246話 正解のない詰問
本作品も連載三年目を迎えました。本年もよろしくお願い致します。
なお次回投稿は1月11日の予定です。
「「「お帰りなさいませ」」」
王宮から戻ると、本館の者達に出迎えを受けた。
最近顔を合わしていない妹は……居ない。そうだ。まだ学校に行っている時刻だ。
「いかがでしたか?」
問うた家令の顔は、穏やかに笑っている。
そういうことか。
上着を、ローザに渡す。
「ああ予定通り、子爵となった」
モーガンは大きく肯いた。ここで、俺の口から皆明かしておけということだろう。
「へっ?」
反応は意外にも祝辞ではなかった。
皆が注目した、メイド頭のマーヤが驚いた顔をしている。
「あっ、あのう。申し訳ありません。御館様の爵位の事でしょうか?」
「そうだ」
知っている者には口止めしていたし、意外過ぎて理解できなかったようだ。
「おっ、おめでとうございます」
「「「おめでとうございます!」」」
「うむ。ありがとう」
王宮に同行したローザは肯いているが。帰り道まで少し悄げていたのだ。
理由は今回は定例の式典ではないので、彼女は広間までは入れなかったからだ。陞爵で嬉しい。でも、俺の姿が見られなかったと、がっかりと複雑だったようだが。馬車の中で改めて定例の式典に呼ばれると告げたので、思い切り機嫌が戻った。
俺に対して喜怒哀楽が素直に出て来るようになった。
「ご陞爵おめでとうございます」
「どうした、アリー。そんなに鹿爪らしい挨拶。らしくないな!」
「もう、折角! お淑やかにしてたのに!」
「あははは……」
皆も笑った。
「ああ、モーガンまで笑ったでしょう!」
「これは申し訳ありません。でも朗らかな御家で結構なことです」
「ああ、着替えたら、公館へ行く。モーガンも同席せよ」
「はっ、はい。承りました」
†
公館の執務室に行くと、既にダノンとバルサム、ヘミングが待っていた。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま戻った」
宰相閣下から渡された巻紙をダノンに渡す。破顔した彼は、上着で自分の手を拭うと、ゆるゆると開いていく。
珍しくバルサムも興味深そうに、後ろから覗き込む。
「ラルフェウス・ラングレンに子爵を与える。なお爵位に対しては領地ではなく金銭をもってするが、同人の生存中に限るものとする!」
「「おめでとうございます!!」」
「うむ。ありがとう……と、言いたいところだが」
「えっ?」
「ひとつ読み違いがあった。それが、モーガンを同席させた理由だ」
皆がこちらを向く。
「と、仰いますと」
皆構えた。
「大使の職を解かれなかった。それも臨時ではなく、特任大使となった」
「特任大使とは?」
「うむ。どこかの国向けではなく特定の任務を継続的に担う大使だ。今回、うまく行って、味を占めたと言うか。元々陛下の構想の内なのだろうが。アガート王国以外のいくつかの小国にも、超獣対策職の相互派遣を可能にする条約締結を申し込んでいる。それを交渉をするのが特任大使だ」
「仰っていた方向性ですが。それを、御館様にですか」
少し、バルサムが嫌そうだ。
「今のところ、軍人でない上級魔術師は俺だけだからな。条約締結前に軍人を送り込むのは、外聞が良くない」
「そこで、臨時ではなく特任に変えて、何カ国かを御館様にということですな」
「なるほど」
「うむ、子爵を先渡しされたのだから、がんばるとしてもだ。何時までもモーガンに大使秘書官をやって貰うのは問題だ」
「はあ、私のことはともかく。前回は臨時でしたから良かったものの、長い期間となりますと、専任の方を置かれた方がよろしいかと」
ローザが少し不満そうに俺には見える。自分では駄目なのかということだろうが、その話はモーガンの時にした。
「誰か心当たりは居ないか?」
「うーむ、いやあ……」
ダノンは顎に手を持って行く。何か言い淀んでいるところもあるようだが、確かに心当たりがあるなら、アガートへ行く前に言い出すだろうしな。
「私も、斬った張ったという人材ならご紹介できるのですが。どうもそういう方面は、不得手で……家令殿は如何か」
バルサムも渋い表情で、モーガンを見る。
「失礼ながら、どの程度猶予を戴けるのでしょうか?」
「半月程で決まらなければ、外務省が送り込んでいる者を使うことになる」
皆唸った。
外交官ならば、能力としては問題ないはずだ。
だが、俺とヴァレンス審議官は和解したものの、外務省自体には不信感が残っているからな。
「承知しました。心します」
おっ!
「おお、脈がある人材が?」
やや、顔を歪ませがらモーガンが問うてきた。
「いやあ、まだなんとも。当たって見る価値がある人物は居りますが」
「では、家令殿のご子息ではないということかな?」
ああ、確かダンケルク家に居るのだったな。
「うーむ、倅は……修行させておりますが。この趣には、まだ若こうございます」
「立ち入ったことを聞いて申し訳ない」
「いえいえ、ダノン殿」
「ふむ。大使秘書の人選は任せるが。いずれにしても、ダノンについて貰うことになる」
「むう。やはりそうなりますか」
家宰だからな。この手の取りまとめは、ダノンになる。
「はあ……私、決心しました」
「バルサム?」
「私、正式に冒険者ギルドを抜けて、こちらに専念します」
「良いのか?」
「ええ、団長殿を少しでも助けませんと」
たしかに、騎士団の総覧だけでなく大使団も任せるとなるとなあ。ダノンの負担は確実に増える。
「あとは、文官を雇わないとな」
「どの程度でしょう」
「最低でも5人というところか」
「ええ。財務は団の人員と共有できるとしても。それぐらい要りますか」
「しかし、スワレス家の方は、既に厳しいかと」
「でしょうね」
「ああ。あまり、彼の家に頼り過ぎるのは、複数の意味で良くはない」
「ダンケルク家も結構厳しいものがあります」
「であれば」
「バルサム殿、何か案が?」
「公募というのは、いかがでしょう」
バルサム以外が上体を少し引いた。
「……公募なあ」
ダノンの声が皆を代弁している。貴族は、使用人に身元が確かな者しか雇わないと言っても過言ではない。
「基幹の者はともかく、その他の者は如何でしょうか」
「うーん」
ダノンは唸りながら俺を経由してモーガンの方を見た。唸ったのは演技か。
「良いかも知れませんね、バルサム殿。広く求めた方が案外良い人材が集まるかも知れませんよ、ダノン殿」
ダノンの口角が一瞬上がったのは、俺しか見えていない。
「分かりました。ただ審査を厳正に、そしてスードリに調査をさせましょう。 よろしいでしょうか? 御館様」
うむと肯く。
「とは言え、どうやって周知させるかもなかなかの難題だ」
「それには、御館様の手を煩わせることになりますが、策はあります」
バルサムが胸を張った。
†
「お兄様は、私が何に怒っているかご存知なのですか?」
むう。
学校から帰ってきたソフィーの部屋で、ソファに座って向かい合って、頭を垂れている。
パルシェに部屋へ呼びされたのだ。
陞爵の件で祝ってくれるのかと来てみれば、このザマだ。
その背後に彼女の従者であるパルシェが立っているのだが、背が高いので圧迫感がすごい。まあ、こちらに罪悪感がそこはかとなくあるから、そう見えるかも知れない。
何に怒っているか、かあ。
俺がアリーを側室にしたことに、妹様はご立腹なのだ。それは間違いない。
開口一番、アリーお姉ちゃんを側室にされたそうですね! そう詰問されたからな。
ご立腹で済まず、館に居るにも拘わらず、俺を避けて、ここ数日間食事にも来なかったのだ。その前もしばらく会えなかったのにだ。兄は悲しかったぞ。
無論、以前故郷でやった食事抜きなどは、優秀な従者が許す訳もないので、そこは安心なのだが。
おっと。今はこの怒れる少女をなんとかしないと
これは迂闊なことを答えれば、大炎上するなぁ。
側室にした……は、皮相であって。怒気の焦点はそこではないのか。
「ソフィーに側室のことを言わなかったから」
「むぅぅうう!!」
うわっ、外した?!
「分かっていて。なぜ仰ってくれなかったのですか、お兄様は!」
げっ! そもそも正解なんて存在してなかった。
というか、したり顔で肯くな! パルシェ。
「申し訳ない」
8歳児妹に叱られ、謝る16歳兄の図。
「そもそも妻を2人も持たれるなど不潔です。貴族の悪いところを見習う必要などありません」
ぐぅ。
なんとなくお袋さんに似てきたな。
だから肯くな! パルシェ。
ご主人様の仰る通り! そういう顔だ。
まったく。この女、俺を雇い主とは見ていないな。
なんというか、セレナより余程番犬ぽい。
ソフィーに危害を加えようとする者が居たら、本気で噛みついて離さないのではないかとさえ思う。
まあ、雇った意向と合致しているから、何も言わないが。
「それと、もうひとつ申しておくことがあります!」
「ああ」
「ローザンヌお姉様は、お兄様にふさわしいと思いますが……アリーお姉ちゃんは、どうも」
「んん? アリーが嫌いなのか?」
「いえ、とても好きです。ですが、お兄様の妻に成られるのは……特に最近は、何やらひっかかるところがあります」
確かに、最近のアリーは何か変だ。
うわの空の時があるしな。もともと賢いアリーが、猶子縁組の官報が出ることを失念しているのは、不自然だったしな。
ソフィーは勘が良いからな、何か俺が見えてないことを。
「もう少し詳しく……」
「申したら、側室のこと取り消されるのですか?!」
おおぅ。
「分かった。側室にしたことは覆せないが、心に留めておく」
日を改めよう。
「そうでしょうね。お兄様をお呼びした、ご用は以上……いえ。もう一つありました。ご陞爵おめでとうございます」
「ありがとう。兄は嬉しいぞ!」
立ち上がって、ソフィーを抱きしめると、パルシェの鋭い目が俺を睨んでいた。
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訂正履歴
2020/01/12 誤字訂正(ID:118201さん ありがとうございます。)
2022/09/25 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




