308話 罠には罠を
人を呪わば穴二つと言いますよね。もちろん墓穴のことですが。
「これに乗ればいいのかね?」
「どうぞ」
バルサムがルータル監察官を馬車へ促す。
肯いて乗り込んだ。
見上げた度胸だ。
日が昇ったとは言え、数時間前まで結構な数の魔獣が跋扈していた場所に乗り込むのだ。監察官
監察官は文官だからな。
扉が締まると、出発と声が掛かり騎馬7と馬車1が移動を始めた。
鐙に乗せた足で促すと、俺を乗せたゴーレム馬も常歩となる。
拠点を出て、しばらく走ると土の防壁が見えてきた。
縦坑を囲む丸い壁を右に見ながら200ヤーデンもゆるゆると昇ると、昨夜までと違い、防壁の一部が向こう側に折れている。
魔獣の攻撃を受けて崩れたわけではない。工場の土塀に施した門ゴーレムと同じ物だ。
先導馬がそこを通り抜けて行く。
壁の上にアクランとゼノビアの会釈している姿が見えた。
それを数騎前のバルサムが睨み付けていく。
俺としては任務を果たして貰えば、団内で色恋沙汰があっても良いとは思うのだが、綱紀維持は副長に任せてある。口出しはしない。
騎馬列が通り抜けると、地響きと共に門ゴーレムが壁を閉め始めた。
ふむ。
昨夜までの大量発生の痕跡が地に残っては居るが、見渡す限り魔獣の影はない。
バロール卿のところではあれだけ、昼日中から暴れ回っていたのにな。
不自然にすぎる。
「はぁっ!」
気合いを掛けると、右手前の駈歩に変わり速度が上がる。列を抜かしていき、やがて先頭に立つと、後続も付いて来た。
†
1時間後。
魔獣に襲われた集落を過ぎ、山峡を越えて進んだ一行は、騎馬と馬車から降りて、鬱蒼とした針葉樹林に分け入った。
先程から足場のあまり良くない緩やかな尾根を昇っている。
「はぁ、はあ。バルサム殿。まだ掛かるかね?」
魔獣に気取られるのが心配なのだろう、小声だ。
御館様が音響結界を張られ、喋っても良いと監察官には伝えてある。
「もう少しだと思いますが」
詳しい場所を知っているのは御館様だけだ。
「ああ。あそこまで、登って戴こう」
聞こえたのか、御館様は小高く少し平らになっている場所を指差された。
あそこか。どうやら目的地のようだ。
「わかった」
冬だというのに、監察官の額に汗が浮かんでいる。もう少し日頃から運動した方が良いな……おっと団員の強化を受け持っている役目柄だろう、ふとそんなことが頭を過ぎる。多少歩みを弛め登り切ると、彼は腰に手を当て太い息を吐いた。
「魔獣!」
その場所に居た大きな犬を見付け、監察官の従卒が主人の前に立ちはだかって剣を抜いて身構える。
寝そべっていた犬は、立ち上がるとゆっくりと御館様の足下まで歩き、ちょこんと座った。
「あれはラルフェウス殿の従魔なのか、バルサム殿?」
いや、直接訊けば良いのにと思うが、わからないではない。
御館様は戦場に出られると威圧感が高まるのだ。
「あれは、従魔ではなくゴーレムです」
ふむ、監察官だけあって御館様の従魔の存在は知っているようだ。が、あれとは格が違う。何と言っても今や聖獣だからな。
「ゴッ、ゴーレム……ともかく味方なのだな」
「はい」
はあと、息を吐き彼の肩から力が抜ける。
「ふぅ。ところで、ここは? どういった」
「あちらを」
御館様が差す方を皆が向く。少し崖になった端から見下ろす。
ああ、早朝御館様に見せて戴いた通りの光景だ。
「んん。何だ、あれは……」
眼下に少し開けた窪地があり、その中央に石塔のようなものが3基建っている。
問題はその周りに何か居ることだ。
灰色の鱗で埋まる皮膚、大型の蜥蜴のような体躯、背中には小さな膜翼。それが3体ほど見える。
ああ、ここなのか。あれで見た光景そのままだ。
「ガーゴイル! 石像なのかね?」
確かに色はそうだ。
御館様は足下の小石を拾うと、窪地の向こうに投げた。ザザッと木々の枝が立てた音に
うずくまっていたガーゴイルが立ち上がる
「動いた!」
すばやく3体とも立ち上がって、辺りを警戒し始めた。が、こちらに気付く様子はない。
「あれも、ゴーレムです。お分かりかとは思いますが御館様の物ではありません」
「そっ、そうなのか」
「バルサム、あれをお見せしろ」
「はっ!」
監察官へ寄っていき、懐から取り出した魔石珠を見せる。
「映像魔導具ではないですか?! そうですな?」
肯く。
監察官が任務でよく使うものだ。
組み込まれた魔術で光景を記録し、動く映像として再現する。少し魔力を加えると、魔石珠から光が出て像を結ぶ。昨夜の光景だ。それを監察官が覗き込んだ
「こっ、これは。下にある、あの塔ではありませんか。そこから魔獣が……」
3基の石塔──その頂部の水晶へ月光が差し込み、各々の塔から屈折した七色の分光が重なり像を結ぶ。驚くべきことに、魔獣が地から抜け出た。
一度見ているにも拘わらず、背筋に怖気が走る。
「つ、つまり、先日説明されたように。今回の魔獣大発生は、人為的に引き起こされたものだったもの? 去年10月、王都南前門で見つかった魔導器と同じように」
「数段高度な技術だ。あれはひとつで一体の魔獣しか出現させられない。が、そこにある物は、月光と地脈の魔力を借りてはいるが1000体以上出現させている。それに魔獣の卵は使用していない」
なるほど。
「もしかして、失われた疑似魔獣ですか」
ほう、知っていたか。
昔、軍に居た頃、学んだ内容としては、数十年前に隣国でこの種の研究がされていた。だが禁忌と断じられ、研究者は失踪して、監察官が言った通り、その後の進展は途絶えたと書いてあったがな、教本には。
怪しいものだ。
今回の状況から察するに、新たな場所で研究が継続されたか、隣国の秘密研究として隠蔽されたかだろう。
それはともかく。
促成栽培された魔獣、疑似魔獣と呼ばれる物の寿命は半日余りしか保たないそうだが、それ以外は一般の魔獣と変わらない。だが──。
「と、言うことは、第2隊が対している、魔獣大発生も」
私も同じことを考えた。
「違うな。西部地区の魔獣は死して魔結晶を遺す」
「つまりは、あちらは通常の魔獣と言うことですか」
御館様は肯いた。
「さて、監察官。あのゴーレムを無力化してよろしいか?」
御館様は事もなげに仰った。
一応言っておかないとな。
「証拠品に成るとは存じますが、そうで無ければ近寄ることはできません」
「わかりました。ラルフェウス卿のご随意に。ああ、ただこちらでも記録しますので、少々お待ちを」
1分ほど待って、映像魔導具の準備が整った。
「では」
御館様の右手が胸まで上がると一瞬にして魔力が高まり弾けた。
急いで振り返ると3体のガーゴイル頭上に電光が閃くと、いずれもゆっくりとその場に伏せた。
あれは、光系中級魔術電弧に違いない。それを、あのように精密に、しかも無詠唱で発動するとは。我が主ながら恐ろしい。
「えぇ? 何が……もうゴーレムを斃されたのですか?」
また私に訊いてきた?
「御館様ですので」
「なっ、なるほど。ゴーレムは破壊されているのですか? 遠目には変わりませんが」
「いえ。電撃魔術で行動不能にしたようです。おそらくゴーレムの核となっている魔石に電撃を加えたものと」
「なるほど、なるほど」
「では、確認して参ります」
「待て!」
御館様から待ったが掛かった。
「私が行く。バルサムは監察官殿をここで守れ」
どういうことだろう。
まだ危険だということか? ならば、なおさら私が調べるべきではないか……。
「いや、しかし……はっ!」
思い切り睨まれた。
御館様は、すうっと浮かび上がると音もなく崖を降りていかれた。
ふむ。
初めてギルド西支部であったときには、恐るべき使い手ではあったものの、まだ幼さを遺しておられたが。ここ半年で、凄みを増したな。あの目で睨まれると、抗うことができない。
そして、御館様が窪地に降り立った刹那。
地に微かな力場が生まれ、背筋を怖気が駆け上がる。
何だ──
窪地の周囲から錐状の岩が無数に突き出ると、信じられない勢いで魔導器に向かって突き刺さった!
時が恐ろしくゆっくりと流れ、頭蓋から血が引けていく。
罠──
御館様。
岩の棘が窪地を埋め尽くし、魔導器はおろか御館様の姿も見えない。
「おっ、おおぅ、御館さまぁぁぁぁあ!」
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訂正履歴
2020/08/29 誤字訂正、少々加筆
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




