283話 聖君試練 後半戦開始
時間に追われるのは好きじゃないけど、追われないと気合いが入らないんすよね。
寒……。
5時か。
目覚めると少し肌寒かった。地下迷宮は気温変化が少ないのが相場なんだが。
魔導迷彩でリウドルフをまいて
昨夜と同じく、魔導鞄に入っていた食料を食べる。黒パンに水、干し肉。昨夜と同じ、味も素っ気もない。
ふむ。
ローザをはじめメイド達のお陰で豊かな食生活……だけではないが、彩り深い毎日が送れていることを改めて思い知る。
今回の遠征にしても、彼女が作った料理をごっそり魔収納に入れてあり、それを適宜食べているので、不自由を感じていなかったが。感謝しないとな。
ああ、プロモスに入ってからは、アリーにも分けてやっている。
6時から本戦の再開だ。
昨夜10時に、この第4層に辿り付いていたのは、俺を入れて7人。
今改めて感知しても増えては居ない。
5人脱落のようだ。
†
第5層に通じる扉。
その前には、昨夜からそこに居たのであろうエルフ3貴族が、こちらを睨みつけている。
数秒早く突入したからと言って、何なのだろうか? 訊ねれば貴族の誇りとか答えるのだろうが。俺には無縁の感情だ。
扉の直上、最後の灯火が不安定で消えそうになっている。
間もなくだ。
ジリッ!
一瞬明るくなったが、瞬く間に輝きを喪い白煙を上げた。
ギギギ──
耳障りな音と共に扉が向こう向きにゆっくりと開いていく。
カルヴァリオ後半戦の開始だ!
扉が30リンチも開いた頃、エゼルヴァルドが身体を斜めにして入って行った。バーレイグが俺を睨みながら、ヒルディーは喚きながら走り込んでいった。
【けっ!】
吐いたリウドルフ含めた残る3人が入って行った。
じゃあ、俺も行くとするか。
あと8時間あるが、今日はそうゆっくりとはしてられない。
50ヤーデン程進むと、下へ続く階段があった。
ゆっくりと下っていくと、一段と魔素が薄くなっていることに気付く。
一旦魔力を減らすとなかなか回復は厳しいだろうな。第5層に降り立つと、上層とは違い石畳が凸凹として、表面も粗くなった。
灯火もあるが、より薄暗くなった。何かこの層は違う、否応なくそう感じさせるものがある。
だが逡巡している暇はない。
小走りで進むと分岐が見えてきた。感知範囲もさらに狭くなっているので、投入魔力を上げたが、さほどの効果はない。
迷う前に、右に進む。
行き止まりになろうかなるまいが、どちらでも構わないからな。
むっ!
前からぼやっとした反応?
なんだ?
未知への戦慄が首筋をちりっと灼く。
来た!
黒い、そして多い──密度の濃い霧のような。
【衝撃】
むう、不可視の波が通路を劈く。
吸血蝙蝠だ。
霧のように見えたのは、無数のこいつらが集まっていたのか。
射線上、直径数リンチに居た何十、何百かを抹消したが、ほとんど減っていない。
集束が仇になったか。
最早指呼の距離。
ならば──
【天霰錬成】──
魔力が左腕から発散すると、無数の皓き氷粒が宙に生成。
──【衝撃波!!!】
右腕から魔力が迸ると、散弾が瞬く間に加速して消えた。
一拍遅れ遠雷のような轟きが、通路を走り抜けると黒い霧は消滅していた。
しかし。
「波状攻撃か」
感知可能範囲ぎりぎりに、また同じ霧を見付ける。
俺というか選手の魔力を削るのが狙いのようだ。
そんな分析が頭を掠めているうちに、みるみるうちに近付いてくる。
際限がないうえに、魔散弾は2段階の魔術発動が煩雑だ。
あれは気が進まないが。
【気息】
多量な魔力消費に備える。
両腕を頭上に持ち上げ、丹田に念を込めると体内に暖かい物が循環し始める。
シャャァァアアアアアア。
角を曲がって濃密な霧が来る。
【雷光殻!!】
輝く両掌が弧を描く、1旋2旋──無数の弧は球を紡ぐ。
光が殻を成した直後、細かくも邪悪な放電弧は無数に伸び、絶縁破壊の度に霧の構成要素を屠っていく、怖気る勢いで。
前も後ろもない、狙うことすら必要ない、俺に近付く物全てを無差別に、そして燃える間もなく昇華させていく。
不快だ。
攻防一如の上級魔術。そう言えば聞こえは良いが、発動と終了以外制御の効かぬ、だた魔力を吸い上げられる術式。
大規模に改善が必要だが、それはあとだ。
とっとと終わらせよう。
俺は、無数の閃光と耳障りな打撃音を帯びながら、通路を駈けた。
幾千もの蝙蝠を屠りながら突き進む。
魔獣達の肉を灼く臭いに辟易としながら、何度も角を折れ、視界が開けた時──
【解除:雷光殻!!】
2人がたじろぎ、1人は構えた杖を降ろした。
エルフ貴族達が居た。
ふう。
解除が遅れれば、エルフ貴族を蒸発させるところだった。そうなれば、間違いなく失格になっていたな。
広がった部屋の左壁に通路が口を開けている。
彼らはあちらから来て、ここで鉢合わせしたわけだ。
【おっ、驚かすんじゃない!】
【なんだ、魔獣じゃないのか】
振り返ると黒い霧は無くなっていた。
【どこで我らを抜かした?】
エゼルヴァルドが憎々しそうにこちらを見ている。
【さあな】
抜かしてなど居ない。回廊になっていたのだ。
【いや、エゼルヴァルド卿。最初の分岐で分かれた通路が我らの来た通路につながっていたと考える方が妥当だ】
鋭いな。
【そうだな。戻るぞ!】
【ふん!】
エゼルヴァルドとヒルディーが踵を返し、バーレイグが俺を睨みながら白いローブを翻した。
どうやら、戻ったところに分岐があるようだ。
†
【上級魔術!?】
鏡は、ラルフが光の繭のような物に包まれるところを映し出していた。
上級魔術? あれが。
【上級魔術? 何という名前の魔術ですか?】
中将を見遣る。良い質問です、母上。
【はあ、確か伝説の魔術で、えぇ名前は…………】
【ブリッツヒューザと仰りたいのですかな? 閣下】
ヘルテイト少将が言い添える。
【確か、そのような名かと】
ブリッツヒューザ。
名前からすると雷。雷を放射し、あの電光により焼き尽くす魔術のようね。
【意を察して敢えて申し上げましたが、小官には同意致しかねます。ブリッツヒューザは伝説の魔術であり、内容は失伝しているからです】
【つまり……使う者が居ないと言うことですか?】
【御意。少なくともここ数十年記録がありません】
【違う理由は、それだけですか?】
【上級魔術は、魔力を練り、魔界を広く張り巡らせてようやく発動する魔術。この迷宮の中であのような短時間で発動できるとは考えられません】
【ふむ、一応の説得力はありますね】
【ありがたき幸せ】
少将、満足そうですが。
母という人が分かって居ませんね。あの細めた眼の奥を見なさい。
得心していると思ったら大間違いですよ。
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訂正履歴
2020/05/23 少々加筆
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/07/28 誤字訂正(ID:632181さん ありがとうございます)




