「ああぁ……呪文を唱えれば良い。一度しか言わないから、憶えろ。ਅ ਧਞਵਸਞਹਬਛਠਢੜਖਮਢਲ ਝਝੜਗਞਜਧਕੲ だ!」
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訂正履歴
2021/02/06 返送→変更、誤字脱字訂正
2021/08/23 呪文変更




