317話 年末年始と玄妙なる光
今は大分緩みましたが、夏場の太陽は厭わしいところがありますよね。しかし、年始の陽光は何やら神聖さを感じます。受け取る側の気分なんでしょうけど。
光神暦381年も押し詰まった。
明日から新年だ。
昼過ぎ。家の者とモーガン以下の本館付き執事、メイド達がホールに集まった。
「それでは、年末に当たり、御館様よりお言葉がある」
モーガンに促され、立ち上がる。
「ああ。皆、楽にして聞いてくれ」
そう言ったが、誰も姿勢は崩さなかった。
「今年はご苦労だった……これで終わるつもりだったが、先にモーガンから、年末くらい、しっかりやってくれと言われたのでな。もう少し喋る」
クスクスと笑いが起こった。
「思えば去年の今頃、この館に居たのはローザ、アリー、今は居ないがサラとセレナ。そして仕えてくれる者といえばマーヤだけだった」
マーヤが会釈した。
「だが、今年になってから爵位を賜り、モーガンを始め、この館の人々が次々と増え、今では18人の大所帯となったことは感慨深いものだ」
その数には、ダノンを始めとする騎士団員や公館付きの者は入っていない。そちらの方への同様の催しは昨日済ませた。
おっ。端でしっかり立って聞いている。偉いな。
「最後に来て貰ったのは、誰か……フラガだ」
「あい!!」
ホールに響き渡る幼児の返事で、さっきより大きな笑いが起こった。
「うむ、元気でよろしい。まあ今年も色々あったが、来年も今のように笑いが絶えない家にしていきたいものだ。そして、遠からず、もう1人住人が増える。皆には一層の苦労を掛けることになるとは思うが、よろしく頼む」
「「「「はい!」」」」
練習したのかと思える程の揃った反応が返ってきた。少し気を良くしつつ赤々と燃える暖炉脇に戻って着席する。
「御館様、ありがとうございました。続きまして、格別のご温情を持ちまして奥様方から、皆へ賞与を下される。ではよろしくお願い致します」
年末に月極の給与の他に使える者達へ賞与、つまり一時金を渡すのはミストリアの風習らしい。12月に入るまで知らなかった。が、シュテルン村で私達も貰ってましたけどとか、去年もマーヤに家計から渡しておきましたとか、ローザに言われてしまった。金額は家によって差が有るが、1年仕えた者で大凡給与半月分が相場だそうだ。
アリーは立ち上がると身重の姉を支え立たせた。
なぜかその家の正妻から渡すのが風習とのことで、どうしようと思ったのだが。これ位は大したことはないと、ローザが聞かないし、私が手伝うとアリーが申し出たので、それを許した。
「では、まず。モーガンから」
「はい」
ローザの前に、モーガンが移動する。
アリーがテーブルに置いた紙袋を掴み挙げると、姉に渡した。
「ご苦労様です」
「ありがとうございます」
紙袋を受け取ったモーガンは会釈して下がる。
「次はマーヤ」
メイド頭だ。序列的には、家宰のダノンだが、昨日騎士団と公館付きの者には既に渡してある。こちらはローザからではなく、俺が直接渡したが。
「次は……」
皆、気を利かせて、素早く受け取り、素早く戻った。
「では、最後に。エストリッドとフラガ」
エストに紙袋を渡すと、フラガには小さな紙包みを差し出した。
フラガは母親の方を向く。そして肯くのを見て、ローザから紙包みを受け取った。
「ありがとごじゃまふ これなに?」
「何ですか! と言いなさい」
「あい。なんですか?」
エストに矯正された。
「開けてみなさい。そのリボンを引っ張るのよ」
フラガは小さい手で、紅いリボンの輪っかを持ち掛けて、エストにこっちと端を持たされた。引っ張って解けると、袋の口を広げた。
「わあぁ、おかしだあ」
† † †
光神暦382年が明けた。
1月は非番なので、騎士団は団員を2班に分け10日間の休暇を取らせた。
そして、1月も月末が迫った頃。
ローザのお腹はいよいよ膨らみ、順調に推移していたのだが……。
「御館様!」
公館執務室に、マーヤが走り込んできた。
表情が尋常ではない。
「奥様が……急に陣痛が強くなりまして。その……破水しました」
破水。早いな。もう生まれるのか?
「そっ、そうか。助産師! 助産師殿は呼んだのか?」
「ああ、いいえ。今日はたまたま検診の日で、御館に来て戴いております」
それは好都合!
「わかった。ダノン、一旦執務は中断だ」
「はっ!」
俺は、いつの間にか離れに来ていた。
ローザの部屋に駆け込む。
「御館様!」
部屋にはメイドが一人しかいない。彼女は弾かれるように直立すると、慌てて会釈した。
「ローザは?」
「はい。既に助産師殿とアリー様とご一緒に、分娩室にお入りになりました」
分娩室とは、同じ階の吹き抜けの向こう側にある、例の部屋だ。
「そっ、そうか!」
それで反応がなかったのか……いつもなら数秒で浮かぶ結論だ。
部屋を飛び出し、廊下に出ると、向かおうとしていた部屋からアリーが出て来た。
「旦那様!」
アリーが両手を広げて立ちはだかった。
「なっ!」
「どうしたのよ! 血相変えて!」
「いや、ローザが……」
「だ・か・ら、妊娠も出産も病気じゃないの! 落ち着いて!」
「おっ、おう!」
「はいはい、下がって下がってぇ」
吹き抜け横のホールまで戻らされる。
「いい! 助産師さんの見立てを言うわよ」
「おお!」
「おそらく今日、遅くとも明後日までには、生まれるって」
「それで?」
「ちゃんと産道は広がってきているから、2週間ぐらい予定より早いけど問題なし。そんなに珍しいことじゃないって」
「そっ、そうか」
「大丈夫よ! そのために旦那様は衛生面が万全な分娩室を造ってくれたんでしょ?!」
「あっ、ああ」
そうだった。
ゲドが、空気中には眼に見えない菌というものがあると、警告してくれた。俺達が子供の頃バイ菌と言ってたやつだが……それが存在するから、出産時に害を及ぼさないように無菌室を造れと助言してくれた。それに従って、亜空間を固定した分娩室を造ったのだ。扉は人間以外が通れない結界を施してある。
「それに万が一何か有っても、この頭巾巫女様が付いているのよ、任せなさい!」
「そう……だな」
「そうそう。私の旦那様は、何時だって冷静沈着で居てくれないとね。我が姉ながら妬けるわ!」
「わかった。こういう時、男は役に立たん。頼むぞ、アリー!」
「うっ、うん。で……旦那様は、これからどうするの?」
「公館に戻って、執務する」
「ふふん! それでこそ旦那様よ」
†
公館に戻ってから3時間後。
執務を一段落して、ダノンと共にお茶を喫していると、窓から光が射し込んできた。
「むぅ」
「は?」
なにやら、光に妙なるものを感じる。
「小用だ。しばし外すぞ」
「はい」
手洗いに行く振りで戸外に出て、宙に飛び上がる。
あれか。
光の源へ近付いていくと、浮遊感が喪われ突如闇に吸い込まれた。
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訂正履歴
2020/09/30 誤字、表現見直し




