330話 静かなる反乱
寒くなってきましたねえ。段々物語の季節とずれてくると、あれ何月だっけ? 思う時が。
「はっははは。ローザがな」
ディース近隣の河原に転送先として作った築山で起こった出来事を、バルサムが話してくれている。俺に魔導兵器を撃ったという士官を、ローザが持ち上げて失神させたと言うことだが……。
ゲルの片隅でお茶を淹れている彼女の顔は真っ赤だ。
反論しないところを見ると、バルサムの言う通りなのだろう。
「まあ。何はともあれ、こうして無事お館様と合流できたことは、喜びに堪えません。ああ、無論お館様が超獣を斃されたことも嬉しい限りですが」
そう。
俺は超獣を斃した。
ディースに帰投したかったが、検証が残っているため、そうは行かなかった。逆に騎士団を当地、ティラスト川陸軍暫定陣地に呼び寄せ合流を果たした。陣地のすぐ側を、我々も暫定的な居留地とした。
「ははは。そう構えなくてもよいぞ、バルサム。それでダノンは何か言っていたか?」
「はい。団長より、辺境伯殿に超獣撃滅を報告したところ、大変喜ばれ、お館様にくれぐれもよしなにお伝え願いたいと。また、監察官一行は、他の特別職の増援派遣見合わせを発表したあと、当地へ向かうべく領都を発しました。明日到着する見込みであるとのことでした」
当初はもう少し手順を踏んで、慎重に事を運ぶつもり……計画だった。しかし、陸軍駐留連隊の進出状況の確認を怠ったため、心ならずも戦うことになった。
結果的には、計画が早まったことで被害が減ったはずだ。そう思うとしよう。
それにしても、超獣を斃すのはあっと言う間だったが、検証にはまだ時間が掛かりそうだ。厄介者が増えたからな。
「わかった」
「では、これを飲んだら、行くとしよう」
ローザが、淹れてくれた深紅の香気を鼻下で薫らした。
†
「ラルフェウス卿に敬礼!」
厄介者……敬礼する陸軍士官服10数人に、辺境伯軍士官3人に対して、バルサムとローザを連れて向かい合う。
「掛けてくれ」
「はっ」
「本官は、派遣軍を預かります。グルモア辺境伯領駐留連隊第1大隊所属第1中隊副官のリーディア大尉です。派遣軍を代表して我らの命をお救い戴き御礼申し上げます」
再び一斉に敬礼を受けた。
「副官? では、司令官はどこに?」
「はい。第1中隊長と司令部付き参謀3人は、あくまでラルフェウス卿の麾下に入ることを拒否したため、陸軍軍規に基づき拘禁しました。現在その4人を除き、715人の連隊所属がラルフェウス卿に従っております」
そういうことか。指揮権が俺にあると、彼ら自身で宣言したな。
しかし、そんなものは不要だ。
「そうか。では……」
「お待ち下さい」
んん?
「貴官は?」
別の士官が立ち上がった。
「第2大隊第2中隊長オスカー大尉と申します」
「オスカー大尉、何かね?」
「ラルフェウス卿は、ただいま超獣対策緊急事態の解除を宣言されようとしませんでしたか?」
「そうだが。それが?」
「解除されないことをお奨めします。仮に解除されますと、先程拘禁した者が復権します。おそらく彼らは、我々士官の逮捕と、ラルフェウス卿ならびに騎士団の拘禁を命ずることになるでしょう」
「それが実現するとでも?」
「いいえ。ただ、そのような無用で愚かなことを兵達にさせたくないだけのことです。それに、その4人こそが、蒼箭の第3射、つまり低仰角で発射を命じた者共です」
そうか。あの箱は蒼箭という名前か。
「超獣が吹いた焔から、身を挺して我々をお守り下さったラルフェウス卿を背後から撃つなど、我が連隊、いえ、陸軍の恥です。それゆえに我らは、彼らを拘禁したのですから」
ああ、ローザの機嫌が一気に悪くなったぞ。
「分かった、提案を受け入れよう。解除はしばらく見合わせる」
「ありがとうございます。重ねて申し上げます。オリヴィエイトの連隊司令部は状況が知れれば別動隊を派遣して来ます。そして、軍事機密保全のため、蒼箭の返還を要求してくると存じます。言うまでもありませんが、証拠隠滅を図るためです」
思ったより司令部は腐っているようだな。彼らのような士官以下が居て救いだが。
「わかった。心しておく」
†
翌9日。
領都から国家危機対策委員会の監察官一行が到着した。
本部ゲルで面談する。
当地に来たのは10人以上と聞いたが、目の前に居るのは4人だ。魔感応によると300ヤーデン程離れたところに一団が居るが。
「ホグニ殿。お役目ご苦労に存ずる」
筆頭監察官に挨拶する。
「ラルフェウス殿。こたびは、超獣382-1、通称キュロスを撃滅したとの連絡を受けて参りました」
「相違ありません」
「では。ラルフェウス・ラングレン特別職殿においては、その証を示して戴きたい」
「承ったが、その前に1つ」
「はあ」
「お仲間の監察官は、今は」
「周辺に散って検証、つまり超獣の撃滅の真偽を確かめに向かって居りますが」
ならば、あの一団は違うということか。
「そうでしたか。では」
超獣の魔結晶を出庫し、用意した台座に乗せる。
魔結晶は、中央が6角柱で、端がそれぞれ6角錐となっている。
「おお、これは大きいですな」
確かに長軸は俺の背丈以上ある。
「バルサム」
「はっ!」
先程まで身に着けていた映像魔導具を、監察官に提出した。なお、あの魔導具はローブの右肩に付けて撮影した物で、左肩に付けて撮影した物もある。
「確かに。では魔結晶を検証します」
白い手袋を填めた監察官は、巻き尺を魔結晶に当てて寸法を計り始める。長軸と2短軸の総合計が2ヤーデン(180cm)を超えるのが超獣の魔結晶の条件のひとつだ。無論条件はそれだけではない。
「3軸合計は、3ヤーデン45リンチです」
次に拡大鏡で内部構造を確認しているようだ。
5分程観察しただろうか、若い監察官がホグニを振り返る。
「単結晶と認めます」
「ふむ。では当地で検証できる範囲において、超獣魔結晶の可能性が高いこと認めます。ありがとうございました。御収納戴いて構いません。ではお手数ながら、王都に戻られましたら再び委員会へ提出をお願い致します」
「承った」
「つきましては、別の委員が現在実施している現地調査の結果を受けて、特別職の任務完了の是非を判定致します」
「それはなにより」
そう答えたとき、ゲルの外で諍いの声が聞こえてきた。さっきの一団だ。
やはり、オスカー大尉が言っていた線らしい。
本部ゲルの外に出ると、20人程の軍人が騎士団と連隊の派遣軍に囲まれていた。剣やら槍やらを構えている。
バルサムが監察官の前、ローザが俺の前に立ちはだかる。
「陸軍だ。騎士団と称する者全員、軍事機密漏洩容疑で逮捕する。神妙に縛につけ!」
言葉は強気だが、人数が足りてない。
「貴官は?」
「貴様らに名乗る必要などない」
階級章は大尉だ。
「連隊の者達、何をしている。拘束せよ」
その命に応じる兵は居ない。
「どうした、なぜ逮捕しない?」
俺達を逮捕すると宣言した参謀達が見るからに動揺し始めた。
自らの麾下と思っている者達が命に服さないなど思ってもみなかったのだろう。だから、寡兵でここまで来たに違いない
輪の中から、1人の軍人が進み出た。
「マルデュイ参謀。これは何の真似ですか?」
「オスカー中隊長。良いところに来た。ラングレン一味を捕縛せよ!」
「それはできませんな」
「なんだと! 司令部に逆らうつもりか?」
「我ら、700名は現在、そこに居られるラルフェウス卿の麾下に入っております。あなた方を捕縛することも辞しません」
「貴様ぁああ! 裏切るのか?!」
「あなた方の味方になった記憶はありませんが。それより、あなたも参謀。この人数差で勝てるとお思いですか。手荒なことはしたくありません。武器を捨てて下さい」
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訂正履歴
2020/11/14 ここに居る者全員→騎士団と称する者全員、その他少々加筆
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




