316話 おじじ様?
続柄題名シリーズ(笑) それはともかく人生100年時代。個人差はあれども、元気な先輩方多いですよね。あやかりたいです。
年末が近付いて来た。
幸いにも超獣の出現はしばらく絶えており、出動はない。
館は至って平穏な日々を送っている、この部屋を除いて。
公館の事務部屋。
モーガンにブリジット、プリシラ。ダノンとケイロン、アストラとルアダンが詰めている。子爵家、騎士団、大使付きの財務方揃い踏みで、なかなかの壮観だ。
年が革まれば、我が家の事業に関しての財務報告を、国家危機対策委員会、内務省、外務省、民部省の4者にしなければならない。
貴族の特権で事業のいくつかは免税扱いだが、残りは財務省に2月中旬に確定申告しなければならない。
財務報告は要求される項目が、申告先によって異なるが、当然ながらそれぞれの中身で帳尻を合わせる作業が佳境に差し掛かっている。
騎士団の戦場が超獣の居る場所なら、財務方の戦場はこの部屋なのだ。
弛めに張った音響結界の中にブリジットが入って来た。
「御館様、こちらに署名をお願い致します」
「うむ」
魔石に関する支出の総まとめの書類だ。それに眼を通しながら、持って来たブリジットに声を掛ける。
「エルメーダでの操業立ち上げ、ご苦労だったな」
彼の地での新薬工場稼働の事務処理をやらせるために派遣したが、ようやく数日前に戻ってきた。そのまま、この決算戦争に参戦したので、報告はモーガンから間接的に聞いただけで、労うことができてなかったのだ。
怜悧な顔を見上げたが、数秒で視線を戻す。そんな話は良いから、早く書類見ろよという圧を、ブリジットの少しやつれた面持ちから感じたからだ。まあ考えすぎかも知れない。
「ありがとうございます。しかし、男爵様とクリストフ殿にご助力戴きましたし、後半は……エルメーダの方にも手伝って戴きましたので」
「そうか」
モーガンもそう言っていたな。しかし、変だ。
「だが、あっちの財務方も同じ忙しさではないのか? 優秀な会計士と聞いたが、よく工場に回せたな、誰なのだ? 俺が知っている者か」
「それが、そのう……」
ん? なんだ?
いつも……もとい。素面の時は怜悧なブリジットが珍しくモジモジとした。
少し圧を掛けて睨んでみる。
「はっ、はい。あのう。おじじ様です」
「おじじ様?」
「ああ、あの。エドワルド様です」
「爺様……なのか!」
皆がこちらを見ていた。
声が絞りきってない結界を通ったらしい。
睨み返すと、皆が顔を逸らせた。
まあ確かに、爺様は親父さんが主任になるまで、ソノールの伯爵領府の財務方をやっていたが。
「爺様は俺が産まれた頃に隠居しているんだが」
「それが、なかなかのものと言うか、まだまだ十分働いて戴けますよ。流石は御館様の御血筋と」
「分かったが、なぜ、爺様のことをそんな呼び方をしている」
「それは。あのぅ、ご本人がそうお呼びするようと。私共を甚く気に入ったご様子で……」
「ところで、その老人に財務を任せて帰って来たわけではないだろうな」
「それはもちろん。最近引退されたお弟子という方を連れてきて戴きまして」
なんだかな。
「そうか、わかった。爺様には、礼状を送っておく。ところで、この勘定項目だが、騎士団ならびに訓練所と、それ以外を分けるのはわかるが、本館と公館にまで分ける必要があるのか?」
一瞬で、ブリジットの表情が締まる。
「法律上はございません。しかし、税務局に痛くも無い腹を探られるのは、不本意ですので分けました。また後々、御当家の統計資料にも使えると存じます」
「わかった」
答えつつ、署名した。
†
「子爵様に、ご足労戴き申し訳ない」
「いや」
近衛師団第2憲兵連隊、通称黒衣連隊の本営庁舎の応接室に通された。
相対するのは、その名の通り黒い制服に身を包んだ中佐と呼んで居る軍人で、治安維持を司る警備3部の部長だ。
「それで、今日お呼びした理由ですが……」
この前、国王陛下が黒衣の者達へと、例の大スパイラス新聞の件について調査を命じろと言っていたが、やっと何か動きがあったのか?
あの件は、スパイラス新報の合同訓練会報道の結果で、ここ一ヶ月で前者の新聞の発行部数が激減したと、スードリらの調査報告があった。というわけで、一応の報復は為したと考えているが。
「昨晩、西門外の運河にて若い男の屍体が見つかりました」
「んん?」
どうやら予想が外れたらしい。
「屍体というと?」
「流石にご存じないですか。いや少し安心しました。子爵様の調査網は我が部員も舌を巻くほどですからな。おっと、話が横道に逸れました。その男とは、スヴェイン・アルザスです」
「なんだと」
驚いた。
最近では、王宮西苑庭園で嫌がらせを受けて以降は会っていなかったが。そうか、死んだのか。
「こちらとしても、例の子爵様を襲撃した暗殺未遂事件の主犯容疑者として、捜索していたんですが」
8月にクラトスへ大使として訪問する旅程で、アグリオス辺境伯領で待ち伏せされた一件だ。実行犯である黒蜥蜴ことメディシムは無論返り討ちにして捕らえたが。
「そうか、アルザスがなあ……死因は?」
中佐は、鞄から書類を取り出すと、俺の目の前のテーブルに置いた。
「こちらは差し上げられませんが。ご覧下さい。死因は刺殺です。剣と思われる刺し傷、腹部数カ所からの出血死です」
ぱらぱらと書類を捲って見るが、中佐の言った通り書いてある。
「この足首の痣とは?」
「怖い人だ、一瞬で見付けますか。足首に輪状の痕跡がありまして、検屍官に拠れば金属製の枷を填められていたと推定されます」
「つまり、監禁されていたのか?」
「おそらくは」
「ふむ。話の流れからして、俺を疑っているわけではなさそうだが?」
「はははっは。ご冗談を。まあ、動機はありそうですが。子爵様なら、人間だった痕跡一つ遺さず、この世から抹消することなど造作も無いことですよね」
少し上を向く。これは信用されているのか?
「第一、アルザスを捕らえたのなら、司直に委ねて暗殺事件の黒幕を探らせた方が得策ですからな」
「黒幕か」
「ええ、バズイット伯爵領王都下屋敷から、屍体が浮かんでいた運河まではざっと300ヤーデン。眼と鼻の先です」
完全に決めつけているが。
「何せ外縁です。深夜、馬車に乗せて、運河にドボンとやれば目に付きませんからな」
そうかも知れない。
「ところで彼のことは、主家である屋敷の方には」
「はい。配下の者が問い合わせしたのですが、当家には関係ないと」
「ん?」
「1ヶ月ほど無断で出仕しないので、11月に懲戒解雇したとのことでした。ああ、あとアルザス子爵家の方でも11月15日付けで内務省に除籍届が出ておりました」
除籍。勘当したのか。
「手回しよく、切り捨てられたという訳か。男爵の弟でも寄親の伯爵には逆らえないというわけだ」
「まあ、特別職の暗殺など大逆罪相当ですからな。未遂でも極刑、かなりの範囲まで連座制で引っかかりますからな、ある意味必死にもなりましょう」
「ふむ。ならば捜査はこれで頓挫か?」
「黒衣連隊を甘く見ないで戴きたいですな……と言っても、陛下御自らのお声掛かりですから、強気なのですが。はっはっは。例の新聞の背後関係も含め、内務省とも連携してまだまだ続けていきます」
「では健闘を祈るとしよう」
「そう仰らずに。子爵様の方でも、何か情報を掴まれた場合は、是非ともご協力をお願い致します」
「了解だ」
流石如才がない。
庁舎を出ると、内郭にあるスワレス伯爵領上屋敷に向かった。
忙しい中、オルディン参与殿は久しぶりの再会を喜んでくれた。しかし、アルザスが死んだことを告げると、表情が曇った。
彼は、スワレス家から出奔したこともあり、義絶はしていたもののアルザスに眼を掛けていたのだろう。
「そうか、スヴェインがな」
ぽつりと零しただけだった。
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訂正履歴
2020/09/26 若干加筆。事務戦争→決算戦争
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




